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 イデット妃は、以来寝ても覚めてもドリアン伯爵家の小娘“ベアトリス”のことが忘れられなくなった。どんな姫なのかは想像に任すほかは無いが、それでもベアトリスもいずれ年頃になると、花も恥らう乙女に変身するだろう。そうなれば、自分の競争相手になるのは必定だ。 
 イデット妃はベアトリスのことを思う度、嫉妬と憎しみの炎に身を焼かれるようになった。そしてそれに比例して大きくなるお腹を愛しみ、何とかして無事に王子が生まれてくるようにと、狂おしく祈っていた。

                 ☆ ― ☆ ― ☆

 イデット妃の狂乱振りもそして伯爵夫婦の心配なども露知らず、エクリースとベアトリスは日に日に仲良くなっていった。
 特に雪が積もっている庭に出ては、二人で雪遊びをしたり、橇で駆け抜けたりしたし、雪が降っている時には、暖炉の側で覚えている詩をお互いに朗読しあったりした。それも飽きてくると、チェスや駒遊びに熱中し、一日中ベアトリスの笑い声が絶えなくなった。
 それに伴って、ビクターとアンネットはしばしば出会うようになっていき、やがて二人はお互いに慕い合う仲になっていった。

 そういう二人を、ドリアン伯爵夫婦は複雑な思いを抱いて、見つめていた。
「最近ベアトリスは明るくなっていくな。今もエクリース様と二人で、外に出て走り回っているそうな」
とある日、暖炉の側で伯爵がボソッと言った。
「毎日のように……あの二人は一体どういう仲なのだろう……」
「ご心配には及びますまい。二人ともまだまだ子供。子供は子供同士、戯れているだけですわ」
「けれどもいずれ二人とも育っていく。そうなれば……」
「何を仰います!」と奥方は厳しい声音で制した。「ベアトリスの結婚相手は、この間来られた、お三人の貴公子の少年の一人と決めていたはずですわ。ですから、これ以上ベアトリスとエクリース様を近付けてはいけませぬ!」

 ドリアン伯爵はゆっくりおもてを挙げた。
「そうは言っても、この界隈で誰も友達の居ないベアトリスから、エクリース様を取り上げてしまうことは出来ない。それにエクリース様も、最近は時々お話になり、顔色も良くなられた。これは良い兆候だよ、お前」
「でも、わたしは心配なのです」
と奥方はそっと夫の側に座った。そして燃え盛る暖炉の炎をじっと見つめる。
「何が?」
「決まっていますわ。あの王子は、周りの人々を不幸にすると言われているのですよ。可愛いベアトリスの身に何かあったらと……わたしは心配なのです」
 奥方の意に反して、伯爵はカラカラと笑い出した。

「何だ、そんなことか! お前も迷信深い奴だの。これまで見たところ、王子の周辺では何も起っておらぬでは無いか! あの舞踏会の時、オリビエ様の尻の辺りの服が破れたのを除いては」
「冗談ではありませんわ!」と奥方は苛々して言い返した。
「まあ暫く様子を見ていよう。そして何か事が起これば、エクリース様とベアトリスを離す事にしよう」
「何か起こってからでは遅いのです」と奥方は呟いた。
「そんなことより、王宮のクリフから手紙が来たぞ。クリフはあちらで大層人気者になり、イデット妃から可愛がられているという」
「イデット妃……何だかわたし、あの方を好みませぬ。会ったわけではないのですが、なんとなく」
「お前は何かと心配性だな」と伯爵は又しても笑い出した。
「大丈夫だよ、何もかも上手く行く」
「そうでしょうか」と奥方は、伯爵に気づかれぬように小声で呟いた。





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