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エクリースはほとんど父王と会ったり語ったりすることもなく、けれどもすくすくと乳母ジュリアによって育てられた。
ジュリアには、同じ頃に生まれた一人息子が居た。エクリースは王子という身分にもかかわらず、王宮に入ることが許されていなかったので、ジュリアの家でその息子グライスと兄弟のように育った。
けれども時折、エクリースは母ドロテアが恋しくて、夜通し泣き続ける事があった。その夜泣きはジュリアの夫で厩番のトロイを苛立たせたが、やはり王子ゆえにきつく叱り付けることも出来ない。
乳母ジュリアは、この父母から愛されていない王子エクリースを哀れと思っており、どちらかと言うと溺愛していた。それは時として実子グライスに注ぐ愛情よりも強いものだったので、トロイは陰では腹立たしく思っていた。
実母ドロテアは、嫡男のブライトを愛していると同時に、この不憫な息子エクリースも愛していたのだが、自分の手で息子を育てる事ができない上に、会うことすらままならない運命を嘆いていた。
けれどもこの三つ違いの兄のブライトは、心優しい王子であり、子供なりにドロテアを慰めていた。そしてブライトは、時々訪れては直ぐに帰ってしまう弟エクリースに対しても、いつも優しく接し、決して苛める事などはなかった。
確かにブライトは、次期王に相応しい容姿と聡い知能と、そして思いやりの深い性格を有している申し訳の無い少年で、そして世継ぎの王子なのだ。
王は当然ながらこのブライト王子を溺愛し、身体の効かなくなった妃のドロテアの代わりに、常に自分の元に侍らせていた。そして自ら、字や計算を教え、チェスや剣の手ほどきをし、ドロテアが側に居ない寂しさを紛らわせていたのだ。
けれども王宮は常に暗い雰囲気に包まれていた。それはまるで黒い暗黒の靄に常に覆われているような、そんなうっすらした何か翳りが王宮中に漂っている。その中に住んでいる者達も又、いつも陰でひそひそとあらぬ噂話をしていたのだった。
そんな陰鬱な気分は、瞬く間に伝染して行き、城下の町にもただならぬ空気がいつも重く垂れ込めていた。
人々は何かを恐れていた。それは、闇の王である異世界の主、デスティが現れるのを。デスティは、悪の運命を司り、時折ふいに現れるのだった。けれどもその前には、どの時代にもこのような陰鬱な空気が垂れ込めていく……。
長老達はお互いに囁き合っていた。
― この間、デスティが現れたのは何時だったのだろうか? あれは……我々がまだまだ青二才だった頃だ……。そろそろデスティが現れてもおかしくは無い頃合だな。
そして人々は長老達に尋ねた。デスティとは、どのような人物なのかと。長老は答える。
「それは陰惨な雰囲気の、人間なのか妖かしなのか分からないが、けれどもこれだけは言える。絶世の美青年の姿で現れるのだ」と。
では、デスティは誰なのだろうか? それを知るのは、誰でも恐れることだった。
☆―☆―☆
けれどもある日、長老の一人がエクリースに出会った。その頃エクリースは6歳になっていた。ほとんど誰とも会わず、城下の森の奥に建つ、ジュリアと厩番のトロイの家で過していたのだ。
そして学ぶ事も出来ず、着飾ったり、美味しい山海の珍味を食べる事もなかった。着ている服装は、ジュリアの一人息子グライスと同じようなお古で、継ぎはぎのあるものだった。
けれども6歳のエクリースは毎日楽しく暮らしていた。何よりも、自分を愛するジュリアと、兄弟のようなグライスと遊んで暮らすことが一番大切な時間だったからだ。
森の中で、エクリースとグライスは、黄緑に黒い淵の在る鮮やかな蝶々を追い駆ける為に走り回っていた。蝶々はヒラヒラと舞い、二人のチビ達を翻弄しているかのように、ゆうがに飛び回る。
そこに長老シスリーが偶然散歩中に、この二人の童と出会った。長老は何らかの超能力を宿していなければならなかったが、このシスリー長老は鋭い勘を持っていた。
シスリーはしばし立ち止まり、可愛い童の様子を眺めていたが、急に胸苦しさに襲われたのだった。そして目の前の童の一人の未来の幻を見てしまった!
それは一際美しい美貌の青年。黒い肩までの髪に黒い瞳。それは美しいが、けれども背後に黒い影が見える。
「あ! もしやあれはデスティなのだろうか!?」
シスリー長老が首を振ると、その陰はフーッと消えた。そして一人の幼児がこっちを見ていたのだった。
「君、誰?」
「わたしはシスリーと申す者」
「そう? 僕はエクリース」
エクリースは無邪気に微笑むと、背の高いシスリーを見上げた。その途端、シスリーの背後にヒヤリとした冷気が押し寄せ、彼は震え上がったのだった。
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