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夏の終わり頃、ベアトリスの11歳の誕生日のパーティがささやかに行われた。侍女アンネットが縫い上げた薄緑色のドレス姿に、同じく濃いグリーンのリボンを栗色の髪に飾ったベアトリスの姿は、11歳とは言え既に艶やかな若い女性の芽の息吹きを感じられるほど、充分可愛らしくそして美しかった。将来は、きっと奥方以上に美人になるだろうと、招待された誰もがそう感じていたほどに。
けれどもただ一人、エクリースだけは大広間の隅に立って無表情なまま、皆に祝されているベアトリスの姿をぼんやり眺めているだけだった。
結局王宮から来たのは、騎士ウーリッヒだけ。それもどうやらウーリッヒの真の目的は、ベアトリスではなく、エクリースの様子を伺いに参上したようだった。
ウーリッヒはにこやかにベアトリスに挨拶したあと、そっとビクターの元に近寄った。
「どうだ? エクリース様のご様子は」
「ご覧になっている通りでございます」とビクターは答えた。
「相変わらずのご様子のようだな。して、何か言葉は発せられたか?」
「いいえ」とビクターはややきつい口調で言った。「一言も」
「もうあの日から大分経つのにな」
「例え半年経とうと一年経とうと、いやそれ以上経っても、エクリース様のお顔に笑顔が戻り、言葉が出てくる事は、今のままではありますまい」
「そうか……」
ウーリッヒは腕組みすると、隅の陰に紛れ、まるで暗闇の主のようなエクリースの青白い顔を見つめた。
「けれどもエクリース様の学問は着々と進んでおります」
とビクターは少し誇らしげに言い足した。
「ほう!」
「非常に頭の良い少年であると、教師達は口々に申しておりました。その上、少し背が伸びられました」
「そうのようだな」
「エクリース様が己れの素質の良さと美しさを自覚されてそれを受け入れる事が出来れば、必ずやエクリース様はご立派なお世継ぎとなられましょう!」
「本当にそうなると思っているのか、そなたは」とウーリッヒは叱責した。
「実はな……秋には、南の隣国の姫君がお輿入れになられる。王の正式な妃としてだ」
「それは存じております」とビクターは冷淡に答えた。「けれどもお世継ぎをお産みになるとは、分かりますまい」
「いや。シスリー長老の話だと、その確率は高そうだとな」
ビクターは微かに眉を寄せた。
「そうなると……エクリース様は……?」
「必要ないということになるだろうな」
ビクターはそれを聞くと、無言になった。
ふと見ると、ベアトリスが広間の真正面に立ち、側にリュートを持った音楽教師が座り込んでいた。
「皆様方! ベアトリス様が歌をお歌いになられますぞ!」と従者の一人が声を張り上げたので、全員がベアトリスのほうを向いた。けれどもエクリースだけはその時ですら、窓から暗い夜の庭を見つめて続けているのだった。
「わたし……歌を歌います!」とベアトリスは、可愛らしい声で言った。
「待ちくたびれた駒鳥、っていう歌を」
そう言うと、ベアトリスは優雅な貴婦人のようにお辞儀をした。
「可愛いですね~」とビクターは横のウーリッヒに囁いた。
「ベアトリス姫か……」とウーリッヒは何か別のことを考えながら、上の空につぶやく。
「エクリース様とベアトリス姫が……」
「え? 何か」
「いいや、何でもない」とウーリッヒは手を振った。
「さあビクター、ベアトリス様の歌を聴こうではないか!」
リュートの前奏が物悲しく奏でられ、ベアトリスは歌い始めた。
ああ 駒鳥よ お前の愛は いつまで耐えられるのか
待ちくたびれた 駒鳥よ
日々 毎月 そして毎年 お前は待ち続け
そして ある日 朽ちていく
さえずる樹の枝から はらりと落ちて
地面に横たわるまで
お前は 待ち続ける
愛しい 人を いつまでも
その時、エクリースはハッと振り返り、ベアトリスをじっと見つめたのだった。ここに来て初めて。
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