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 トロイは死刑になる事が決まった。
 その日以来、あれだけ自分を可愛がっていたジュリアの態度が一変し、そして兄弟のように育ったグライスが冷たい目を向けるようになった。エクリースは一人だけ外でぼんやりと過ごし、小屋には夜に寝に帰るだけになった。
 自分がしたことが本当にいいことだったのか、それとも間違っていたのか、それすらも自信が無くなり、淋しい風が吹いていくようだった。

 ある日、それは嵐の日だったが、仕方なくエクリースが小屋の隅に両膝を抱えて座っていると、ジュリアが片手に柄杓を持ってやってきた。
「エクリース様、お話がございます」
「なに?」とエクリースは両膝から顔を上げた。
「わたしは今までこの11年弱、あなた様を愛情を持って育ててきました。全てを犠牲にして、そうしてきたのです。それなのに、あなた様の仕打ちは……ひど過ぎます! たった一言、そうだと言えばいいものを、そうは言わず、その為わたし達は夫であり父親であるトロイを失い、路頭に彷徨ってしまう事でしょう! そんなことなら、あなた様をここまでお育てするつもりは無かった!!」

「でも、ジュリア。僕は嘘はつけなかったんだ! 嘘はつけない。そうなれば地獄に墜ちるって言われたんだよ」
「嘘も方便というのですわ、エクリース様」
「ジュリア……お前の愛は、無償の愛だと思っていた」
「エクリース様! これだけは言っておきますわ」とジュリアはまなじりを吊り上げた。
「この世に、“無償の愛”などという馬鹿げたものは在りません!」
「馬鹿げたもの……」とエクリースは言ったが、急に悲しくなって俯いた。
「分かったよ、ジュリア。分かった……僕が間違っていたのかも知れない」
「もう遅いんです」とジュリアは冷たく呟いた。

 愛し、そして第二の母だと思っていたジュリアに激しく罵られ、エクリースの気持ちは暗澹となった。やがてそれは、外の嵐と負けないほどの嵐となって、エクリースの心に激しい風が吹き抜けていく。

― 僕にはもう行く所が無いんだ。王宮にも、この厩にも。……父王や兄上が言うように、僕は最果ての寂れた領地にしか、居る場所が無いような気がする。もう直ぐ春が来たら、僕は率先して彼の地に赴こう! だけど……その間は、ここに居ることは出来ない。

 エクリースはふらふらと立ち上がると、そっとドアに近付いた。外は風雨が荒れ狂っている。エクリースはサッとドアを開けると、その中に飛び出した。
 早春の冷たい雨も、吹き荒ぶ風も今のエクリースには何にも感じなかった。エクリースはただ闇雲に、行き先も分からず走り続けた。森の奥へ奥へと、ずっと先に、暗闇も嵐も何も怖くなかった。本当に怖いのは、人の心だと今知ったのだから。

 けれども何かにぶつかり、エクリースは倒れた。それは古い木の切り株で、その根元にエクリースは座り込み、暗い森をただ見つめていた。風雨で全身ずぶ濡れだったが、その冷たさも何も感じずに座っている内に、次第にエクリースはうとうととし始めて頭を木の株にもたれると、眠ってしまったのだった。

            ☆ ― ☆ ― ☆

 エクリースが失踪したと気付いたジュリアとグライスは、周辺を探し回ったが諦め果てて小屋に戻った。けれども驚きはまだあったのだ。
 小屋には兵士達が居り、二人の帰りを待っていた。そしてエクリースが居ないと知ると、その兵士達はゆっくりと立ち上がって不敵に微笑んだ。
「明日トロイが、王宮の高窓から吊るされて死刑になると伝えに来たのだが……どうやらエクリース様も居ないらしいな。もしもエクリース様の身に何かが起こると、そなた達二人の命も無いと思えよ!」

 ジュリアとグライスは真っ青になった。少なくとも、トロイの死刑まで何も無ければいいと思っていたのだが、エクリースがまさか失踪するとは思わなかったからだ。
 けれども朝日が差す頃、兵士の一人がやっと木の株で眠る、あどけない少年を発見したのだった。
「エクリース様、ですか?」とその若い兵士が言いかけると、エクリースは目をパチリと開けて、その兵士を見上げた。
「そうだけど……」
「良かった! わたしはビクターというしがない兵士でございます。あなた様を無事に見つけて、とても嬉しゅうございます」
 エクリースはその兵士ビクターの真摯な瞳を、じっと見上げた。





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