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王宮中の人々の視線を一身に受けているとは露知らず、エクリースはいそいそと奥の間、王とブライト王子がいる美麗な部屋へと案内された。
けれどもそこに立っていた二人の様子はかなり奇妙で、不思議な目付きでエクリースを眺めるのだ。エクリースは思わず、その場に立ち尽くした。
「父上……兄上……」とそこまでしか言えず、エクリースは絶句した。
「なにか、わたしに御用とか?」
「そうだ、エクリース、我が子よ」と呼びかける王の言葉は取って付けたような響きがあった。「ついては、ブライトがお前に聞きたいそうなのでな」
「はい」とエクリースは心臓をバクバクさせながら答えた。
「エクリース」と今度はブライトが呼びかけた。もうブライトは、少年から若者へと差し掛かっている。声変わりもし、成長が著しい。
「お前はわたしが贈った時計を、どうしたのだ?」
「はい。……無くしてしまいました。兄上、どうも済みません。うっかりして……」
「そうか」とブライトは頷く。「お前を育てている厩番のトロイは、お前がその時計をトロイに渡したのだと申しているが、それはまことか?」
ブライトの碧い瞳は、射る様にエクリースに注がれていた。ブライトは口を開いたが、しばし躊躇っていた。
嘘をついてトロイを助けるべきか、それともブライトの前では正直に答えるべきか。まだ幼いエクリースには選ぶ事などできなかった。答えは一つしかない。
「いいえ」とエクリースは小声で答えた。「わたしは、トロイに渡したりはしていません」
「神かけてお誓いなさい」と横からシスリー長老が険しく言った。
「そうでないと、地獄に墜ちますぞ、エクリース様」
「はい、神かけてその通りです」
「やっぱり」とブライト王子は溜息をついた。
「待て!」とその時王が口を開いた。
「まことだと申すのなら、トロイの前でそう証言するが良い」
「父上! トロイは土牢に捕らえられております! そこに案内するのは如何なものでしょう。今のエクリースの証言だけで充分ではありませんか。年端も行かぬ弟をそのような陰気な場所に連れて行くのは……わたしは納得できません」
ブライトは言い張った。あの陰惨な場所に連れて行くと、まだ少年の域を出ていないエクリースの証言が変わるかも知れないと危惧したからだ。
「ブライト! 真実は一つしかない。ここでそう言うのなら、エクリースはトロイの前でも真実を語ることだろう」
「状況によってくるくると証言が変化するというのなら、エクリース様の方が嘘つきということになりますな」とシスリーも王に同意した。
「僕は嘘つきじゃない!」とエクリースはシスリーの姦計にかかって、そう叫んだ。
「エクリース!」とブライトが呼んだが、エクリースは兄の方をチラッと一瞥しただけだった。
「それじゃあ、参りましょうか、エクリース様」
シスリーの有無を言わせぬ重々しい一声で、とうとうエクリースは今まで一度も足を踏み入れた事も無い、暗い地下牢へと連れて行かれることとなった。
☆ ― ☆ ― ☆
エクリースは前にシスリー、後ろに兵士達に取り囲まれて、土牢へと向った。
じめじめした湿度の多い陰気な場所には、昼間だというのに太陽の届かぬ暗闇が広がり、エクリースには恐ろしかった。
やがて松明の灯りの元、前方に壁にぶら下がっている半裸の男を見て、エクリースはハタと足を止めた。身がすくんで、それ以上歩けなくなったのだ。
トロイは力なく頭を上げ、エクリースを認めると微かに嗤った。
「おお! これはこれは王子様では?」
「こやつが、エクリース様から銀の時計を盗んだ奴です」
とシスリーが言うと、
「盗んだかどうかは、わたしは知らない。見ていないもの」
とエクリースは幾分罪が咎めながら呟いた。
「けれども、この卑しい男に差し上げたわけでは無いのでしょうな。この男は例の時計を闇で商人に売り払い、その金で散々街で飲み食いし、売春婦と遊んだのですぞ! そんな男に、よもや情けはかける必要はございませぬ」
「トロイ……」とエクリースは呼びかけると、一歩近寄った。
「わたしの時計を、どうしてそうしたのだ?」
「おや、これはこれは。時計はあなたがわたくしめに下さったのではありませんか」
とトロイは卑屈に言い張った。
「トロイ。どうしてそんなことを言うのだ!?」とエクリースは哀しみに浸りながら言いかける。
「わたしはお前に時計はやってはいない!」
この言葉を聞くや否や、トロイの顔は憤怒で真っ赤になった。そして鎖に繋がれた両手を激しく揺らしながら、唾を吐いた。
「エクリース王子! お前の将来に呪いあれ! 今までの俺達の恩義すら感じないとは!」
「でも……わたしは嘘はつけないよ、トロイ!」
「それでいいのでございます、エクリース様」
とシスリーが冷たく言いかけた。
「さ、わたしが証人となりました。ここを去りましょうぞ。この者には残酷な死刑が待っておりまする」
「死刑!? そんな……それは……」とエクリースはどもった。
「さ、さ、参りましょう。この忌まわしい場所を去るのでございます」
シスリーはエクリースを促すと、無理やりその腕を掴んでその場からエクリースを連れ戻した。背後にはエクリースを呪うトロイの絶叫がこだました。
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