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 ワシリー公爵の部屋から出たエクリースは、少し前、夢枕に出てきたエレーヌ姫の霊が告げた言葉を思い起こしていた。確かに、エレーヌはワシリーが言ったことと同じようなことを告げていた。
『アレクセイは人間ではない』『ソフィアの罪と裏の顔』と……。それはワシリーの言ったことと附合している。彼ら兄妹は、人間でいるようで実は人間ではないのだ。そしてその事実に、彼ら自身が秘かに悩んでいると、彼らの父ワシリーは言った。
 だからと言って、急にエクリースが彼らの呪いを解く事などは出来ない。いや……そうだろうか? アンジェラの占いと言うのは、エクリースの出没を知って、それをワシリーに告げたのではないのか? その上、ハイラにも気をつけろ、とエレーヌの霊は告げた。

「ああ、分らない!」
 そう唸ると、エクリースは頭を抱えた。

― けれども、少しは繋がった。僕がここに来たのは、何らかの理由があってのことだったと。全ては東の方角に、何か因縁があるという事なのだ。
 エレーヌ姫の霊もそう告げたし、あの大鷲も僕をここに運んだ。それもこれも、ただ単なるお小姓として生きろ、ということではなく、もっと重大な何かを解き明かす為なんだろうか? それとも、それは僕自身の生き方にも関係があるのか? 全ては今はまだ謎のまま……。

 その時、鈴のような声が背後からした。
「エリス! エリス」
 押し殺した声だが、それは紛れも無くソフィアの声。
「あ、お嬢様」
「まあ、そんな言い方はしないで、エリス」
 そう言いつつ、物陰からソフィアが出てきた。白っぽい、端に綺麗な刺繍のあるベールを被っており、それはソフィアに本当によく似合っている。

「それでは……ソーニャ……」とエクリースは控えめに呼んだ。「何か御用でしょうか、ソーニャ」
「そんなに素っ気無い言い方はしないで!」
 近付いて来るソフィアは美しい。そんな彼女が、バンパイアの血を持っているとは、とても思えないが。
「はい、ですが……」
「ねえ、エリス。あなた、父の部屋で何を見、何を言われたの?」
 そう聞くソフィアは、数秒前の可憐な令嬢とは、微妙に違っていた。猜疑心が彼女を毒しているようだ。その美しさに、さっと翳りが走る。

「いいえ、別に」とさり気なくエクリースは答えた。「何か?」
「そうなの? でも、エリス、あなた何か隠してない?」
「別に隠すようなことは何も」
「ならいいの」
 ソフィアの声には、やはり微かな含みがあった。

「少し心配だったのよ、わたし。父という人は、無慈悲な人なのでね。それから……兄には気をつけてちょうだい。今日のことで、兄は非常に怒っていたから、今晩あなたをどうするか……不安なの」
「どうするか、って?」
「兄のもとのお小姓達って、兄の部屋から出てくるときは、本当に生気を失くしていたわ。生きる気力を奪われているみたいで。部屋の中で何が起こっているのか、それは知らないけど」
「ご忠告に感謝致します、ソーニャ」とエクリースが礼をすると、ソフィアはベールを被りなおし、逃げるように去って行った。
「はて? ソーニャは探りに来たのか? それとも、忠告に来たのか……?」
 エクリースは考えつつ、白夜の美しい庭に目を走らせた。

                    ☆ ― ☆ ― ☆

「逃げるのじゃ!」
「逃げるって、どこへですか? ソラリス先生」
「ですよね、サミュエル様! この薄明かりでは、直ぐに見つかるのではないですかね」
 三人は、秘かに馬を駆けさせながら言い合った。
「にしても、あの馬鹿殿は、なぜ兵を?」とビクターが聞くと、
「どうやら、兵士どもは、別の人間を探しておるようじゃな」
と、ソラリス先生は、犬のようにクンクンと夜風を嗅ぐ。

「そんなことして、何が分るんです? ははあ、やっぱり、魔術とかって」
「わたしを馬鹿にするでない、若造よ!」とソラリスはビクターをたしなめた。
「兵士達を差し向けるという事は、こちらにやはり何かがあるということじゃな。エクリース様がこちらに居るという事は、やはり本当じゃったと見える。
 だが、それだけではないぞ」
「ん?」
「ビクターとやら、そなたが言った、美しい娘の話……どうやらそれとも関係がありそうじゃな」
「コレットと!?」
「ほう? その娘、コレットと言うのか。ちぇっ、お前もエクリースも隅に置けないよな」とサミュエルが茶々を入れた。
「そ、そんなんじゃないです」と赤くなるビクター。
「どうやら、そのコレットという娘にも、危険が迫っておるようじゃな」
と珍しくソラリス先生の顔がひきつったのだった。





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