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広大美麗な王宮の、鏡の張り巡らせている長い廊下を、今しもブライト王子が息を切らせながら駆けて行く。その肩までの金髪を揺らしながら……。
ブライトは焦っていた。今しがた侍女の内最も下の位の一人から、弟エクリースが東屋に来ていたこと、そして夕暮れ前に戻るはずだということを聞いたからだ。
本を読んでいたブライトはその瞬間ガバリと起き上がると、すぐさま駆け出したのだった。
廊下の端でブライトは騎士ウーリッヒと衝突しそうになった。
「ブライト様! どちらへ!」とウーリッヒは嫌な予感がしながら尋ねると、ブライトは息せき切って答えた。
「お、弟が! エクリースがこの王宮に居たんだって!?」
「ああ、はい。まことにその通りでございます」
とウーリッヒは慇懃に答える。
「では、エクリースは……」
「もうお戻りでございます」
「なにぃ!」とブライトは思わず立ち止まると、憤りを秘めたその碧い瞳をウーリッヒに向けた。
「何を言うのだ!? 来たと思ったら、もう戻しただと?」
「さようで。エクリース様は、近々ドリアン伯爵様の所に長い間ご逗留なさる予定でございます。よって、あちらはエクリース様のお姿を拝見したいと申されて、その為に画家が慌ててエクリース様のお姿を描きとめておく為にお呼び致したしだいで。決して、こちらにお招きしたわけではございません」
「何だって!?」とブライトはその美しい顔を歪ませた。
「我が弟を、あの最果ての伯爵家に留め置くだと申すのか? その上、その為に描く絵に費やす時間が弟に与えられた日は、たった一日だと言うのだな!
それなのに、このわたしに知らせないとは! 一体どんな了見なのだ、お前達は!」
騎士ウーリッヒは腰を屈めて、慇懃に答えた。
「これもシスリー長老のお考えにございます。エクリース様はなるだけ短いご逗留が我が王宮にとっても良いことだと」
「して、父上は?」
「ご賛成されました」
「……!?」
ブライト王子は、両手をダラリと下げたまま、その場に棒立ちになった。
「それでは……父上はわたしには弟を逢わせないおつもりなのか」
「いずれ又……春が巡ってくれば、その時にはもう一度。けれどもその前に、エクリース様は、多分ドリアン伯爵の元に行かれる事でしょう」
「何を言うのだ! お前達はわたし達兄弟を引き裂くつもりなのか!」
とブライトは怒鳴った。
日暮れ時の鐘が遠くで鳴った。
「もう間に合いませぬ」とウーリッヒは無慈悲に言った。「けれども痛ましいとは思っておりますぞ、このわたしは」
「そんなことは無いだろう! お前も一緒なのだ! みんな寄ってたかって、わたし達を引き裂く! たった二人だけの兄弟だと言うのに、妙な迷信や噂によって、わたし達を不幸にしてしまうのだ!
いいか! 人間を不幸にするのはエクリースではない! お前達だぞ」
ウーリッヒは黙ったまま、頭を下げていたが、やがてブライトは背中を丸めてもと来た方向へと廊下を歩き出した。その背中をウーリッヒは静かに見つめていた。長い廊下には、蝋燭の火があちこちに灯り出し、淋しい王子を照らした。
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