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エクリースはある日、珍しく王宮近くの東屋に呼ばれた。こんな事は滅多にないことなので、エクリースはてっきり父王が来てくれるものだと信じていた。その内に侍女達が黙ったままエクリースを裸にして湯船に入れ、ボサボサの髪を梳いてちゃんとした髪型にカットした。
それからエクリースは、今までに着たことのなかった薄いブルーの絹の服をあてがわれた。
けれどもやって来たのは、騎士ウーリッヒと画家の二人だけだった。
「おおっ! エクリース様! 本当におかわいらしくなりましたな」
とウーリッヒはエクリースを一目見た途端、そう正直に発すると跪いた。
「やはり、エクリース様は亡くなられた王妃様のご息男、ご立派におなりでございます」
エクリースはやんちゃそうな瞳をくりくりさせ、無邪気にその騎士に尋ねた。
「ねぇ、父王とブライトお兄様はここには来ないの?」
「残念ながら」とウーリッヒは思わず言葉を濁す。「どちらも大変お忙しいご身分ゆえ、こちらに参るのは無理かと」
実際はそうではないのだが、ウーリッヒはそう苦しい嘘を付かざるを得なかった。
「そう」とエクリースが淋しそうに言っている間に、画家がキャンバスを立て始めた。
「絵を描くの?」
「そうでございます。こちらの宮廷画家がエクリース様のお姿をお描きになるのです」
「そうか! その間、僕はここに居ていいんだね」
「恐れながら」と益々苦しい嘘をウーリッヒは付く事になる。「エクリース様に与えられた時間はこの一日だけでございます。その後、すぐさま乳母の所へとお帰りなさいませ」
「絵はたった一日では描けないはずだよ」
「デッサンは一日で充分なのです、王子様」と画家が始めて口を差し挟んだ。
王子と言われて、エクリースはやっと自分の身分を思い出し、淋しそうに微笑んだ。
「そうか……僕は王子だったんだ」
「誠に申し訳ございませぬ」とウーリッヒは頭を下げた。「王子というご身分をお忘れになるだけ、そのような慎ましい生活に置かれていられるとは」
「いいんだ」とエクリースは言った。「僕は不吉な子供なのだから」
そう言うと、エクリースは黙ったまま東屋の椅子に座った。
画家はエクリースの持つ妖しい雰囲気に圧倒されながら、チョークを走らせていた。この10歳の少年は、やはりただならぬオーラを放っており、それが人々を驚嘆させもし、又脅威に感じることもあることを知った。
この目の前の少年が王子であり、そして人々に不幸をもたらすのかそれとも幸いを与えるのか、目の肥えた画家でさえ判別できないほど、座っているエクリースは神秘的な美しさをたたえていたからだ。
画家は黙ったままチョークと筆を運び、ウーリッヒは入口近くで立ったままじっとしていた。奇妙な沈黙だけが、この美麗だが寂れた東屋を支配していた。
一日の終わりの鐘が鳴り渡り、画家はやっと筆を置いた。
「宜しゅうございましょう、エクリース様」
「そうか」とだけ騎士は言い、遠くに控えていた侍女達を呼んだ。
エクリースが面食らっている内に、侍女達は再びエクリースにその麗しいブルーの服を脱がせると、もと着ていたボロを着せ、チラッとエクリースに一瞥を与えて慌てて去って行った。
そしてその時始めて、エクリースはブライトから与えられた時計が無くなっているのに気付いたのだ。
エクリースはポケットを探り、そしてボロ服のあちこちを触ってやはり時計が無いのに気付いて蒼白になった。
「さあ、戻りましょうか、エクリース様」
とウーリッヒが言いかけても、エクリースは真っ青になって身体中をまさぐっている。その様が何を意味しているのか分からないこちらの二人は、呆気に取られてエクリースを見つめた。
「何かお困りごとでも? 王子。それとも、もうあちらへは戻りたくないと?」
と問いかけるウーリッヒに向って、エクリースはやっとの事で言った。
「いいゃ、そんなことじゃないんだ。だけど……」
「だけど?」
「いや、いいよ」
ブライトからの時計を無くしてしまったことがこの上ない災いをもたらすのではないか、とエクリースはその時感じて微かに戦慄した。
☆ ― ☆― ☆
夕刻、ある貧相な男が、一つの銀鎖付き時計を持って、街中の外れの闇市場に現れていた。そしてその男、トロイは、一軒の怪しげな店に入り、その銀色に輝く時計を示して言った。
「これを売りたいんだがね」
店の男はすぐさまこれが盗品だと見抜いたが、黙ったまま受け取ると、トロイにとっては多大な額の銀貨を渡してそっと告げた。
「このことは黙っているように。いいな」
トロイは頷くと、その銀貨をポケットに入れ、酒場へと繰り出したのだった。
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