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エクリースとドリアン伯爵の嫡男クリフとの交換条件が折り合わない間、時間ばかりが経っていく内に、やがて夏が来た。
一方、エクリースの兄ブライト王子は、シスリー長老と王の企みを知って激怒していた。ブライトの足の怪我はもうほとんど良くなったと言うのに、王は二度と弟エクリースに逢わせようとはしないのだ。
ブライトは、呪いや迷信の類を、全然信じてはいなかった。むしろ自分達兄弟の仲を裂こうとしているシスリーに対し、憤りを隠せないでいた。そしてブライトは、夏になってもその苛立ちは消えなかった。
ブライトは、段々王の言う事を余りまともに聞かなくなって行った。それはブライトが成長し、もう子供ではなく少年に近くなり、反抗期になったせいかも知れないのだが。
けれどもある日、エクリースにとって決定的な事件が起ってしまったのだった。
エクリースは暇な時には、ブライトからもらった銀の時計を揺らして遊んでいた。時計の針は止まったままだったが、元々時計の読み方を全く知らないエクリースにとっては、それは綺麗なオモチャにしか過ぎなかった。
銀鎖の付いた時計をブラブラ揺らしていると、兄ブライトの明るい微笑や柔和な表情が脳裏に浮かんで、和やかで平穏な気持ちになるのだった。
― 兄上はどうしておられるのだろう。最近はとんと来ては下さらないが……。仕方ないよな。僕の噂のせいなんだ、多分。
あのアラブ馬の陰にある、戦士の霊はその後どうなったんだろう? 兄上に何も無ければいいんだけど。
エクリースはゆっくりと揺らしながら、その揺れを見て淋しさを紛らわせていた。
けれどもそういうエクリースの有様を、そっと盗み見ている人物が居た。それはジュリアの夫、厩番のトロイだ。
トロイは朝早く森から出て王宮の外の厩で一日中働き、そして日暮れ頃に疲れ果てて戻って来るという毎日を過している内に、知らず知らず鬱憤が溜まっていた。
いくら働いても生活は楽にはならず、エクリースの為に頂く僅かなお金はことごとく食費などで消え、自分の酒代にもならない。その上、妻のジュリアはエクリースの身の回りの世話ばかりして、自分のことなど何も構ってはくれない。
けれどもそれだけならよかった。トロイが一番腹が立っていたのは、所詮エクリースは今はこのような有様であっても、いずれは王子として豊かな生活が約束されているということなのだった。
それなのに一人息子のグライスは、何年経っても背が伸びず、どうせ厩番にしかなれない。そして数年後にエクリースが出て行った暁には、もっと貧しい生活が待っていることだろう。
― エクリース王子を養っている限り、我々に幸せは来ないに違いない! それなのにあのジュリアときたら、実の息子よりも王子を大切に思っている……。なんと理不尽なことなのだ!
トロイの憤りはその内に、エクリースに対する憎しみに変っていったのだ。
ある日、トロイはエクリースが銀の時計を持ったまま、居眠りをしているのを見た。エクリースはたった一人で、小屋の外のベンチに横になって眠りこけ、時計は今にも地上に落ちそうだった。
残念な事に、王子としての身分であるエクリースは、やはり全てにおいて無防備なのだった。
トロイは時計と言う代物が高価であり、ほとんどの市中や村の人々が持っては居ない貴重品である事を知っていた。それはほとんど宝石と同じ価値があった。今まで貧乏しか知らないトロイは、例えエクリースを育てていてもその報酬が僅かなのに苛立っていた。
そしてそんなトロイの目の前で、エクリースは時計を取り落としてしまったのだ。時計の落ちる不吉な音がしたが、エクリースは目を覚まさない。
トロイは少しずつエクリースに近寄ると、そっと静かに泥まみれの時計の鎖を掴んだ。その時計は今はトロイの手の中で、妖しく輝いている。トロイの顔に、ニタリとした笑みが浮かんだ。
「こいつを町外れの市場で始末しよう。闇の値段では、どれだけのお金になるだろうか。こいつは楽しみだわい。それをもらったら、まず最初に酒場で思いっきり高価な酒を飲むんだ! それから……。ああ! 考えるだけでウキウキするぞ」
トロイは時計を掴んでポケットにねじ込むと、いそいそと町へ向った。けれどもトロイのこの行為が、いずれは恐ろしいことを引き起こすとは知らずに。
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