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明日はイデットとサイラスが王宮を去り、遠い田舎に出立するという日、サイラスの我が儘な要求で、エクリースと会うことになった。
虚ろな表情をしているイデットは、愛人のラウールが死んだ衝撃が抜けずに悲しみの日々を送っており、ついうっかりサイラスの要求を呑んでしまったのだ。もちろんサイラスは喜び、しばしの別れの前に、大好きな“義兄エクリース”に会うのを楽しみに待っていた。けれどもイデットは、サイラスの身が心配で堪らず、早くここを出たかった。おまけに、忌まわしいエクリースが来るというので、もっと気が重くなる。
反対に無邪気なサイラスは、待ち遠しそうに廊下に出てエクリースを待っていた。その横顔がラウールに似ており、イデットはハッとする。
向こうからエクリースが足早にやって来たのは、その時だ。かなり長い王宮の廊下には、円柱の柱が何本か建っていたが、サイラスは思わず駆け寄ろうとした。
「いけませぬ、サイラス。エクリースを待つのです。将来の皇太子であるお前が駆け出すなど、おかしなこと。相手は父上から幽閉されている方ですよ。威厳を持ちなさい!」
「幽閉って?」
「お前には難しすぎます」
サイラスは愛らしい小首を傾げた。けれども、サイラスを見つけたエクリースは、遠くからニッコリ微笑んだ。毒も抜け、如何にも健康そうに見える。それを見たイデットは目を背け、そっとその場を立ち去ろうとした。
けれども、
「待て!!」という、どこかキチガイじみた叫びが起ったとみるや、一本の円柱から誰かが飛び出してきたのだった。手には、長剣を持って。
サイラスは身体を強張らせ、思わずイデットは息子を掻き抱く。けれどもその主は、サイラスには目もくれず、真っ直ぐにエクリースに突進していた。近くに居たイデットの侍女達の悲鳴があがり、向こうからやって来ていたエクリースはハッとして目を見開くと立ち止まった。
「サミュエル……」
「そうだ! 妻は死んだ。お前の呪いにより、死んでしまったのだ!」
とサミュエルは廊下の真ん中で悲痛に吠えた。
「まぁ! あの娘が……ベアトリスが」と、さすがのイデットの顔も青ざめる。
サミュエルは長剣をかざすと、対決の姿勢に入った。
「さぁ、エクリース! 妻の仇だ、かかってこい!」
「何を馬鹿なことを!」とエクリースも怒鳴り返した。「お前だけが悲しみに暮れていると思っているのか! その悲しみはお前だけのものではないぞ!」
「なぜ? なぜ、その事を知っているのだ!? それこそおかしいではないか。わたしはまだ誰にもその事実を告げてはいないのに」とサミュエルは叫んだ。
「やっぱり、お前は悪魔だ! そうでなければ、呪われている者なのだ!」
エクリースは黙り込んだ。後方から駆け寄って来たビクターは、やはりエクリースが告げたことが真実だったと知った。けれども猛り狂ったサミュエルは、剣を下ろそうとはしない。
「さあ、ここで妻の名誉の為に決闘だ! 剣を抜くのだ、エクリース! わたしは喜んで、亡き妻への愛の為に戦う」
「エクリース様、なりませぬ! 相手の挑発に乗っては、なりませぬぞ!」
とビクターが背後からエクリースを抱き止めようとしたが、エクリースはマントでパッとその手を払い除けた。そして静かに、自分の剣を抜く。短い装飾用の剣で、明らかに歩が悪いと分かるが、今はそれしかなかった。
侍女達が悲鳴を上げて、逃げていく中を、イデットだけはニタリと嗤っていた。
― 面白い! わたしの代わりに、あの義弟がエクリースを倒してしまえば、事も全て終わる……。
侍女達の金切り声で、衛兵達が駆け込んで来た。
「寄るな! わたし達は、双方合意のもとで決闘をしているのだ!」
とサミュエルが怒鳴ると、エクリースも「その通り!」とだけ答えた。衛兵達は、周囲を取り囲んだが、ピタリとその動きを止めた。
「エクリース様、愚かなことです! お止め下さい!」
とビクターが制したが、エクリースの心を止めることはもはや出来なかった。
「お前は呪われた王子だ、エクリース!」とサミュエルが怒鳴ると、エクリースは静かに応答した。
「それならば、お前は大嘘つきのペテン師だ、サミュエル。お前の亡き妻の従兄ジョーダン・ドリアンに送った手紙を、わたしと偽って書き、焚きつけたのはお前だな! わたしは見たぞ、お前の筆跡を。ジョーダンに書いた手紙と同じだった!」
― なぜ、王子はその筆跡をご存知なのか!?
イデットと同時に、サミュエルもそう思った。けれどもサミュエルは、直ぐに行動に移した。素早い勢いで、エクリースに突きかかったのだ。エクリースは瞬間的に身をかわし、逆の立場になった。
そして再び二人はがっしりと、剣を合わせた。火花が散り、互いの怒りと悲しみが辺りを巻き込む。
その時ビクターは気付いた。黒い霧が、どこからか現れて二人の若者を包んでいくのを。衛兵も又、少しずつ二人の姿を捉えることができなくなった。
「どうしたのだ、こ、これは!?」
衛兵が叫んでいる。イデットは言葉もなく、その場に立ち尽くした。サイラスは余りの恐怖に身を硬くして、イデットにしがみついていた。
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