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Restra~山根と森澤
作者:山するめ
会社の都合でリストラされ、歪んだ思考にとりつかれた男の衝動を書きました。
 朝。山根は薄汚れた布団の中で目覚めた。
 もう数カ月も日光に干していない上に寝汗がじっとりと背中を濡らし、何とも言えない自虐的な感情を呼び起こす。
 
 「ああ・・・」
 山根は一声発して天井を睨みつけた。
 「あの野郎!」
 怒りがこみ上げてくる。
 原因は3ヶ月前のリストラ。
 会社の上層部の決定だということは分かるが、山根の怒りは人事の森澤に集中した。
 森澤と山根が同期入社だっただけに、やり方が卑劣に思えたからだ。

最初森澤に突然呼び出されたのは、些細なミスがきっかけだった。
 取引先との連絡ミス。
 伝票の読み間違いだが、発注数が数個違っていた。
 しかしそれは山根単独のミスではなく、課長も確認したものであり、決裁時にもスルーしたものだった。
 なのに山根ひとりが責められた。
 これを皮切りに森澤は事あるごとに山根を呼び出しミスを指摘し、責め続けた。
 自分から退職するように仕向けているのは明白だったが、そのことに気づいた辺りから、山根はのらりくらりとかわすようになった。
 業を似やした森澤は、今度はあからさまに他の仕事を探すように勧めるようになった。
 「何故だ?」と聞くと、山根の能力が足りないからだという。
 それでは退職勧奨だなと念を押すと、そんなことを奨めているのではないと言う。
 どうあっても自己都合で退職と言う事にしたいらしい。
 しばらくこんなやりとりが続いたあと、遂に山根はバカバカしくなり退職を覚悟した。
 山根の退職届を受理したとき、森澤がニンマリしたのは言うまでもない。
 ようやく肩の荷が降りた感じだった。
 その表情を見た時の山根は正直悔しいと言うよりも安堵の気持ちがわいてきた。
 それだけ森澤の追求は執拗であり、山根もまた疲れていた。
 それが今頃になって怒りの感情に変わった。

 受けても受けても採用されない就職活動に苛立ちを覚えていることもあるだろう。
 それがすべて自分を追い込んだ森澤のせいであると、遂には信じ込むようになっていた。
 
 山根真一は38歳。
 一人暮らしで子供もいない。
 田舎には年老いた母親がひとりで住んでいる。
 できれば心配はかけたくない。
 しかし、このご時世で退職金も多くは出ず、求人も多くはない。
 受けても求職者が殺到して書類審査ではじかれることばかりだった。

 「殺してやる」

 ふと呟いたこの言葉が山根の心にすぽっとはまった。

 「そうだ。殺してやる!」
 
 山根はおもむろに立ち上がり、汗にまみれた衣服を脱ぎ捨てた。
 洗いざらしの、がさがさのタオルで乱暴に体の汗を拭きとるなり、素早く着替えてアパートの通路に出た。
 通路の出口で大家のばあさんが掃除をしている。
 ここのところハローワーク以外に出かけることもないので、アパートの大家が心配して、様子を伺っているようだ。
 どおりで最近通路が綺麗なわけだ。
 余計なことを聞かれるのが嫌なので、挨拶の言葉を一言かけて走り抜けるようにアパートを出た。
 格好だけは会社勤めの頃のスーツを着込み、中には包丁が入っているが鞄を抱えている。
 これを見て大家も幾分安心したかもしれない。
 森澤のいる会社には歩いて向かった。
 やつが会社から出てくる時間までには余裕がたっぷりあったからだ。
 この3ヶ月の生活で無意識の節約癖もしっかりとついている。
 以前のように電車には乗れないのだ。
 かといってアパートでじっとしていられるほど冷静ではない。
 静かに激しい怒りが心に燃えている。
 そのエネルギーを糧に歩いて、2時間かけて会社にたどり着いた。
 会社の前に立った時にはすっかり疲れはててはいたが、いじめられた時の記憶が蘇り、再び怒りがめらめらと燃えてきた。
 しかし時間はまだ昼前。
 山根は凄まじい怒りに突き動かされてここまで来たのだが、森澤は夕方の退社時まで出てはこない。
 
 「森澤め・・・」

 ここまで来る道のり、山根は何度も何度も頭の中で思いを遂げるシーンを思い描いてきた。
 そのままの勢いで行きたかったが、3ヶ月も前に辞めた人間が会社の中に乗り込むわけにもいかなかった。
 はやる思いを押しとどめて向かいのコンビニ弁当で腹ごしらえをし、近くの公園でひたすら待つことにした。


 社内では森澤が机に突っ伏していた。心の中は不安と後悔の念で一杯だった。
 解雇通告を受けた森澤の心には、3ヶ月前に山根にした自分の仕打ちが充満していた。
 勿論あの時は森澤の本意ではなかったのだが。会社の経営状態から、一人リストラしなければ自分が切られる恐れがあったので山根には悪いが必死だった。
 「やりすぎた」と思ったのは山根が実際に退職したあとだ。
 次のターゲットに自分があげられたからである。

 人事部長に呼び出されて、自分が山根にしたように、些細なミスをねちねちと責めあげられる。
 さすがに森澤には本意が分かっていたから、ひたすら下手に出て耐えていた。
 それが今日、解雇でもいいやから辞めてくれと言う事になった。
 会社理由であれば一時金も出るし多少強気の交渉もできる。実は既に会社に見切りを付けていた森澤これを機会に辞めることにした。
 その後のことも早くから決めていた。
 実家と懇意にしていたある店が、森澤にインターネットの委託販売を持ちかけてきたことがある。
 アルバイトにと思い販売サイトを制作し、実際にやってみたらこれが思いのほかうまく売れた。
 それが数年かけて少しずつ規模を大きくしてきている。もう少し取引先を増やしたいと思っていたところで、本業の会社が傾いた。
 これを機に一気に事業化しようと思い切る時期が来ているように思えてならなかったのだ。
 ただ、森澤には営業経験がない。一気に計画が現実化した時に思い出したのが、同期入社で営業畑に回っていた山根である。
 人を雇うほどの余裕はないが、共同経営者ならという思いがわいてくると、山根を追い詰めた時の自分の仕打ちが思い出されてくるのである。
 山根には営業マンとしての経験が十分にあった。
 それなりの成果もあげている。
 物わかりもよく、一緒に働くにはいい同僚でもあった。

 しかしいざリストラするとなると会社は難しい人間ではなく話を切り出しやすい人間からターゲットにする。
 そして自分はその言いなりになり、自らの立場を守るためだけに切り捨てた。その後自分の身に生じたことと思い合わせて森澤は苦悶しているのである。


 会社近くの公園で弁当を食べ終わった山根は、ベンチに座ってひたすら妄想に耽っていた。
 勿論、鞄に入れてきた包丁で会社から出てきた森澤を襲う妄想である。
 冷めやらない怒りで他にすることも思いつかず、何度も何度も同じシーンをシュミレーションしていた。
 激しい感情とともに思い描いた行動を何度も脳裏に思い浮かべていると、それはそのうち現実味を帯びてくる。
 何にでも根気良く熱心に取り組む山根の性格が悪い方に働いている。
 入社当時の森澤は、もっと優しい男だった。
 一緒に飲みに行く事もしばしばだったが、自分が営業に回り、森澤が人事に抜擢された頃から鼻につくようになり、社内でも疎遠になっていた。
 それが突然数カ月前に呼び出され、威圧的な態度で責め苛まれ、会社を追われた。
 元を知っているだけに無性に腹が立つ。
 山根の頭はこのあとの数時間のあいだ幾度も幾度も森澤に復讐を遂げるシーンを繰り返した。


午後6時。
 仕事が終わった森澤は、タイムカードを押して廊下に出ると、携帯電話を取り出した。
 住所録にはまだ山根の携帯の番号が残っている。
 少し躊躇したあと、森澤はその番号に電話をかけた。
 呼び出し音のあと、留守録メッセージが応答する。
 その留守録に対して森澤は午後の間じゅう考えていた事を一気に話した。
 
 「久しぶり。森澤だ。会社にいた頃は済まなかった。上の命令でどうしてもああするしかなかったんだ。
 今考えればもっとやり方もあったと思うが、申し訳なかったと思っている。今日オレも辞めることにしたよ。
 それと、今日はお前にお願いがあって電話したんだ。
 今度オレの始める会社を一緒にやらないか?・・」

 山根の部屋のこたつの上で応対していた携帯電話の留守録はここでタイムアウトした。
 後で山根がこの録音を聞くことがあれば、さぞかしびっくりしただろう。

 「また後でかけ直そう。こういう事は留守録でなくて、直接話した方がいい」
 森澤は携帯電話を懐にしまって出口に向かった。


 会社の脇の路地には山根がしゃがんでいる。
 山根の頭の中では何度も何度もシュミレートした行動が、今か今かと出番を待っている。長くいた会社だ。
 森澤の行動は手にとるようにわかる。
 そろそろ出てくる頃だ。
 山根は手に持った包丁に力を込め、ひたすらその時を待っていた。
 やがて会社のドアの開く音がして、足音が近づいてくる。
 少し引きずる感じの聞き慣れたこの足音は、森澤に違いない。
 山根は戸惑うこともなく、すっくと立ち上がった。
 この後の行動も頭の中に組み込まれている。
 山根は計画通りに歩道に滑り出し、足音の人物の前に姿を現した。

 「山根!」

 目の前に姿を現した山根に驚いた森澤は多少驚いたが、昼間考えていた言葉を思い出し、ひきつった笑顔を浮かべて一気にこう言った。

 「山根。本当にあの時はすまなかった。実は今日、オレも辞めることになったんだ。
  良かったら新しい仕事を一緒にやらないか?」

 森澤は午後中この場面を何度もシュミレーションしていた。
 それが口をついて出たのだ。
 
 しかし、山根の意識はその言葉を聞き入れることはなかった。
 山根の脳はもはや機能を失い、体はこの一日数千回も繰り返してきたとおりに動いていたからだ。
 山根はうつろな目をしたまま優しくほほえむ森澤の腹を目指して突進していった。
 
 
無味乾燥な状況が現実なのでないかと思い、あえて突き放した感じで終わりました。
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