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ある盗人のはなし。

作者: ちぎり

 おやおや?あんた、初めて見る顔だねぇ、どこから来たんだい。

 はあ、トウキョから。なあ、そりゃどこだい。トウってことは、東かい?

 ……なぁんだ、もうこんなに空けてたのか。顔は赤くないけど、なかなかに、出来上がってるじゃないか。

 あんた、まだこの店で飲むつもりなら、あっしの話を酒のアテに聞かないかい?

 話を聞いてくれるなら、あとこの大根と酒を二本奢ってやるよ。


 好きにしろって?じゃあ、好きにさせてもらおうかね。隣あけとくれ。


 ふう。そうさね、何から話そうか。

 あんた、手に職はあるかい?……サラリィマン?皿でも売るのかい?面白いなぁ、あんた。

 あっしはね、盗人でサァ。こーんなちっせえ頃から、盗みをしてたのさ。

 だからかね、この世にはあっしに盗めないものなんか何一つねぇ。

 やる気その気になりゃあ、あんたや、この屋台だって、馬鹿でっかいお役人様の屋敷だって盗めるのサァ。ははは。


 そんなあっしが今何を盗むのにハマってるかっていうとな、それはこの世で一番の宝もんさ。

 それは何だと思う?金か?絵画か?宝石か?美女か?

 ……いいや、どれも、ちげぇ。

 人の命だよ。ピカピカの、命の輝きサァ。

 ほら、命あっての物種っていうだろ?命がなけりゃ、金だってただの黄色い石ころサァ。

 

 ははあ、全然信じてねぇな、あんた。ちったぁ驚いとくれよぅ。

 なんならちょっくら、お前の宝物、盗んでやろうか?

 あっしの特別な秘密のナイフで心の臓の箱をこちょこちょっと、簡単なもんさ…って、こら、いてぇ、暴れるんじゃねぇよ!冗談さぁ。

 せっかく楽しく飲んでるんだから、逃げずに最後まで聞いてけよぅ。


 ……あ?そんなもの盗んだら死んじまうって言うんだな。

 それもそうだが、あっしは特別サァ。

 あっしは盗人で、殺人鬼じゃねぇ。あいつらみたいに、命のピカピカは齧っても美味くねぇもん。

 そう、あっしは根っからの盗人で、しかも気紛れ屋なんだ。

 盗むというからには、持ち主に返すこともあるのサァ。命のピカピカを手のひらの上で転がして、満足したらの話しだが。


 けどなあ、最近、盗っちまうことの方が多いのサァ。

 何でって、あんた、そりゃ、返そうと思ったときには大抵、返せないんだよ。

 あっしが命のピカピカを盗むと、体の時間が止まって心の臓の音も止まっちまうらしい。

 それをどういうわけか世間様は、死んでるのと勘違いして、命のピカピカを容れる大事な肉の器を、さっさとせっせと焼いて、なくしちまう。

 仏様に届けるってんで、荼毘にふしちまうのさ。

 あっしが返そうって思うのは大体、二、三日経ってから。なぁ、なにもそんなに急がないで焼いちまわないでも良いと思わねぇか?

 …もしかしたら、あっしが命のピカピカを盗んだ人間は、他人に死んでいてほしいって思われてるのかもしれねぇ。

 そりゃあんなにピカピカで綺麗なモンもってれば、嫉妬もされるわなぁ。

 ああ、おっかないこった。

 あっしは凄腕の盗人だから、何処にでも忍び込めるんだが、返す場所がなけりゃどうしようもねぇ。肉の器が壊れちまったら、返せねぇ。

 もう別に欲しくなくても、命のピカピカはあっしのモンさ。

 あんた、余ったやつ幾つかもってくかい?時間が経ってるからピカピカは少し減っちまったが…あーあー、大丈夫かい青くなっちまって、要らないならいいんだよ無理には押し付けねぇさ。


 うん、だったら返すのを早くしろって?……それもそうなんだが。うん、あっしも急いだこともあるのサァ。

 その時のこと、聞いてくれるかい?

 ちょいと昔の話しさ。ある男からあっしは命のピカピカを盗った。

 やっぱり、3日たったころか、あっしは気が済んだんだ。鼻歌歌いながらその男の肉の器に返しに行ったら、さあ今から焼くぞという時になっててな。

 慌ててあっしが男に命のピカピカを返してやったら……、その男、そこにいた同じ人間から、化け物だって、その場で、殺されちまったんだよ。

 あっしは、あれにゃあ背筋が凍ったね。

 心底、怖ぇなぁと思ったよ。


 3日経って生き返ったから、体に鬼が憑いたんだとか言われてたな。

 あっしが命のピカピカを返しただけなんだけどなぁ。その男には悪いことをしたなと、ちっとくれぇ思ってる。盗んで返したのはあっしだから、まあ、念仏の一つでも唱えたサァ。


 まぁ、そんなことがあって、あっしは大層まいったから、返すのにも慎重になっちまう。

 そういやぁあんた、そいつにちょいと似てるよ。鼻のあたりとか、ちょいと。

 あんたの命も、ピカピカしてて綺麗なんだろうなぁ。


 ……はぁ。でも、今日は昔の話のその男に免じて盗らねぇでおくよ。

 久しぶりに人とこうして話して、すっきりしたことだしな。


 ああ、そろそろ夜が開けるなあ。ほら、あっち、空の端っこが水色になってきた。この店ももう仕舞いさ。

 あんた、ぐでぐでに酔っちまって。大丈夫かい。

 帰り道わかるかい?

 そうかい、じゃあ、あっしはもう行くが、気をつけて帰るんだぞ。


 あっしが盗まなくても、人はよく、命のピカピカをなくしちまうから。


 なぁ、また会えたら今度はあんたのサラリィマンの話を聞かせておくれよ。

 それじゃあな。

 盗人のあっしの話を最後まで聞いてくれて、ありがとうなあ。



2013/03/24

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― 新着の感想 ―
[良い点] 盗人の軽妙な語り口が雰囲気に合っています。東京やサラリーマンがいる世界と、盗人のいる不思議な世界が、何かのはずみで少しつながったのでしょうか。幻想的です。 [一言] ホラーという分類になっ…
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