<第八章>行き先
「そう、そんなことが……」
人の減った茶屋の中、カヲルの話を聞き終えたイルザは神妙な顔を作った。黒髪になっていたから分からなかったが、こうしてみるとやはりその顔にはあの王女の面影がある。
「もしあなたの話が本当なら、かなり不味いわ。そんな複雑なネクロマンシーの術式を作れる人間ならば、間違いなく名のある人間に違いない。何か嫌な予感がする……」
王女の影武者であることを隠すためか、彼女はこの前とは違ってかなり親しげな話し方をした。こちらのほうが自だと思えるほどの自然さだ。
「俺の分身を連れて行ったあいつも、かつては通り名があったと言ってました。その可能性は高いです」
自分に行った実験は誰かに頼まれたという事、その組織から資金や準備の協力を得たこと、覚えている限りの老人の情報をカヲルはイルザに教えた。
「そうだね。調べてみる必要はあるかも、いや、出来るだけ早く調べたほうがいいわ」
こっくりと頷くイルザ。それを見て、エレナがずっと我慢していたというように場違いな質問をした。
「ねえ、話を切って悪いんだけどさ、あなたもしかして空人? それとも変装のために黒いカツラを被ってるの?」
「おい、お前流石にその言葉使いはラフ過ぎるぞ」
まるで地元の仲間に声をかけるようなエレナの口調に、カヲルは注意した。しかしイルザはそれを咎めることもなく笑って言葉を返す。
「今の私は王女じゃない。ただのイルザ。普通に話してくれて構わない。カヲルも普段どおりに接して? そのほうが怪しまれないし」
花が咲いたような笑みを浮かべ、彼女はこちらを見た。その美しさに思わずカヲルは声を失う。
「私は召使と王の子供だって前に教えたよね? その召使が先々代の空人の血を引いた人だったの。空人は象徴だけどそれ以上の存在じゃない。だから私は王家の者だとはみなされず、こうして影武者や裏の仕事をこなして来た。この黒い髪は正真正銘私の髪。あっちの金色の髪のほうが偽物よ」
何か人によっては暗く聞こえそうな話を物凄く明るく彼女は言った。そして何でもなかったように話を元に戻す。
「今回あなたたちを案内するのは、秘密を厳守するために私が自分でやることにしたの。虚像召喚の儀も終わったし、丁度暇だったからね。簡単な旅行気分で出て来たんだけど……今の話、どうやらそうもいかないみたい」
カヲルを見て彼女は溜息を吐いた。何だか嫌な話が出てきそうなので、崩していた表情を改め、真面目な顔を作る。
「どういうこと?」
「実はね。わたし、あなたを初めて見たときにずっと違和感を感じてたの。虚像空人じゃないかっていう疑いもあったけど、それ以上になにか人間として不完全な存在を目にしているように感じた。もしかしたら、あなたはその半身を見つけない限り、元の世界に帰れないかもしれない」
「え!? そ、そんな!」
「歴史的に見ても、こちらの世界に残る事が嫌で戻っていった空人は二~三人存在する。召喚してすぐは無理だけど、様はこちらに異世界の人間を呼んで国の指針を決めるという行為自体が重要なわけだから、仕事が終われば帰ることも可能だった。それを実現できる魔法も存在する。だけど、体が二つに分かれているのならその魔法はあなたを呼ばれた本人として認識しないかもしれない。腕がなくなったとかならまだ対処の仕様もあるけど、魂そのものが分裂してしまってるみたいだからね。かなり厳しいかも」
「じゃ、じゃあ、俺が帰るにはあのどこに行ったかもわからないじいさんを見つけて、しかも最強の魔人とやらになったもう一人の俺を連れてくるしかないのか? そんなの一体どんだけ時間がかかるんだよ!」
冗談じゃないとカヲルはテーブルを叩いた。先ほどの騒ぎを見ていた他の客がビクッとしてこちらを見る。
「悪いとは思う。でも、仕方がないの。こんなことになるとは思わなかった。誰もそんな怪しい魔術師の存在なんか、知らなかったんだから」
「なんなんだよ、お前らは。勝手に呼んで、勝手に祭り上げて、俺たちを何だと思ってるんだ!」
「それがこの国の文化だったの。だから、呼ばれた空人には破格の待遇や金品が与えられるのよ? 別に元の世界に戻らなくてもいいやって思えるように。……それに、言い訳かもしれないけど、私に拒否権は無い。私はただの影武者。国の意思に従って動くだけ。呼べと言われたら呼ぶしかなかった」
カヲルは怒りが収まらずさらに文句を言おうとしたが、彼女の表情を見て言葉を飲み込んだ。
「くそっ……!」
拳を握り閉めて椅子に座り込む。
そんなカヲルを見て慰めるようにエレナが肩を叩いた。
「まあ、もう終わったことはしょうがないじゃん。だったら、出来るだけ早くその片割れを見つけて、連れ戻せばいいだけでしょ? 二人なら元の世界に帰れるんだから」
「……二人で帰ってどうすんだ。俺の両親ビックリするぞ。見に覚えの無い双子の兄弟が出現したってな」
「うっ」
初めてその事実に気がついたようにエレナは気まずそうな声を漏らした。
そうなのだ。例えもう一人の自分を見つけることが出来ても、またひとつの体に戻れなければ、向こうに戻った時に大変な騒ぎになってしまう。何だか考えれば考えるほど悩みが増えていくため、カヲルはどんよりとした気持ちになった。
「あなたたちを隠そうと思っていた場所には候補がいくつかあったけど、こうなるともう行き先は殆どとつしかないかも。私、小さい頃から裏の仕事をしていてね。学校に行く事も出来ずずっと魔術の研究ばかりしていたの。だから魔術連盟にもイルザ名義で属しているし、魔術にかかわっている人たちともそれなりに親交がある。向こうはまさか私が王女の影武者をしているとは知らないからあなたたちの正体はバラせないけど、友人としてならきっと協力してくれるはず」
「魔術連盟の知り合い? 確かにそれならカヲルに変なことした奴について調査することも出来るだろうけど、信用出来るの?」
「大丈夫よ。私の先生の一人だった人だし、何より彼が住んでいる町は民間守護会の第三支部がある。あなたたちが仮の身分や仕事を見つけるにもまさにうってつけの場所だから」
「第三支部って、例の四大勇士の一人が居る所じゃない」
エレナは何かに気がついたようだったが、カヲルは二人の会話に全く着いていくことが出来なかったため、難しい顔を浮かべたままただ「そうか」とか、「なるほど」とか無駄な相槌を打ち続けた。
「カヲル。あなたには本当に悪いと思う。でも、私にも出来る事と出来ないことがあるの。そのことを理解して、今はなんとか我慢してくれないかな? かならず、あなたを元の世界に帰すから。こっちに呼んだ者の責任として」
強い意思の篭った真剣な目でイルザが自分を見つめる。何だが色々なものを背負っているような彼女のそんな目は、物凄く深く、大人ぽかった。
自分はただダダをこねているだけ。戻りたい、戻りたいと喚くだけで一体どんな努力をしただろう。急に恥ずかしさを覚えたカヲルは、その気持ちを隠すようにそっぽを向いたまま彼女に尋ねた。
「信用して、いいんだよな?」
意地悪な質問であることは分かってる。でも、先ほどまで怒っていた分どうしてもそんな態度を取ってしまう。やはり自分は子供っぽいなとカヲルは思った。
そんな問いにもかかわらず、はっきりと、力強く、イルザは答えた。
迷いの一切無い目で。
それが当然だとでも言うように。
じっとこちらの目を見つめたまま、ごく自然な笑顔で――
「うん。私の命に代えても、必ずあなたを帰してあげる」
次回から分裂したもう片方の視点になります。
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