俺が心待ちにしていた探偵小説は生憎品切れで、とぼとぼ遠回りしたのが悪かったのか、公園で足を留めたのが悪かったのか、今になっては何が悪いのかわからないが、とにかく絶対に知り合いに見られたくない窮地に立っているのは紛れも無い事実だ。
俺の肩には灰原が乗っている。
文字通り両肩に足を乗せ、かれこれ10分は経っているはずだ。
木を見上げていた彼女は、視線に気付いたらしく
「あら」と小さく俺を見て言った。
そして、
「偶然ね」と笑う。
近寄った俺はすぐその真意を理解してしまった。
不安定な枝の上に子猫。しかも、前足を怪我していて、降りられなくなったようで鳴いている。
「可哀相ね」
傍らにはベンチしかない。乗ったところで俺らの身長では届くわけないのだ。
「工藤くん?」
俺は無言で屈んだ。
靴を脱いで、とん。と軽く駆け上がる。
「届かないわ」
必死で手を伸ばしてるらしいが、あとちょっとが届かないよう。
「仕方ないわね」
かすかな呟きのあと、頭に負荷がかかる。
をい、いきなり足蹴かよ。
文句の一つも言いたいとこだが、猫を助けるのに夢中な灰原が聞くとは思えない。
平成のホームズなのに……、扱いひでぇ。
「あ」
どうやら、捕まえたらしい。
が。
「みゃふーっ!?」
猫はびっくりしたようで、後退りをしたらしい。
「きゃ」
ずっ、と灰原の右足が外れる。
咄嗟に支えたものの、バランスを失し、俺はとりあえず前のめりに倒れ込んだ。
「工藤くん!」
目の前で砂埃が立つ。しっかりと猫を掴んだまま、俺の背中にのしかかる彼女。
「……猫は無事か?」
「え、ええ」
ごめんなさい、と灰原は慌てて脇にどいた。
「大丈夫?」
予想外のことだったのか、珍しく動揺した早口調で尋ねる。
体を起こして、じーっと見つめると。
「どこか痛む?」
少し恐縮しているから、ついイタズラ心が起こった。
「なぁ」
「なに?」
「見えたんだけど、灰原って」
続ける間もなく、猫パンチが飛んできた。
「早く飼い主捜すわよ!」
事件を解決したあと、ぶらぶら帰る途中で、夕食の買物帰りの灰原と出くわした。
おっちゃんは、彼女に苦手意識を持っているようで、二、三言葉を交わした後、
「送ってやれよ」とそそくさと帰ってしまった。
「で、どうなったの?」
犯人ではない。チャチャのことだ。ヒントをくれた時点で灰原には既にわかっていたのだから。
買物袋をそっと取って、歩調を合わせる。
「引き取ってもらうことにしたよ」
「そう……」
「――飼いたかったのか?」
「そーじゃないわ。ただ」
「ただ?」
少し寂しげな横顔で。
「猫だって待つときもあるから。哀しくならないといいけど」
「時々会いにいってやればいいんじゃねーか? 寂しいなんて思わねーくらいの毎日送ってたら、時間なんてすぐ経つさ」
「そうね」
向けられた笑顔が、夕日に照らされて、思わずドキっと心臓が音を立てた。
「? どうかした? 顔、赤いわよ」
不思議そうに眉をよせる灰原。
自分の笑顔に天然なやつ。
「可愛かったんだよ」
素直に零した俺に
「? 猫のこと?」
数秒の沈黙。
「灰原がっ!」
へ? と口をすぼめて、それから、かっと頬を赤く染めて俯く灰原。
「そーいうのは反則よ」
ぽそっと、瞳の下まで朱いまま、笑みをつくる。
それを見た俺は、何だかよくわからない気持ちに浮かされて灰原の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「今のは嬉しかった」
「そ。よかったわね」
End。
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