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「逃げるな!私から逃げるな!」

 この人は何を言っているのだろう。
 俺の行動はそんなにいけないことだったのか。
 マサキを怪我させてしまったことに対する罵倒なら納得できる。
 だが、身に覚えのない事でまるで犯罪者のように糾弾されるのは我慢がならない。
 何故ならこの中年のくそったれ婆が、朝っぱらから俺の顔につばを吐きかけ憤激している理由は実にくだらないことだったからだ。

 病院から戻ったマサキの顔は酷く腫れてしまってはいたが、Mさんの説明によるとただの打撲で 見た目よりは軽傷だった。
 ほかの部分……足や腕なども軽い打撲で、危ぶまれた旅への影響はない。
 とにかく高ぶった神経を休めるため、俺たちはテントに入り休息をとった。
 テントは先発隊とマサキ・カズの後発隊に分かれて設営されている。
 俺はもちろんMさんと共に先発隊のテントにいつもは寝ているのだが、あんな事があった夜だ。
 二人の元にいてやりたい思い、途中でテントを移った。
 それがMさんの逆鱗に触れたと言うことだ。
 殴られたらこの隊を離脱し、一人で東京に帰る決意を固めていた。
 ただでさえ、みんなの前で恥をかかされているのだ。
 しかも、大事な仲間を思いやる行為まで否定されてはMさんに対する信頼感も怪しいものに変化してしまう。
 おそらく、目つきや表情からそんな考えを見抜いたのか、彼女はいびつな鼻のイボをヒクつかせながら、つばを飛ばし怒鳴り続ける。
「私はお前を殴らないぞ!お前は旅費は私を含めたみんなが出しているんだ!お前には完走する責任が誰よりもあるはずだ!いいか!繰り返す!私から逃げるな!」
 
 ……やれやれ。
 だからいやだったんだ。
 だから反対だったんだ。
 旅費の話はあんたがしたんだろう?
 こちらから頼んだ訳じゃないぞ?
 このセリフを聞いて決意を固めた。

 俺は一人で東京に帰る。

 幸い、この隊の中で俺のスピードに付いてこれる奴はいない。
 隊列から一気に離脱することは十分に可能だ。
 金?
 そんなもの、どうとでもなるさ。
 所持金は確か一万とちょっとある。
 何かあったときのために母が持たせてくれた非常用だ。
 今使わなければ何時使うのだ。

「シュウジ!お前は私の前を走れ!タケシ!お前がシュウジの代わりに先頭をサポートしろ!!」

 タケシが俺のポジションに?
 ……なるほど……降格って訳ですか……?
 さらに自分の前を走らせ、逃げ出さないように監視をすると……。
 上等じゃねえか!
 だがしかし、この人もつくづく残酷な人だ。
 今のタケシにあのポジションをやらせたら精神的にも肉体的にも潰れかねないぞ。

 
 ……タケシ。
 潰れるなよ、タケシ。
 お前なら……お前なら、或いは……。

 脱走の機会を伺いながら、隊列のケツからついて行く。

 完走なんて糞喰らえさ。

 悪いな、みんな。


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