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 R20が一車線から二車線に増えるとたまっていた鬱憤を吐き出すように私はすり抜けを敢行する。
 サンデードライバーの多い祝日に路肩走行は自殺行為だし、イエローカットは違法行為だ。
 仕方なく列に加わっていたがそれももう終いだ。
 FZ1での初すり抜けは想像以上に快適だった。
 ミラーの位置が多少気にはなったもののその安定性や加速性能の高さは四輪の作るトンネルを抜けるにはもってこいの性能である。
 しかし、そんな快適なクルージングも長くは続かなかった。
 大げさにケツを振るCRMが私の進路に蓋をした。
(理解できないな。何故わざわざ車体を不安定にするんだろう)
 煽るのも大人気ない。
 私はホーネットのシールドを開け緊張を解いた。
 私を得意げに先導するそのモーターサイクルを目で追いながら、手のひらのやるせない痛みを思い出していた……。


「シュウジ君!ストップ!」
 二番目を走る俺の横に、最後方から並んできたカズがMさんよりの伝令を伝えた。
 マサキとカズが合流してからは大きな事故もなく順調に距離を消化し始めていた。
 先頭をサポートする俺は隊列の全体像を確認することが難しく、ユウヤ君の事故もカズとマサキがいれば防げたのかもしれない。
「またかよ!今日何度目だぁ?」
 三重県から先頭を勤めるダイスケに停止命令を出し、後方を待つ。
「ヒロか?」
「うん。雷が落ちるね」
 マサキがヒロの外側をまるで護衛するかのように併走し、到着した。
「あぶねえよ、こいつ、マジで」
 マサキに指摘されたヒロはその大きな瞳をキョロキョロと動かし、かわいそうに明らかに動揺を隠せない。
「はいはい、ご到着だよ。覚悟するんだな」
 遅れて追いついたMさんの姿を見つけると、マサキはヒロに冷たい一言を投げかける。
 ヒロはまだ小学五年生だ。最年少は四年のリュウジに譲るものの、明るい性格とかわいらしい顔つきから一番下に見られることも少なくなかった。立場上贔屓はできないが、正直今度のメンバーでかわいく思えたのはヒロとリュウジとタケシだけだった。
 そんな俺の感情は、Mさんの理不尽な指示により踏みにじられることになる。
「お前ら一列に並べ!」
 言っておくが“お前ら”の中からカズとマサキ、そして俺の三人は除外される。
 Mさんから少し離れたところに立ち、彼女の鋭い視線から逃れると説明を待った。
「ついさっき注意したばかりだな。あれほど言ったはずだ。センターラインをこえるなと」
「……」
「さっきなんて行った、お前は。え、ヒロ。黙ってないで答えろ」
 蛇ににらまれた蛙だ。Mさんの瞳を凝視したままヒロは硬直してしまっている。
「もうしません、といったな。どうなんだ」
「はい、言いました」
「認めるんだな。自分で行ったことが何故できない。お前、死んでもいいのか?私はお前を死なせたくないから言っているんだよ。センターラインを超えるな!分かったか!お前らも人ごとのような顔をしているが、後ろから見ているとフラフラと何故真っ直ぐ走れない!ユウヤの事故だって真っ直ぐ走っていれば起きてないんだよ!こんなに隊列を乱して走る連中は前代未聞だ!何人生きて東京に帰れるかな?お前ら死ぬぞ!」

 長い上り坂を上るとき、ペダルを踏み込む力が強いほど車体は左右に大きく振られてしまう。その時体幹でしっかりホールドしていれば揺れを最小限に抑えることができ、自転車は真っ直ぐ進むことができる。しかし、車体の揺れを抑えられなければ当然傾いた方へハンドルは切れ、進路を変更させる。利き足の方が踏み込む力が強いため車体は知らず知らず右へ寄っていく。
 これがセンターラインオーバーのからくりだ。
 見通しの悪いコーナーでもし対向車が来ていたら……確かにぞっとする。

「シュウジ!こっちへ来い!」
 何故俺がよばれる?
「ヒロを殴れ」
 何で?俺が?
「ひっぱたきすぎてあたしはもう手が痛いんだ。それだけこいつらは危険な事をしてるんだ。お前が殴れ。殴るつらさをお前も知っておけ」
 憎くもない、かわいいとさえ思っている奴を殴れるか?
 しかし体に教え込まなければヒロはまたその身を危険にさらすことになる。
 自分の足でペダルを踏みしめ、東京まで帰らなければならないのだ。誰も代わってなどやれないのだ。
「歯を食いしばれ」
 ヒロはその大きな瞳をつぶり恐怖に耐えている。
 決心のつかない俺にMさんはご親切に助け船を出す。
「殴れ!」
 その声にはじかれるように俺は手のひらでヒロの頬を叩いた。
「ありがとうございました!」
 涙と悔しさの入り交じった顔でヒロは俺に向かって叫ぶ。
 痛かったのは手のひらだけではない。
 傷ついたのはヒロではなくむしろ俺の方だった。

 その夜赤く腫れた手のひらを見つめながらテントの中で声を殺し泣いた。
 この先もう、こんな事が起きないことを祈った俺は、たまっていくストレスを感じることができなくなっていた。
 そしてそれが、マサキを危険にさらすことになるなど、この時は思うはずがなかった……。


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