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毒バラの魔女と王国騎士に纏わるエトセトラ

作者:編乃肌
 大陸で最も古い歴史を持つ大国・グランディア王国の北に位置する『宵闇の森』には、『毒バラの魔女』が住むという。
 鬱蒼と茂る森林により、何時も光が差さない森の奥。聳え立つ塔に、その魔女は独りひっそりと暮らしている。その塔の周りには、真っ黒なバラの花が咲き乱れ、触れた者には等しく魔女が『呪い』を振り撒く。

 故に―――毒バラの魔女。

 魔女がいつからそこに住まい、その名で呼ばれるようになったかは分からない。どんな『呪い』をかけられるのか、詳しいことを知る者もいない。だが、王国に住む者は皆、彼女を恐れ、その森の奥には踏み入ろうとはしなかった。

 ただ一人、ある稀有な王国騎士を除いて。


●●●


「好きだ。愛してる。結婚してくれ」
「嫌だ。帰れ。終いには呪うぞ」

 大輪の白百合の花束を、恭しく地面に膝をついて差し出してきた青年に、それを向けられた女の方は、冬の湖面の如く冷たい声で拒絶を示した。

 青年は凛々しく整ったその顔を、一瞬だけ悲しそうに歪めたが、諦めず食い下がろうと立ち上がる。その折に、彼の腰に挿した精巧な造りの剣が、カチャリと音を立てた。

「頼む、俺には君が必要なんだ! 俺の生涯の伴侶になってくれ! ついでにそろそろ、そのフードをとって素顔を見せてくれ! あ、あと名前もいい加減教えてほしい!」
「注文が多い! どれも却下! 本当にいい加減にしないと呪うわよ!」

 花束を持ち、なおも言い募る青年に、それでも女は頑なな態度を崩さない。隙あらば、入り口の扉の隙間から塔内に踏み込もうとする青年を、体を張って阻止する女の動きは慣れたものだ。

 ――――それもそのはず。実はこの、黒いバラに囲まれた塔の入り口で交わされるやり取りは、通算99回目なのである。

 青年の名は、ハイル・ブランディール。
 このグランディア王国の、誉れある王国騎士団に所属する、若き騎士の一人である。
 程よく鍛え抜かれた体つきに、纏うは高価な銀細工のボタンがあしらわれた団服だ。白を基調としたそれは、この暗闇の森では清潔すぎて浮いていた。

 いや、浮いているのは青年自身もだ。
 太陽の光を閉じ込めたような、輝く金の瞳。明るい茶色の髪は短く切り揃えられ、纏う空気は凛としながらも、まだ溌剌とした若さを残している。

 こんな瘴気と霧が漂う森など、ハイルには似つかわしくはなかった。
 対して、そんな彼と対峙する女性はというと――――

「だいたい貴方、毎度のことだけど仕事はどうしたのよ? 騎士様ともなれば、さぞ忙しいはずでしょう。こんな薄汚い魔女なんかと会っていては、貴方の評判にも関わるのではなくて?」

 ――――全身をみすぼらしい黒のローブで覆い、深く被ったフードから見えるのは、真っ赤な唇とパサついた金髪だけ。
 強気な口調に反して、漂う雰囲気はただただ陰気。憎まれ口を叩く様子も、生意気というよりは卑屈に感じる。

 見た目も雰囲気も……まさにこの塔の周りに咲く、不吉な黒バラそのもの。彼女を見た者は、すぐに『毒バラの魔女』という名に納得することだろう。

 だがハイルは、そんな不気味な魔女に向けて、「可愛くてしゃあない」といった蕩けるような笑みを見せる。

「なんだ、俺の仕事や評判の心配をしてくれるのか? さすがは俺の未来の嫁。優しいな」
「どれだけ前向き!? どうやったらそんな都合の良い思考が出来るのよ!」
「どうやったらって……君への愛がなせる思考だが」
「~っ! もう帰れ――――――!!!」

 色々と限界を迎えた魔女は、小柄な体ながらも渾身の力でハイルを退けた。バタンッと勢いよく扉を閉め鍵をかければ、さすがのハイルも退かざるを得ない。「またくるなー!」と扉越しに聞こえた明るい声に、「二度と来るな! 呪うぞ!」と魔女は返した。

 なんてことはない、いつもの二人の会話である。



「……行ったかしら?」

 扉にフード越しの耳を当て、音がしなくなったか念入りに確かめたあと、魔女はようやくホッと息をつく。
 そして、扉に背を預け、ローブをずりずり擦らせながら、彼女はそこにしゃがみこんだ。

 ――――そのフードの下の顔は、耳までが真っ赤に染まっている。

「なんなのよ、もう……」

 ついた悪態は弱々しく、魔女の体はどこもかしこも熱かった。



 『毒バラの魔女』と称される彼女と、若き王国騎士のハイルが出会ったのは、今から一年半ほど前。

 馬の鋭い嘶きと、ドサッという鈍い音を聞きつけて、魔女が塔から出て辺りの様子を窺うと……一人の青年が、咲き誇る黒バラたちに頭から突っ込み、倒れていたのだ。

 馬の方は主人を置いてすでに森へと消え、青年は見たところ、背中に深い傷を負っていた。獣の爪で引き裂かれたような傷は、恐らく魔物の仕業だろう。
 数十年に一度、この森から僅かに離れた国境付近には、何処からともなく魔物が大量発生する。そして、人里から人里へと移り、人間を襲うのだ。兵士の格好をしたこの青年は、その討伐に駆り出され、負傷しなんとかここまで逃げてきたのだろう。
 人の気配などない、こんな森の奥深くまでは、さすがに魔物も追ってはこない。

 簡単な止血しかされていない傷口からは、血が滲み、黒いバラを赤く塗り替えようとしていた。
 魔女はそれに顔を顰めながら、青年をなんとか塔内へと担ぎ入れた。さすがに放っておくことは出来ず、仕方なく簡単な治癒魔術をかけ、意識のない青年を渋々看病したのだ。

 青年が回復したら、すぐに追い返す気でいた。むしろ、自分を助けたのがあの『毒バラの魔女』だと知れば、身体が動くようになり次第、自らさっさと出て行くだろうと。
 魔女はそう考えていた。

 ……しかし。傷が完全に癒え、とっくに魔物退治は終わったと、風の噂で聞こえてきたあとも、青年は一向に塔から出て行こうとはしなかった。
 「まだ傷が痛む」「ここが気に入った」「もっと回復してから出ていく」と、とにかく粘る。

 「王都に帰らなくてもいいのか」と聞けば、彼は「下っ端の俺がいなくても誰も気にしない」と言った。当時の青年……ハイルは、まだ王国騎士団に所属していない、一介の兵士だったのである。
 帰っても待つ家族も恋人もいないと、笑ったハイルに、魔女はこれまた仕方なく、三ヶ月ほど塔で共同生活を行った。

 彼が来て、良かったことがなかったわけではない。例えば、商売と買い出しの手間が省けた。普段、魔女は短時間しか持たない『姿変えの魔術』を使い、容姿を変えて、月に何度か近くの街まで赴いている。そこで食料などを買い溜め、自作の薬を売って生計を立てているのだ。魔女だろうと、生きるための生活手段は、普通の人間とさほど変わりはない。
 それを、ハイルは率先して(こちらも一応変装をして)、魔女の代わりに引き受けてくれた。薬作りも嬉々として手伝い、料理や洗濯といった家事も進んでテキパキとこなした。

 「君との暮らしは楽しいな」と、笑って。

 だがもちろん、魔女にとってハイルとの生活は、必ずしも良いことばかりではなかった。
 彼はことあるごとに、魔女の名前や素顔を知りたがるのだ。
 無理やりフードを脱がすなどはないが、隙あらば魔女に頼んでくる。魔女は徹底して、教えず・見せずを貫いた。

 ――――そんなこんなで日々は過ぎ、何の前触れもなくハイルが「そろそろ王都へ戻るよ」と言った時は、魔女は何とも形容し難い感情を抱いたものである。

 「どうして?」と聞きそうになり、寸でに口を縫い付けられたのは僥倖だった。
 日常へと馴染みかけていたが、そもそもハイルが此処にいる方が可笑しいのだ。どうしてもこうしてもない。

 彼がここまで自分の元に止まった理由は、恐らく助けてもらった恩返しをしたかったか、或いは魔女という存在が物珍しかったからだろう。

 そうでなければ誰が好き好んで、得体の知れない、口癖が「呪うぞ」なんかの女の側に居たがる?

 魔女は「やっとね、清々するわ」と、変わらぬ憎まれ口を叩いた。ハイルはそれに苦笑し、あそこまで粘っていたのが嘘のように、あっさりと塔から去っていったのである。

 こうして、魔女と後の王国騎士である二人の、奇妙な共同生活は幕を閉じた。

 魔女は認めたくない寂寥感に捕らわれながらも、もう二度と、彼に会うことはないだろうと思っていた。

 ――――だから、それから約一週間後。ハイルが再び魔女の元を訪れ、赤く燃えるバラの花束を差し出し、「俺と結婚してくれ!」とのたまわったときは、魔女は天と地がひっくり返るほど驚いたのだった。



「ああもう、あいつ絶対呪ってやるぅ……」

 そのときのことを思い出し、魔女はさらに体を縮こまらせた。

 ちなみにその最初のプロポーズの結果は、魔女がこっ酷くハイルをフって終わった。驚きや疑惑、照れなどもあったが、魔女の山ほどある『この世で嫌いなもの』の一つに、『赤いバラ』があるからだ。

 それを知らなかったハイルに罪はない。
 この国ではプロポーズの際、赤いバラの花束を送るのが習わしだ。

 しかし、「ふざけるな帰れ! 赤いバラなんか見せやがって、二度と来るな! 呪ってやる!」と、陳腐な暴言を吐かれ追い返されたにも関わらず、それからも定期的にハイルは魔女の元に現れた。
 手にはカーネーション、向日葵、ガーベラ……と、毎回違う花束を携えながら。
 なお、バラに関しては、彼は色違いだろうと二度と持ってくることはなかった。

 そんなハイルの求婚は継続中で、知らぬ間に王国騎士まで出世した今でも、足繁く魔女を口説きにきている。

 本当に何なんだ。王国騎士は物好きな上に暇なのか。暇人騎士なのか。

「うう……」

 ……だが何より魔女が気に食わないのは、そんなハイルに絆されかけている自分だ。
 確かに共同生活は悪いものではなかったし、フラれても諦めず迫ってくる彼のことが、実は魔女も満更でもないのだ。

 そんな自分が、魔女は許せない。

「どうせあいつだって……」

 独り暮らしにしては広すぎる塔内に、彼女の独白がポツリと響く。

「……この顔を見たら、離れていくんだから」

 魔女は唇を噛み締めながら、被ったフードをぎゅっと下へと引っ張った。


●●●


「よし」

 魔女は水面に映る自分の顔を確認して、うんと頷いた。

 透き通る泉の水に浮かぶのは、そばかすのある素朴な顔立ちの少女だ。くすんだ茶色の髪を三つ編みにし、質素なエプロンドレスを着たその姿は、魔女であって本当の魔女の姿ではない。
 商売でこれから街へと向かうために、『姿変えの魔術』を使ったのだ。

 鏡が赤バラと同じく大嫌いな魔女の住処には、自分の姿を映す物がない。だから彼女はわざわざ、塔の側のこの泉までやってきて、自分の変身ぶりを確かめていた。
 いつも通りの完璧な出来に満足した魔女は、薬の瓶が入った籠を持ち立ち上がる。

 この魔術は、使う魔力量が多く、面倒な魔方陣を書いたりと手間がかかるわりに、効果が短い。
 下手をして人前で魔術が解けるなどないように、さっさと仕事を片づけなくては。

 ゆっくりしている暇はないと、魔女は速足で泉を後にした。



 陽が傾き始め、賑やかな街の通りに、人の気配が少なくなった頃。
 ようやく、魔女の持つ籠の中は空になった。

 ここまで遅くなる予定はなかったのだが、今日は売り上げが伸びず、つい粘ってしまった。早く引き上げないと、魔術が切れる時間が近づいている。

 魔女は心なしか焦りを滲ませた足取りで、夕焼けの赤が降り注ぐ街中を、籠を揺らしながら歩く。レンガ造りの家々には明りが灯り始め、目の端に過る店は看板を下ろし始めていた。

 本格的に迫る魔術切れの時間に、ますます歩みを急がせていると、ふと、魔女はまだ店仕舞いをしていない一件の店の前で、佇む一人の青年を見つけた。

 夕暮れに染まる景色の中でも、映える純白の団服。
 逞しい後ろ姿に、明るい茶色の髪。

 間違いない―――――ハイルである。

「!」

 咄嗟に、魔女は近くの路地裏に飛び込んだ。薄暗い少し離れたその場所から、彼の様子を窺う。

 実は、魔女がハイルの姿を見るのは、約二ヶ月ぶりなのだ。
 あの99回目のプロポーズをされた日以来、何の前触れもなく、彼の訪れは急にパタリと無くなった。

 なんせ騎士様だ。仕事でも忙しくなったのだろうと、魔女は安易に考えていたが……。

 よく見れば、彼が居るのは花屋だった。
 店頭では可憐な花々が、すまし顔で訪れた客に愛想を振り撒いている。だが、ハイルはそんな花たちには目もくれず、すでに欲しい花の注文を終えているようだった。
 やがて、店の中から出て来た女主人から花束を受け取って、彼は大事そうにその腕に抱えた。花束を見つめて、ハイルは愛しくてたまらないといったような、慈愛に満ちた優しい笑みを浮かべている。

 そんな彼の腕の中にあるのは―――――鮮やかな炎の如く咲き誇る、真っ赤なバラたちだ。

「なんで……」

 知らず知らず、魔女はそう呟いていた。

 極々自然に、当たり前のように、魔女はハイルがここに居るのは……いつものように、自分へと送る花を買うためだと考えていた。
 彼が来る時間帯はいつもバラバラだし、今から花束を買って、100回目のプロポーズでもしにくるのではないかと。

 自惚れて、いた。

 だけど、彼の持つ花は、魔女が忌み嫌う『真っ赤なバラ』だ。彼もそのことを知って、最初のプロポーズからは決して、避けて持ってこなかった花。

 そこから導き出す答えは簡単。
 ――――あの赤バラの花束は、魔女に渡すための物ではないのだろう。

「ねぇあれ、王国騎士のハイル様じゃない?」
「あ、本当だ。何か花束を持っているわよ」

 ちょうど、通りすがった街娘二人が、ハイルを見つけて話題にする声が魔女の耳へと届いた。
 彼女たちは声を弾ませ、会話を続ける。

「赤いバラってことは、誰かに求婚するのかしら。素敵ねぇ、ハイル様に『結婚してくれ』なんて言われたら、私なら旦那がいても了承するわ。異例の急出世で騎士団入り、性格も気さくで、おまけに美男子! 彼に求婚されるなんて、さぞ魅力的な女性なんでしょうね」
「あら、あなた知らないの? ハイル様が最近、よく王国魔術師のリラ様のところに通っていること」
「え、リラ様の!? ……うーん、悔しいけど、美男美女でお似合いだわ。騎士と魔術師なら、身分も釣り合っているし」

 王国魔術師……と、魔女は脳内でその言葉を反芻した。

 まず、魔術の行使に必要な魔力を有するのは女性に限られ、その才ある者も一握りだ。
 だが、同じ『魔術』を使う者でも、『魔女』と『魔術師』では、その認識に大きな差がある。

 前者は、私利私欲のみに力を使い、不気味で禍をもたらす、忌み嫌われる存在。
 そして後者は、国に認められた、大衆のためにその力を奮う、尊き存在。

 そして、話題に出てきた『王国魔術師のリラ』の名は、魔女も知っていた。
 唯でさえ高い身分の魔術師の中でも、上に王国とつけば、それはこの国での身分は最高クラスに近い。特にリラは、まだ若くしてその地位についた天才魔術師。それに加え、心根も容姿も優れた、非常に愛らしい女性だそうだ。

 そんなリラとハイルが……?

「じゃあ、ハイル様が頻繁にあの『毒バラの魔女』に会いに、宵闇の森に通っているなんて噂は嘘だったのね。おかしいと思ったのよ、魔女に会いに行ってるなんて。だいたい、その魔女に会ったら呪われちゃうんでしょ?」
「さぁ? 私が聞いた話だと、魔女が育ててる黒いバラに触れたら、呪われるって聞いたけど」
「どちらにせよ、ハイル様がそんな気味の悪い魔女を相手するわけがないわね。あ、それとさ――――」

 ――――魔女が話を聞けたのはそこまでだった。

 この場に居ることが耐えられなくった彼女は、弾かれたように走り出す。

 全速力で街中を駆け、途中で籠を落とし、人にぶつかっても、魔女は気にすることなく足を動かし続けた。
 街から出たところで、風を受けて踊る彼女の髪は、茶色から光のない金髪へと変わり出す。汗を伝う肌も、程よく焼けた小麦色から、病的なまでの白さへと変色した。

 そして、塔につく前に、泉のほとりで力尽きて座り込んだ魔女は、すっかり元の自分の姿へと戻っていた。

「うっ、くっ……」

 後から後から、涙が流れて止まらない。
 思わず視界に入ってしまった、泉に映る自分の顔を見れば、悲しみはさらに膨れ上がって溢れた。

 魔女の透明な涙は、右目からしか流れない。それは――――彼女の鼻の下から額にかけて、左半分すべてが、熟れて潰れた柘榴の実のように、醜くひしゃげているからだ。


●●●


 今から二十年近く昔の話。グランディア王国には、それは美しい王女様が居た。

 赤く色付く唇に、白雪のような肌。大きな紅の瞳は、異国のどんな宝石よりも輝き、その波打つ金の髪は、太陽の神に愛されたと称されるほど、眩い光を放っていた。

 まだ十もいかぬ歳ながら、すでに色気さえ感じさせる絶世の美貌。
 生まれた時から、国王は彼女を溺愛し、三人の兄王子や城の者たちからも、彼女は甘やかされて育った。

 「将来が楽しみな美の女神」「これほど美しい王女様は見たことがない」「国一つ揺るがす美しさ」と、周囲から讃えられ、当時の王女は「自分こそが世界で一番至高の存在」だと思っていた。
 些かわがままに育った彼女を、一番上の兄だけは時に窘めることもあったが、それでも十分彼女には甘かった。

 そんなふうに、王女は自分の美貌をもって、華やかな日々を過ごしていた。

 ――――――だが、そんな彼女の状況は、ある事件を境に一変する。

 城へと忍び込んだ侵入者に、王女が狙われたのだ。
 その者は、かつてグランディア王国が滅ぼした小国の元魔術師にして、今は『魔女』と呼ぶにふさわしい、毒々しい様相の老女だった。

 王国に強い恨みを持つその魔女は、若くして傾国の美を謳われる王女に目をつけ、彼女の顔にある魔術をかけようとしたのである。

 途中で騎士の助けが入り、魔女は捕えられたが……王女は顔の左半分にだけ、その魔女の『呪い』を受けた。

 彼女は右側に美しい相貌を残したまま、左側は二目と見れない、醜くおぞましい顔に変えられてしまったのだ。

 自ら命を絶つ前に、魔女は告げた。
『この呪いを解く方法はない。私が死のうと、顔は永遠に元に戻らない。恨み多き国の王女よ。一生、醜悪な呪いを抱えて生きるがいい』――――と。

 それから、あらゆる手を尽くしたが、魔女の言葉通り、王女の顔にかけられた呪いは解けることはなかった。
 次第に彼女の周囲は、そのあまりの醜さに、掌を返したように王女に冷たくなっていった。唯一態度が変わらなかったのは一番上の兄くらいで、国王や他の兄たちは程なくして、『どう王女を廃するか』を考え始めた。

 王家の者が魔女の呪いを受けたと広まれば、王族の評判を落としかねない。
 顔の半分に禍々しい呪いを負った王女など、国民や他国の者の目に触れさせるわけにはいかない、と。

 そして王女は、北の『宵闇の森』に古くからある塔に、幽閉されることになった。表向きは王女は急病死されたとされ、秘密裏に事は進められた。

 王女の傍には世話係として一人の侍女がつき(そばかす顔で茶髪を三つ編みにし少女だ)、王女が逃げ出さないよう、塔の前には門番も置かれた。
 なお、『宵闇の森に人を呪う悪しき魔女が居る』と噂を流したのは、他でもない王家の仕業である。王女の存在が露見しないように、森から人を遠ざけるのが狙いだった。

 では、『毒バラ』という言葉はどこから来たのか。

 はじめは塔の周りには、王女の境遇を憐れに思った王国魔術師が、「せめてもの慰めに」と、王女が大好きだった赤バラを咲かせていた。魔術のかけられたそのバラは枯れることなく、せめて少女の心を晴れさせられたら、と思って。

 しかし。
 突然、美を失い薄暗い森に放り出された悲しみ、自分を呪った魔女への憎しみ、態度の変わった周囲への怨みなどを吐き出すため、王女は赤バラを見て心を明るくさせるどころか、日夜、そのバラに向って、塔の窓から呪詛を吐き続けた。

「私を貶めたやつらなんて、いつか絶対……呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる」

 …………王女の性格は、傲慢さは矯正されたものの、ちょっぴりおかしな方向に歪んだ。

 そして、そんな王女の恨み辛みを聞かされ続けた赤バラは、ある日、黒々しい色へと変化した。
 王女には魔力があり、魔術の才があったのである。知らず知らずのうちに、王国魔術師のかけた魔術を変え、バラを変色させたのだ。

 さらには、偶々森に迷い込んだ者が、塔の窓からぼんやり覗く王女の顔と、黒バラを目撃して逃げ帰ったため、『毒バラの魔女』という名が広がっていった。


 やがて月日は経ち、王女を森に追いやった国王は亡くなり、一番上の兄が国王の座についた。
 彼だけは、最後まで王女を守ろうとし、塔に幽閉された後も、よくお忍びで遊びに来てくれていた。王女に魔術の才があると知り、様々な魔術関連の文献を持ってきてくれたのも彼である。

 国王になった今。兄は憐れな妹に言った。

 「今なら、お前をここから救い出せる。王女には戻れないが、正体を偽り、城で一緒に住もう。城に帰りたくないというなら、此処ではない日の当たる場所で、静かに暮らせるよう手配する。もう一生、お前を不自由にはさせないよ。だから、こんな塔から出よう」と。

 しかし、王女はそれに首を横に振った。

 「自由になれるのは嬉しい。でも、城に帰る気も、何処かに行く気もないわ。私に十年近く仕えてくれた侍女は家に帰し、門番の方も役目を解いてあげて。兄様も国王になられたのだから、もうここに来てはダメよ。私は魔術に秀でてるし、なんとかこの塔で一人で生きていくわ。毒バラの魔女が生きていける場所など、此処だけだもの。呪いたいほど大嫌いなこの世界で、兄様のことは大好きよ。でも……私は醜い魔女だから」

 ――――そして、渋る兄を説き伏せ、王女は自由になった今でも、『魔女』として、孤独に森の塔で生きているのだ。


●●●


「……最悪だわ」

 その日の魔女の目覚めは、まさに『最悪』の二文字だった。おそらく、夢見が悪かったせいだろう。

 昔々の、胸糞悪い夢だった。

 魔女は気分を変えようと、塔の外に出て、黒バラたちの様子でも見に行くことにした。
 艶を失った金髪を梳き、壁にかけたローブを羽織る。フードを深く被れば、いつもの魔女の恰好の完成だ。

 誰に会うことがなくても、フードは魔女を守る鎧であり、常に被り続けなければ心が落ち着かない。
 ハイルには、「それで辺りが見えるのか?」と聞かれたことがあった。
 呪いで顔が歪んだことで、左目は潰れたが、残った片目に、魔女はフード越しでも普通に周囲が見えるよう、特殊な魔術を施した。
 そこまでしても、いつ如何なるときも顔を隠したかったので、そのような魔術までわざわざ編み出したのだ。
 そう解説すれば、ハイルは笑って――――

「……ふん」

 思いがけず浮かべた男の顔に、魔女はますます気分を害した。

 ――――花屋で彼を見かけ、みっともなく泣いてしまったのが三日前。
 その間、ハイルの訪れはついになかった。

 やはりあの赤バラの花束は、自分に渡すものではなく、彼が最近会いに行っているという、『王国魔術師のリラ』に求婚するためのものだったのだ。

 しかし、それが一体、何だというのだろう。

 正常な感覚の持ち主なら、自分とリラのどちらかを選べと言われたら、即断で後者だ。地位も美しさも性格も、おそらく自分に勝てるところなどない。
 ハイルは薄汚い魔女に惚れていたなどという、悪い夢から覚め、真っ当な光ある選択をしただけのこと。
 私にはもう関係ない……と、魔女は自分に言い聞かせる。

 それでも、苛立ちや悲しみなどが混ざった、気持ちの悪い感情は拭えず。魔女は荒い足取りで、塔の外へと続く扉を開けた。

 瞬間。

「やぁ、久しぶりだな」

 ――――扉の向こうに正に今、脳を占めていたハイルが立っていて、魔女は物凄い勢いで扉を閉めた。

「あ、おい、頼む開けてくれ!」

 魔女がバクバクと鳴る心臓を諌めている間も、彼は木製の扉を力強く叩く。
 魔女は混乱した頭で声を張り上げた。

「な、何よ! 今さら何しに来たのよ! さっさと帰らないと呪うわよ!」
「ずっと来れなかったのはすまない! ただ今日は、君に大事な話があってきたんだ!」

 大事な話……どうせ、リラとの結婚報告か何かだろうと、魔女は唇を噛む。

「聞きたくないわ、そんな話! どうせリラへの求婚は成功したのでしょう、良かったわね。お幸せに!」
「は? リラに求婚って何の話……」
「お祝いにそこの黒バラでも送ってやるわよ! だから帰れ! 新婚夫婦まとめて呪うぞ!」
「お、おいおい、ちょっと待ってくれ!」

 昂ぶった感情のままに喋る魔女に対し、ハイルも声量を上げた。その必死な様子に、魔女も息を荒げながらも、少しは落ち着きを見せる。

「まず、ここを開けてくれないか」
「……嫌よ」
「頼む。後生だ。開けてくれ」

 やけに真剣な声音に、魔女は暫し躊躇ったあと、渋々扉を開けた。
 久しぶりに正面から見たハイルは、相変わらず凛々しくてカッコよくて……魔女は何故か泣きたくなった。

 一方、ハイルの方は、やっと出てきてくれた彼女に対し、フッと笑みを溢した。
 そして――――

「好きだ。愛してる。結婚してくれ」

 ――――真っ黒なバラの花束を差し出して、聞き慣れた100回目のプロポーズの言葉を口にした。

「は?」

 魔女は訳がわからず、一瞬、呼吸さえ止まってしまった。
 目の前で揺れる、黒い光沢を放つバラたちも、ハイルの吐いた言葉も、一体どういうことなのか理解が追い付かない。

「いや、記念すべき100回目のプロポーズには、どうしてもバラを送りたくてな。でも赤バラはダメだし、黄色や青も君らしくない。やっぱり送るなら、君に似て、美しい闇を煮詰めたような黒いバラがふさわしいと思ったんだ。それで、何度か面識のある魔術師のリラに頼んだんだよ」
「リラに……?」
「そう、魔術で赤バラを、一生枯れない綺麗な黒バラに変えて貰おうと。天然の黒バラなんて此処以外にはないし、さすがに君のとこのを摘むわけにはいかないしな。ただあの女、噂ほど性格が良くなくて……。見返りに、様々な魔術に必要な材料集めをさせられて、ここに二ヶ月も来れなくなってしまっていたんだ」

 でも三日前にようやく、花屋で買った赤バラに魔術をかけてもらえたと、ハイルは話す。

「……それと、ついこの前、俺は国王様に呼び出された。『宵闇の森に、魔女に会いに行っている騎士はお前か』と」

 兄様が? と言いかけて、魔女は慌てて口をつぐむ。

「そこで、俺は君の真実を聞いたよ。君は……この国の王女だったんだな」
「っ!」

 魔女は息を呑んだ。
 なぜ兄がそのことをハイルに明かしたのか、彼女には分からなかったが、たった一つ分かることは、ついに知られてしまったということだ。

 彼に、隠したかった忌まわしい過去を。
 自分の呪われた正体を。

「君の身に起こった悲劇を聞いて、俺は納得したよ。あの日、魔物との戦いで傷を負い、この森に逃げ入ったとき、俺の耳に何処からか寂しげな声が聞こえたんだ。朦朧とする意識でも、どうしてもその声が気になってな。フラフラで馬を走らせた先には、此処の黒バラたちが咲いていた。声は、黒バラから聞こえていたんだ」
「黒バラから……?」

 魔女はどういうことかと思案し、ある推測を立てた。
 あのバラには、魔女が呪詛を吐き続けた末に、無意識に発動した魔術がかけられている。もしかしたら、黒バラに宿った魔女の意識が、魔術の力でハイルに伝わったのかもしれない。

 答えのわからない、あくまで推測だが。

「聞こえてきた声って……どうせ、『呪ってやる』とかでしょう」

 それくらいしかバラに向かって呟いてないし、と魔女は鼻を鳴らす。
 しかし、ハイルは「違う」と首を緩くふった。

「聞こえてきたのは、酷く寂しくて切ない――――『愛されたい』という嘆きだったよ」

 その言葉に、魔女は片目を大きく見開いた。

「目が覚め、助けてくれた君の声を聞いて、俺はすぐに分かった。あの黒バラの嘆きは、君のものだったのだと。……俺はあんな胸が締め付けられるような願いを、心の奥底で持つ君に興味が湧いた。そして、暫く塔で一緒に過ごすうちに、どんどん君に惹かれていったよ」

 優しく細まる金の双眼に、唖然とする魔女に向かって、ハイルは改めて、黒バラの花束を差し出した。

「君が好きだ。俺と、ずっと一緒に居て欲しい」
「……私なんかの何処に惹かれたか分からないわ。性格悪いし」
「君のちょっと捻くれていて、素直じゃないとこが可愛いな。何処かで人を拒絶し切れないとこも、愛らしいと思う」
「元王女でも、今は魔女よ。嫌われ者の毒バラの魔女」
「王女でも魔女でも、君が君であるなら構わない」
「たぶん、あなたより年上よ。オバサンだわ」
「俺は年下より年上派だ」
「か、顔だってこんな……!」

 魔女は小刻みに震える手で、何があっても人前で脱がなかったフードを取った。

 ハイルの前に曝される、不気味で醜悪な顔。

 ぎゅっと拳を握り締める魔女に、ハイルは忍び笑いを漏らす。可愛いなぁなどと思いながら。そして、ひしゃげて潰れた左目の上に、軽いキスを送る。

「俺は他の奴等より、美的感覚が優れているようだ。君の顔が、誰よりも綺麗にしか見えないな」

 なんという気障ったらしい台詞だろう。
 それはむしろ、お前の感覚が狂っているのだ……そう言ってやろうと思うのに、魔女の涙腺は、意に反してとうとう壊れた。
 三日前に流した涙とは違う、暖かい雫が頬を流れ落ちていく。

「よければ君の口から、君の名前を教えてくれないか?」
「…………ロゼ」

 ロゼーナ・グランディア・コントラット。

 魔女が消え入りそうな声でそう告げると、ハイルは「ロゼか」と、愛しげに名前を呼んだ。

「ロゼ。何度でも言うが、君を愛してる。俺と結婚してくれ」

 ついに真白な手で、魔女……ロゼは、ハイルの言葉と共に、黒バラの花束を受け取った。
 そして涙を拭い、嗚咽に耐えながらも、「私も愛している」と、そう言おうとして。

「い、一生、呪ってやるんだから!」

 ……思っていたのとは百八十度違う、何とも言えない微妙な言葉を叩きつけてしまった。
 それでも、ハイルには十分伝わったようで、真っ赤な顔のロゼに微笑んで、彼はこう返した。

 ――――もうずっと前から、君に呪われている、と。



 それから数ヶ月後。
 グランディア王国の王城に、とある騎士が一人の魔術師を連れてきた。

 不慮の事故で酷い怪我をしたそうで、顔の半分を白い仮面で覆うその魔術師は、騎士の生涯の伴侶だという。半分からでも見える顔は美しく、彼女は強い魔力を持ち、王国の繁栄に大いに協力した。

 魔術師のちょっと素直じゃない性格も、一部の騎士からは「ツンデレ萌」と、旦那がいるというのに人気があるそうだ。
 中でも特に国王は、彼女をいたく可愛がり、旦那である騎士に嫌がらせを繰り返す日々らしい。


 ――――宵闇の森には、もう毒バラの魔女はいない。
 黒バラが風に揺られ、ただただ幸せそうに咲くだけである。
 
偶々ネットで見た、トルコに咲くという黒いバラがとても綺麗だったので、そこから思いついた話です。良かったらぜひ見てみてください。
滅多に書かないジャンルで試行錯誤しましたが、ちょっとでも楽しんでいただけたなら幸いです。

お読み頂きありがとうございました!

追加!(10月25日の私の活動報告にて、ハイルサイドの小話を載せてあります。後日談で、本当にくだらない短い内容なので、少し気になった方だけどうぞ!)

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