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ANNE:2015 作者:志室幸太郎
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 七月の夕方。西日の差し込むハーバード大学の一室に、一人の男が立っていた。男は冷ややかな笑顔で、それらを眺めていた。
 男の表情が消えた。遠くから誰かが駆けてくる足音が聞こえてくる。そして勢い良くドアが開いた。
「エドワード……。見つかったのか……」
 部屋に入ってきた白髪の男は、かなり長いこと走ってきたのか、息も絶え絶えに訊ねた。
「教授……。はい。見てください」
 先に部屋の中にいたエドワードと呼ばれた男は、机の上に並べられたものを指し示す。それは本だった。黒い表紙に白い文字でタイトルが印字された、シンプルな装丁のハードカバー。合計九冊。
 白髪の男は脂汗を拭い、机の前まで来てその本を見下ろした。
「信じられん……。どこで見つかったんだ」
「半年くらい前、メンドシーノで一家全員が失踪した事件があったでしょう。その一家の家を取り壊している最中に、壁から出てきたそうです。業者が処分しようか迷っていると聞いて、慌てて引き取りましたよ」
 話を聞きながら、白髪の男はポケットから取り出した白手袋をはめる。慎重に一冊を手にして、表紙を撫でた。それからページをめくっていき、最後の一ページを確認する。
「本物、なのか……」
「署名もあります。やはりこれが……」
「ああ。“コロンシリーズ”の一部だ」
「実在していたんですね……」
「ああ……。状態も素晴らしい」
 不意にドアが軋む音がして、二人は驚いて部屋の入り口に注目する。
「あら、ジェームズ先生。研究室に来るなんて珍しいですね」
「アン……。驚かすなよ」
 エドワードが溜め息混じりに言う。
「何よ。あなたが突然電話してきて、すぐに研究室に来いっていうから、シャワーも浴びずに急いできたのに」
 アンはドアを閉めると、ぼさぼさの黒髪を撫でつけてまとめ、腕にしていたゴムで縛った。
「で、その不気味な本が何だっていうの?」
「君は一年生だったね。このタイトルを見て何か気が付かないか?」
 訊きながら、ジェームズは持っていた本を机の上に慎重に置いた。アンは身を乗り出してその本のタイトルを読み上げる。
「“JOHN:1963”……なにこれ?」
 一瞬室内の全てが静止する。エドワードは信じられないという様子で何度か口をぱくぱくと開いてから、ようやく喋りだす。
「君は、本当にアメリカ人なのか? 一九六三年はケネディ大統領が暗殺された年だ」
「アメリカ人なら誰でもケネディ暗殺の年を覚えているというのは偏見よ。コーラが嫌いなアメリカ人だっているわよね? エドワード」
 皮肉混じりの反論に、エドワードは何も言い返せなかった。
「それで? この本にはケネディ暗殺の真相が書いてあるとでも言うの? そんな馬鹿な――」
「その通りなんだ」
 割り込んだジェームズの声は真剣だった。アンの顔が強張る。
「……嘘でしょ? 誰が書いた本なんです?」
「わからない。ただ……“コロニスト”という集団、あるいはその中の一人によって書かれたものだと言われている」
「コロニスト?」
 頷いて、ジェームズはタイトルをなぞるように指を動かした。
「コロンを挟んで人名と数字。微妙に違ってはいるが、似た表題を見たことがあるだろう」
 それを聞いて、アンの目つきが変わる。
「……福音書ね?」
「さすが、恋人はイエス・キリスト」
「何回言えばわかるの? 私は単純に――」
「考古学的な好奇心で研究しているだけ、だろ?」
「わかっているならいちいち茶化さないで」
 エドワードは肩をすくめた。
「この本と福音書になんの関連性があるんです?」
「福音書は、イエス・キリストの人生を後世に伝えるために書かれた。それに影響を受けてなのか、コロニストたちは“その年に起こった印象的な出来事を、一人の人物を中心に物語として書くことで、後世に伝えていこう”と考えたとされている」
「それが、この本なの?」
「そうだ。これまで噂程度の情報しかなく、本の存在も、あるかもしれないという仮説に過ぎなかったが……。今それが、私達の目の前にある」
「じゃあこれ、とっても貴重な本ってこと?」
 ジェームズは険しい顔で頷いた。
「貴重であり、危険な本だ。この本に書かれていることは、おそらく全てが事実。世に出ていない情報も多々ある。これを世に出されては困る人間が、必ずいる」
 二人の若き研究者は押し黙った。しかし沈黙はアンによってすぐに破られる。
「で、でも。誰が書いたかも特定できない本なんでしょう? そんな本に信憑性があるとは思えないし、例え事実だったとしても世間は信じないんじゃないですか?」
 ジェームズは静かに首を振った。そして、“JOHN:1963”をもう一度手に取る。最後の一ページを開いて、それをアンに見せた。アンは眉間に皺を寄せる。
「……血?」
 そのページの中央に、直径二センチメートルほどの赤い染みが二つ、縦に並んでいた。それはまさしく、記号のコロンを表しているかのように思えた。
「コロンシリーズの最後のページには、“書いた人間の血の署名”と、“表題となった人間の血の署名”があるんだ」
「じゃあこれ……ケネディの血だって言うの?」
「DNA鑑定をすればわかる。もしケネディの血だとすれば、この本は本物だ」
 ジェームズの言葉で、いよいよ室内に重苦しい空気が流れ始めた。
 気付くと日は西の地平線に沈みつつあり、部屋は薄暗くなっている。エドワードが壁のスイッチを押すと、薄暗い部屋が電灯で照らされた。
 と同時に、部屋のドアがノックされた。エドワードがドアを開けると、そこにはスーツ姿の男が二人立っていた。
「どちら様?」
「CIAだ」
「は?」
「どいてくれ」
「うわっ、なんだよ」
 CIAを名乗った男たちは、エドワードを押しのけて部屋に入った。
「ちょっと、何よあなた達!」
「アン君。落ち着きなさい。……目的はこれだろう?」
 ジェームズが机の上の本を指した。
「話が早くて助かる。回収しろ」
 CIAの男が言って、部下らしい男が机の上でアタッシュケースを開け、九冊の本をしまっていく。
「ちょっと先生! 持っていかれちゃっていいんですか?」
 アンが苛立たしげに言うが、ジェームズは首を振った。
「持っていかれたくはない。せめて中身を読んでみたい。しかし……これは私のような一般市民の手に負える品ではない。現にもうCIAが動いている。諦めるしか、ないだろう」
「そんな……」
 アンが睨む中、男は全ての本を回収し、アタッシュケースを閉じた。
「協力ご苦労。それでは失礼する」
 言って、CIAの男は部下を引き連れて研究室を出ていってしまった。残された三人は何もすることができなかった。
 しばらく黙っていた一同だったが、アンが痺れを切らして溜め息をつく。
「寮に帰る。自分の研究に戻るわ」
 そう言って、競歩のような速度で部屋を出ようとしたのを、「ちょっと待った」とエドワードが呼び止めた。
「何?」
「これ、渡しておこうと思って」
 エドワードは机の脇に放っておいたショルダーバッグから、一冊の本を取り出してアンに差し出した。
「聖書じゃない。いらないけど? 何年読み続けてるか話したでしょう?」
「まあそう言わず。来週から日本に行くんだ。知り合いから、別のコロンシリーズの有力な手掛かりが手に入ってさ」
「で?」
「寂しくなるだろ? これを俺だと思って持っててくれよ」
「気持ち悪いわ」
「酷いな」
 話を聞いていたジェームズが、堪え切れずに小さく笑う。
「何も言わずに受け取ってくれよ。恥ずかしいだろ」
 アンは短く息を吐くと、口の端に笑みを浮かべて、その本を受け取った。
「あなたが私に何かをくれるのって初めてね。記念に貰っておくわ」
 釣られてエドワードもはにかむ。
「ありがとう。毎日枕元に置いて寝てくれ。――おうっ」
 エドワードは脛に鋭い蹴りを受けた。
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