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絶対的
作:川瀬時彦



絶対に開けてはいけない缶詰


 俺はアパートを後にした。
 大通りに出たものの、タクシーは見受けられない。推測するに、今日は休日なので平日と違い客が少ないのだろう。でもって交通量が多いときたら客待ちの場所は駅ぐらいだろう。必要ないときには邪魔なほどいるもんだが、こう急いでいるときに限っていないものだ。
 とにかく俺は第二の移動手段を考えた。しかし、いろいろな計算をしてはみたが結局、もう間に合いはしないのだからバスにすることにした。
 最寄のバス停から乗り込む。
 それにしても今日は空が嫌な感じに曇っている。雨が降りそうでも無いが、晴れそうでも無い。空を覆いつくすように広がった雲は太陽光を遮断し、バスから見える街はいつもより沈んで見えた。
 バスの車内アナウンスが流れる。
 あと一つ過ぎれば駅である。ぼーっと外の景色でも眺めながら次の車内アナウンスを持つことにする。

 しかし、次の車内アナウンスの内容には「駅」という単語は含まれてはいなかった。
 俺は一瞬取り乱しそうになった。
 ちょっと待ってくれ。いま流れた停留所名は駅の一つ過ぎた所のもの。俺は居眠りでもしていたのか? いや、確かにさきほどのアナウンスから一つ目だ。と、とにかく、行き過ぎてしまっているのだからすぐに降りなければ。
 俺は次の停留所で下車した。
 ここからは徒歩である。かなり気分がブルーになるが仕方が無い。
 それにしても、なぜ駅を通過しなかったのだろうか? 記憶ではいままで通っていたはず。別に居眠りをしていたわけではないし。外の景色から経緯を推測しようにもぼーっと眺めている状況下では目に入った映像をそのまま横に流してしまっているので思い出せない。
 この疑問を打破するには現状を直に目にするほかに方法はないだろう。
 駅まで徒歩で5分程度。……もう少しだ。

 自分を疑うべきなのだろうか?
 今、目に入っている光景――こちらが真実ならば俺の記憶は嘘だった、ということか?
 俺の記憶――少なくとも三日前まではここに駅という公共施設が建っていたのだ。あの十年ほど前に立てられたであろう、コンクリートが少し黄ばんだ外壁と、それに不釣合いなほど近未来的な内装のあの駅。
 しかし、目に入ってくるのは綺麗に整地された空き地ばかり。今まで駅が建っていた場所がぽっかりと無くなり、絶大なる違和感を漂わせていた。
 お、落ちつけ、俺。こういうときは落ち着いてから考えるべきだ。人間焦ると良くない。――だから冷静に、……OK。
 冷静に、サスペンスドラマに出てくる刑事みたく冷静に状況把握をしよう。
 ……俺は、駅に向かっていた。そしてバスに乗車。しかし、駅には止まらず二つ向こうのバス停で降車。そして此処にいたる。
 通行人はいつもと同じように素知らぬ顔で通り過ぎている。――ということは……。
 いや、俺は間違っていない、いないはずだ。俺の精神はいたって正常であって若年性痴呆とかでもないし、別に変なクスリを服用したわけでもないし、……だからだからだから、俺はいたって正常だ。正常だから常識の範囲内で考えるんだ。今日は高橋と――
 俺はもう一つの疑問点に気づいた。
「高橋は――」
 俺は走り出す。彼の家は駅から徒歩3分。そして彼の性格上遅刻などはしないはず。
 嫌な予感がした。
 雲が急に黒くなりだし、いまにもぽつりぽつりと降り出しそうである。
 そして、俺は、彼の家に到着。
 家は、ある。――あたりまえのことだが、今の俺にとっては重大な事柄である。
 ドアの左手に取り付けられたインターホンの呼び鈴を押す、といきたかったが俺は躊躇ちゅうちょしてしまった。押せば安心できるのだ、中からあいつが「ごめんごめん」などと言って飛び出してくるはずだ。だから、何も躊躇することは無い。
 ボタンに手を伸ばしたかったのだが、その手は震えていて狙いが定まらず、二度目の挑戦によってそのボタンは押された。
 さあ、出て来い! 出て来い高橋! いつものようなすっとぼけたセリフを吐いてくれ! 今回は別に怒らないから。だから――
「どちらさまで?」
 そのインターホンごしの声は彼の母親であった。俺は問う。
「あの、高橋君の友達なんですが――」
「主人はいま出勤していますが」
「いえ、息子さんのほうです」
「息子? あの……、人違いだと思います」
「……彼を……」
「いえ、我が家には――」
 体の向きを反転させて走り出す。
 あぁ、もういい。
 わかった、認める。
 つまるところ、この世に彼は存在しないのだ。
「どうするどうするどうすれば」
 なんて自問自答しては見たのだが答えは返ってこない。
 しだいに足に力がはいらなくなり、フラフラとした足取りで俺がたどり着いた場所は先ほどの空き地、または元駅。
 空からは雨が激しい勢いで降り出し人の姿は見えなくなり。
 そして、その空き地の真ん中に光る金属製の物体を見た。

  絶対に開けないでください

 その缶詰らしき形の物体には白のラベルにそう書かれていた。












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