神、あるいは、瞳の中の悪魔。縦書き表示RDF


雰囲気重視短篇。
神、あるいは、瞳の中の悪魔。
作:森本エリ




 あの男は、いつも、苦み走った笑みを口許にたたえ、無感情な、退屈そうな眼つきで世界を眺めている。

 仕立ての良い山折れ帽の鍔から、覗く無機質な瞳の代わりに私の身体は熱くなる。

 彼の身体を、心を、暖めてあげなくては。

義務感とは甚だ遠い思いを抱く。

 でも、私はそれを自分に与えられた使命のように、彼に寄り添う。

――アントニオ。
     私の神様。



「……全ては才能だ」

 彼は気怠そうに呟いた。
 昼下がりの熱い太陽にあてられて、私たちは赴くままに愛し合った。
心地よい疲労感と、睡魔がのし掛かっている。
彼は上体を枕に預け、お気に入りの葉巻を銜えて呟いたのだ。
――あの無機質な眼差しで。

「……才能?」

 黒い絹の光沢の海にたゆたいながら、私は耳を傾けた。
 私の背中に指を滑らせながら、彼は続けた。

「ああ。例えばお前の美しさ。真珠の様な肌も、その豊かな髪も、俺を狂わせる全ては、もともと生まれて来る時に、神より与えられし才能なんだよ」

「どうしたの?いきなり」

 私は彼の腕に寄り添い、戯れつくように笑いかけてみた。

「いきなり……?そうじゃない。お前とこうした後、いつも感じていたんだ」

「何を?」

「俺は今まで、一人の女に執着した事なんてなかった。今の今まで、一度も」

私は彼の素肌の胸を撫で回す。
既にその膚は、冷たい。

「貴方は沢山のものを既に持っているものね。全てがあっちから吸い寄せられる様に。貴方のもとに集まって来る」

「それが俺に与えられた才能だ。……そして俺はそれを使いこなす努力もした」

ゆっくりと紫煙を吐きながら、彼は言う。
 不思議と嫌味に聞こえない。支配者となるべくして生まれた男の才能ゆえか。私は、思わず笑みを零す。自嘲のつもりだが、彼は私を横目でみて鼻をならした。

「高慢な男だと思っているんだろ?」

「バカね」

私は彼から離れて、ベッドを降りた。
 私は、もはやこの男の才能の囚人のうちの一人だというのに。

「皆、貴方を愛し、尊敬し、慕っているのよ?高慢だなんて、一体誰が?」

 水替わりに注いだバローロのオレンジ色を帯びたガーネット色がクリスタルの中できらめいた。力強く、しっかりとした辛口のそれは、イタリアワインの王様と呼ばれている。多分に含まれたタンニンのせいで、舌の動きが鈍くなり、私は口を閉ざした。


「お前はいつも俺からすりぬけていく」

しばらくして彼が口を開いた。

「気のせいだわ」

「どうしてそう思わせる?」

「私のせいじゃないわ。貴方が勝手に……」

「お前の事となると、どこか欠けている気になる。お前をこの腕におさめている時でさえ、お前は違う事に気を取られているみたいだ」

「……」

私は彼の言葉を聞きながら脳裏に一人の少女を思い浮かべた。
そして思わず口角が上がるのを感じる。

「……そうね、一つだけ貴方より気掛かりになる者がいるわ。どうしても目が離せないの」

彼の視線が痛いくらいに私の身体に向けられた。

「ニコよ。あの娘はいつも私を心配させるの。あの娘の才能ってところかしら。いつも不安定で、それでも突張るから、私はおちおち貴方の胸で甘えていられない」

彼は安堵と諦めの混じった溜息をついて肩をすくめた。

「俺はお前に休息さえ与えられないのか」

私はボトルとグラスを持ったまま彼の方へ歩いた。

「ねぇ、少し酔ったわ。貴方の胸で眠らせて」

私の甘えた声に彼は口をつぐんだ。

「俺は……人より多くの才能を与えられた。そのせいか――」

彼の声が霞みの中に薄れていく。

「……俺はどうやら、あまり神に好かれている気がしないんだ」

彼の虚ろな呟きが、私に覚醒を促す。

「……だって、貴方は私の神様なのよ」

苦み走った笑みが、私の胸を湿らせる。

「知ってるよ」

 彼は小さく笑う。

 神に愛されていなくても、本当は気にしないくせに。
私の心を揺さぶって楽しんでいるくせに。
私は悔しくなって、彼の胸から離れた。

 時折、試して、私を翻弄する。
 私の神様は何時だって意地が悪い。
弱さを見せた振りをして、気づいたら、いつもの顔で笑っている。

 私を求める振りをして、私が手の内で転がされているのを楽しんでいるんだわ。
そう思うと悔しくて、私はつれない素振りをみせる。
それでも彼は笑っている。

「……エルザ」

神の熱い息吹が、木偶になった私の耳に吹き込まれ、冷たい膚が、しっとりと私の熱を欲しているのがわかった。

「……狡い人……」

私は強がり、外方を向いても、それがいじけているだけだと気づいて、落胆してしまう。

 アントニオは容易く私を手の内に隠して、漆黒の絹の海へ再び、私を沈めていった。
私といえば、もがく事もなく溺れてき、永遠に、この神に背く事が出来ないと思い知るのだ。



――ねぇ。アントニオ。  それとも悪魔なの?


私の問い掛けは、彼の冷たい微笑に、滲んで消えた――






「口づけの残骸。」「午後三時、彼の憂鬱。」「エスプレッソマシン、午後に死す。」洋画風(?)雰囲気重視短篇シリーズブームはまだ続きそうです。よろしければお付き合いくださいませ。













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