痛いのは嫌だから僕は曖昧に頷いた。
彼女はそれが気に入らなかったらしく。
叩いた。
僕が謝ると、それも気に入らなかったらしく。
蹴った。
それでも僕が、彼女に対する何らかのアンチテーゼを提唱する事はない。
彼女は満足したように頷くと、予定通りに行動した。
ならば最初から、自分の思うようにやったら良いのに、とは言えない。
スキー旅行はキャンセルである。
彼女はタイに行くらしい。
二人分の旅費で、彼女だけ行くらしい。
僕は若干、嫌な顔をしたらしく(彼女に言わせれば)
「嫌なら良いのよ」
何が良いんですか?
「嫌じゃないよ」
「じゃ、決まりね」
タイに何があるというのだろうか。
「本当に僕を置いていく気?」
聞いてみる価値はある。
「お土産は何が良い?」
当然のように無視です。
「何でも良いです」
彼女はそれが気に入らなかったらしく。
叩いた。
僕が謝ると、それも気に入らなかったらしく。
蹴った。
「お土産は何が良い?」
彼女はタイに行くらしい。
「木の仏像とか?」
「重い」
「伝統的な絹織物は?」
「重い」
重いだろうか?
「タイって何があるの?」
「お箸、とか?」
お箸ですか。
絶対にお箸を買ってくる気だな。
「他には?」
「お箸でいいじゃん。軽いし」
そうですか。
「じゃあお箸でいいよ」
「じゃあって何よ。せっかく何が良いか聞いてるのに」
「タイのお箸が欲しい」
「本当に?」
あぁ面倒くさい。
「ホントに欲しいよ」
彼女はタイに行くらしい。
「お金は?」
旅費は半分出しました。
「何の?」
「お土産よ。買ってきてあげるんだから」
「千円位?」
「私の分も合わせて四千円かな」
一本千円のお箸を買ってくる気か?
「今、お釣りが無いの。五千円札でいいわ」
お釣りが無いって言っといて?
「あ、千円札三枚と五百円玉が二枚あった」
彼女はそれが気に入らなかったらしく。
叩いた。
僕が謝ると、それも気に入らなかったらしく。
蹴った。
「五千円札でいいわ」
僕はしぶしぶ五千円札を渡す。
「じゃ、体に気をつけて」
「見送ってくれないの?」
「行くよ」
「別に来なくもていいけど」
「行くって」
「じゃあ明日、家の前まで車で来てね」
「何時に?」
「午前四時に」
「何時の便に乗るの?」
「九時半だったかな」
「じゃあ早すぎだろ」
「準備と化粧があるし」
当日に準備?
「手伝ってね」
「化粧を?」
はっ、声に出してしまった。
「もちろん準備よ」
彼女はタイに行くらしい。
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