第1章 第7話 拒絶の理由
叔母とレグルスが喧嘩を始めてしまったので、僕はスピカの手を強引に振り切って自室に戻った。
僕に叔母が語った言葉は、僕をひどく悩ませた。
そんなわけないだろうと、その理屈を聞くと次のように説明されたのだった。
『スピカの力って、もともと外に向かって発散させないといけない性質のものなの。光の属性だから。
でも、あの子友達もいないでしょう。それに普通の人間だと、吸収できる容量が極端に少ないの。だからすぐにその強烈さに参ってしまうのよ。特にあの子の力は母親より強いみたいで……。
だけど闇の属性を持つあなたなら、それを受け入れられるわ。
……そういう風に手を握っているのでも力は移動するけれど、どうしても移動量が少ないから……。
一番いいのは肌を重ねることなの。そうして一度に力を移動することが出来れば、自分の力の容量が分かって、それ以降のコントロールが出来るようになるらしいのよ。
……スピカを救うのであれば、そういう相手はあなたしかいないの。だって、アルフォンスス家の血を引く男児はあなた以外にいないんですもの』
その後、レグルスはひた隠しにしていた情報をバラされたことに切れて、叔母をののしっていた。
僕も反応に困った。
叔母は楽観的に考えているようだったが、僕らの間にはいろいろ問題がありすぎた。
僕が皇太子だということ、スピカが少年として生きる決意をしていること、レグルスのこと。
しかしおそらく一番大きいのは僕の抱えた傷と、スピカの心を読む力だった。
僕は相変わらず、あの闇が怖くて仕方なかった。
それに僕にはあの傷を誰にも曝すことは出来なかった。
もし彼女と肌を重ねれば、確実にあの傷を彼女が知ることになるだろう。
どう考えても、そんなことはとてもできそうになかった。
僕が考え込んでいると、部屋のドアがノックされ、レグルスが顔をのぞかせた。
「シリウス、ちょっといいでしょうか」
僕は黙って頷き、レグルスは、部屋に入ってくると、ソファに身を沈めた。
彼の重みでギシとソファが唸る。
「スピカのこと。どうするのですか」
いきなりの直球の質問で、僕は戸惑ったが、結局うなだれて言った。
「……僕には無理だ」
「そうですか。……スピカがかわいそうだとは思います。
でも、まだ早いし、そういう成り行きでそんなことはしてほしくない。
それにあなたが相手というのは、あまりに重い人生を歩ませることになるような気がして……。
すみません、親の勝手でこんなこと」
僕が黙って頷くと、レグルスは少々ほっとした様子で、立ち上がったが、ふと何かを思い出したようで、苦い顔をした。
「あの……スピカに『正式名』を教えたことですけど……。あれは子供の遊びみたいなものですよね?」
「……遊びではなかった。そういう意味でもなかったけど。僕はスーが大事だったから教えたんだ」
レグルスがなんとなく遊びだったと言って欲しがっているのは分かったが、僕はごまかさずに答えた。
ごまかしたくなかった。
どうやら僕にとってスピカが大事というのは今も変わらないようだった。
「そうですか……。それでは、やはりスピカは私とともにあなたに一生お仕えすることになりそうです……。ただし、側近としてですが」
「嫌か?嫌でも取り消せないけど」
「嫌な訳無いでしょう。あなたは私の子供のようなものですよ。スピカ同様に大事に思っています。
……スピカを妃として迎えるのなら反対しますが、そうでなければ、あの子もそれなりの幸せを掴めるでしょう」
僕はその限定的な拒絶に驚き、尋ねずにはいられなかった。
「ねえ、どうしてそんなに妃にすることをいやがるんだ?普通は逆だろう。后妃だよ?皆、その座を狙っているんだ。
……もし僕が彼女を本気で愛することになったとしても、それでもだめなのか?」
「……后妃になって不幸になった人間を知っているからですよ。……あなたの母上みたいに」
レグルスは顔に影を作ってうつむいたまま答えた。
まさか……。
僕は叔母の話を思い出した。
「母の好きだった人って、レグルス、君なのか」
「……違います。私たちはいい友人でした。それでも……私はスピカを彼女みたいな目にあわせるのは絶対に嫌なのですよ」
ようやく分かった。
レグルスは母が嫁ぎ先で死んだこと、それが事故でも病気でもなかったこと。それをものすごく悔やんでいるのだ。
だから。
「わかった。スピカを妃に迎えたいなどとは言わない」
僕は心の隅が針で刺したようにちくりと痛むのを感じたが、今はあまりに小さな痛みだった。
後々、この言葉を後悔することになるとは、今の僕には予想もつかなかった。
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