第7章 第4話 仮面の裏で
僕たちはしばし黙り込んだ。僕は立っているのに疲れ、壁に寄りかかって床に座り込む。
暖炉の薪が燃え尽きようとしているのにふと気がつき、部屋の隅に積んであった薪を暖炉に放り込んだ。
「ねえ、ここから出られないかな」
僕は次第に焦りだしていた。
こんなところでじっとしているなんて、頭がおかしくなりそうだった。
「……明日の朝までは無理よ。表には見張りが居るし、この部屋には窓があの1つしか無いの……。暖炉から隣の部屋に移ってもそれは同じだし」
「隣?」
「隣とこの部屋は暖炉を通じて繋がってるの。――ほら、よく見て。格子があるでしょう?あれ、実は外れるの。
ここの地下には3部屋あってね、ラナの旦那さんだっけ?彼は隣にいないみたいだから、廊下を挟んで反対側の部屋に居ると思うわ。……あちらだったら、まだ何とかなったんだけど」
「……ここってこの家の住人が入るようなところ思えないんだけど……なんと言うか、牢みたいだし。なんでそんなに詳しいんだ?」
僕は純粋に不思議に思い尋ねた。
メイサは一瞬詰まったが、その顔に曖昧な笑顔を浮かべて言った。
「昔ね……ここから逃げようとした事があったから」
「……逃げる?」
不穏なものを感じ、僕はおそるおそる続きを促す。
「この部屋……何のためにあると思う?」
「……」
僕は部屋の様子を改めて観察する。
部屋の広さは普通だが、牢にしては造りが上等すぎた。
特記すべきはその寝台の広さと造りの丁寧さ。こんな部屋には勿体ないような代物だった。
「あたしが送り込まれた理由分かってるでしょう?」
……まさか。
僕は息を飲んだ。
「ここ、シトゥラの娘を訓練するための部屋よ」
メイサは、無表情で淡々と話していた。
「……5年くらい前かしら……私が15歳、ルティが14歳の頃だった。おばあさまは私を少しでも『使える』娘にしようと思ったの。それで、一時的にジョイアから戻ってきていたルティと叔父……つまり私の実父、を相手に私は訓練をさせられかけたわ。
……あの時のこと、絶対忘れられない」
あまりに酷い話に、僕は耳を塞ぎたくなった。
自分の過去と重ねると余計にだった。
……ひょっとしたら、彼女は僕に何か自分と通じるものを感じているのかもしれない。
淡々と話し続けるメイサは今にも壊れてしまいそうなくらいはかなげで、僕は彼女の話を聞かなければならない気になっていた。
「そのときに、知ったの。叔父が父だって。……父は絶対に嫌だと言って、そうするくらいなら死ぬと言っておばあさまに訴えた。それで、ルティだけが、この部屋に残されたの。
……彼はその時はまだ純粋で、義務感から、必死で訓練をこなそうとしたわ。しかも私を傷つけないようにって。あの子、優しいから。
…… でも、それは14歳の男の子には到底無理で、1週間閉じ込められているうちに、彼は最後には理性を失ったわ。
……そして、それをあまりに悔いて……それ以降の訓練を放棄したの。そうしてここから逃げようとした」
ルティが訓練について話す時に辛そうだったのは……そのせいだったのか。
僕は、心底驚いていた。それと同時に、彼が、僕の過去を聞いてもそんなに驚かなかいのにも納得いった。
14歳。僕もあんな目に会ったのは14歳だった。
ルティのあの淡々とした仮面の裏に隠れた、本当の顔が垣間見れたように感じた。
……だからといって、彼のやっていることを許そうとは思えなかったが。
「もちろん私だって嫌だった。けれど……あの時のルティがどうしても忘れられないの。
……でも、彼が私をそういう対象としてみることは、もう無いでしょうね。
あの時に、彼は決定的にねじ曲がってしまったんだから」
メイサは、そうつぶやくと、その大きな瞳からボタボタと涙を落とした。
「だから、私、おばあさま、というよりシトゥラを許せないの。どうしても」
彼女はきっと顔を上げると、鋭く僕を見つめた。
「私がこんな話をしてるのは、……あなたに協力したいから。………スピカをジョイアに連れて帰って欲しい。なんとしても。
彼女さえいなければ、シトゥラはもう力を保つことが出来ず、崩壊するわ」
*
僕は、メイサの協力を受けることにした。
正直、ありがたかった。僕たちがシトゥラについて知っていることは本当に少なく、そのせいで今僕たちはこんな目に遭っているのだ。
僕は、彼女から、シトゥラについて彼女が知っている限りの話を聞くと、暖炉の火を叩いて消し、隣室へと移動した。
さすがに、一晩中一緒にいるのはまずい。
僕は、理性を保つ自信はあったけれど、せっかく隣室に移動できる手段があるのなら、それは利用しておきたかった。
何も無かったとしても、誤解をされるのは間違いない。
レグルスは疑うだろう。
想像つかないけれど、スピカも怒るに決まっている。
……好きな女の子が、誰か他の男と一晩同じ部屋で過ごすなんて……何も無かったと知っても、嫌だし。
僕は煤だらけになりながら、レンガで出来た暖炉をくぐると、隣室に移動する。
隣と左右対称になっただけのその部屋は、メイサが言う通り、扉以外にどこにも出口は見当たらなかった。
僕はため息をつくと、煤を軽く払ってベッドへ潜り込む。
じたばたしても仕方が無い。
すべては、ここを出してもらってからだ。
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