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闇の眼 光の手
作:碧檎



第7章 第1話 カーラの企み


 僕たちがムフリッドへ着いたのは、城を出発して5日後の朝だった。
 
 アウストラリスの兵士がそこら中にいて、殺気立って何かを探している様子だった。

「いったい何事だ?」

 異常な警戒態勢に、僕とレグルスは慌てた。
 ……僕たちが潜入している事、ルティにバレたのだろうか。
 身分を偽ってアウストラリスに入っているため、少々後ろめたい。
 現在は二国間で表面上は友好状態が続いている。身分証さえあれば特に問題なく国境を通りすぎる事は可能だった。

「何かあったんでしょうね」

 レグルスが呟き、僕は何か漠然とした不安を感じたが、結局先を急ぐ事にした。

 とにかく、手がかりはシトゥラ家にある。
 ここまで来たら、そこに行かないわけにはいかなかった。
 きっとルティもスピカもそこに居るはずだ。


 レグルスは、一度だけムフリッドにやってきたことがあったらしい。

「……嫌な思い出です。あいつらとは二度と会いたくなかったが……この際仕方ないでしょう」
「何があったんだ?」
「……ラナを娶ろうと思ったので、挨拶に来たんですよ。……そうしたら、ラナは監禁、私は殺されかけました」

 ……。

「……もういいよ。聞くだけで気分が悪くなりそうだ」

 興味はあったが、聞けば、シトゥラを訪ねるのが嫌になりそうだった。
 きっとうまく切り抜けたんだろう。だから彼は今ここに居る。

「奴ら、人を人と思ってないんです。思い出すだけで、胸が悪くなる。あんな奴らに育てられれば、それは、性格が曲がるに決まってる。
 ……ラナも最初会ったときは……かなりおかしな娘でしたから」
「それでも……結婚したんだ」

 レグルスは、ふっとその強面に優しい笑みを浮かべた。

「恋愛は、そういうものでしょう?……理屈なんか無いのですよ」

 レグルスがそんな事を言うのは珍しく、僕は不思議な気分だった。

「僕もラナに会ってみたかったなあ……」
「……いい女でしたよ」

 そうつぶやいて遠くを見つめるレグルスはびっくりするくらい格好良かった。

「……本当に愛していたんだな、ラナの事」
「当然です。……さあ、行きましょう、シトゥラへ」

 それ以上感傷に浸る事も無く、レグルスはさっと身を翻して村一番の大きな屋敷の方へと向かって歩いて行った。
 当然、か。……かなわないなあ……。
 彼に男として心底認めてもらうには、どれだけの努力が必要なんだろう。
 今の僕は当然失格なんだろうけど……。
 すべてはスピカを思い出してから。もう一度最初から始めるしか無かった。
 僕は盛大にため息をつきながら、レグルスの後を付いて行った。


 レグルスが堂々と名乗り、門前払いを受けるかと構えていたが、意外にもきちんと応接間へと通された。
 何かの罠かと思ったが、飛び込まずにもおれず、僕とレグルスは黙って待った。

 部屋は上品な緑色で統一されていた。石の壁に掛けられた緑色のタペストリーに、深い緑色の絨毯。同色のカーテン。レンガ色の暖炉だけ、妙に浮いていた。壁にその炎色が写り、あたたかな色合いを醸し出している。
 しばらく待たされた後、小柄な年配の女性が部屋に入ってきた。
 ルティと同じ赤い髪、茶色の目をしている。どうみても血のつながりを否定できなかった。

「……よくもこの家に顔を出せたの」

 女性はレグルスを睨みつけながら、目の前の椅子に腰掛けた。

「お久しぶりです、カーラ伯母様」
「気安く呼ぶでない」

 カーラと呼ばれた女性は刺々しい口調で言い放つ。
 かなりイライラしているようだった。

「お前が来た理由は分かっている。スピカだろう?……あやつはもう我らが手のうちにある。悪いようにはせぬ。……自分の命が惜しければ、手を引いて国へ帰れ」
「誰が帰りますか。……スピカを返せ!」

 レグルスは凄まじい迫力で凄んだ。

「……アウストラリスの次期王妃になれるのだぞ?」

 僕とレグルスは一瞬言葉を失って黙り込んだ。
 王妃だと?
 何を言っているんだ?

「ルティは……継承権が低いと聞いたが……違うのか?」

 僕は思わず口を挟んだ。
 カーラはその茶色の瞳を冷たく光らせるとじろりと僕を見る。

「この国は……継承権なんてものは、実力次第でどうにでもなる。ルティは確かに末の王子だが、王たる資質と手腕を見せつければ、認められる。
 ……今、アウストラリスでは、その手腕を競っている最中なんだよ。ルティは、資質については何の問題も無い。
 ……そして、ルティの最大の獲物は、スピカだ。そのために10年近く潜伏したのだからね」
「スピカを手に入れて……その力を利用しようと言うのか」

 カーラは薄く微笑むと、目の前のティーカップを手にした。

「彼女が王妃、しかも正妃となれば、どれだけ国の益となると思う?ジョイアの皇族はそんなこと考えもつかないらしいが……のう?ジョイアの皇子よ。まさか追ってくるとは思わなんだ」

 僕はびくりと体を震わせた。

「……なぜ」

 まだ名乗っていないのに。

「見れば分かる。その黒髪、黒い瞳。……髪くらいは染めて来るんじゃったの」
「知っていたという事なら、ここから出す気もなさそうだな」

 レグルスが静かに腰の剣に手を当てる。

「おっと、ここで変な真似をしてごらん。……あの娘がどうなるか、分かってるだろうね」
「僕たちをどうするつもりだ」

 僕は背筋が冷える思いをしていた。こんなところで捕まるわけにはいかない。……僕は皇太子なのだから。

「なあに、悪いようにはしない。大事なジョイアの皇太子様だ。戦をするにはまだ時期尚早だからね……。ちょっといい思いをしてもらうだけさ。……せっかくここまで来ていただいたんだ、おもてなしさせてもらうよ」







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