第6章 第1話 目覚めたらそこは
あたしは酷い振動と、体の痛みにふと目を覚ました。
目の前には見慣れているが、ここにあるはずの無い顔。
……あれ?
「おや、やっと起きたか」
「る、ルティ?……ここどこ……?寒い……」
「もうすぐムフリッドに着く。もうちょっとの我慢だ」
「ムフリッド……」
ってどこだっけ。
……って、あれ?あれあれ?
「……シリウスは……?」
酷く声がかすれていた。
ルティは水を取り出すと口に含み、いきなりあたしに口づけた。
「!?」
生暖かい水が口の中に流れ込んできて、あたしはびっくりしたと同時に、それを飲み込んでしまった。
「な、なにすんのよ!」
「この3日間、君はずっと眠ってたんだ。その間、ずっとこうしてた。いまさら抗議しても遅い」
ふとあたしは、自分が彼に抱きしめられている事に気がついた。
「ちょ、っと……離してよ!!」
あたしは力一杯彼の胸を押したつもりだったが、筋力が異常に衰えていたようで、彼の腕はぴくりとも動かなかった。
「寒いだろ?抱いててやるよ」
「いらないわ!それより、どういう事よ!」
あたしが睨むと、ルティはやれやれと言った感じで、少し腕を緩めた。
あたしは腕の中を抜け出すと、向かいの椅子に座った。
……どうやらここは馬車の中のようだった。
ルティは、いつもと様子が違った。
口調も明らかに違う。彼の軽さが……感じられない。でも、それがとても彼の雰囲気にあっていた。
「……君を攫ってきた。俺の花嫁にするためにね」
「はあ?」
また、そんな冗談を。
「あたし、シリウスの妃になったばっかりなんだけど……」
いろいろ思い出して、あたしは、恥ずかしかったがそう言った。
「……俺の国ではね、力があれば、人のものでも奪って構わないんだ」
ルティは静かに言ったが、次の瞬間、眉を寄せ、顔をしかめた。
「今回はちょっと不本意だった。ほんとは君がヤツのものになる前に奪いたかったけど。まあ、いろいろ事情があってね、1回くらいなら仕方ないかと思って。どうせすぐ忘れさせてやるつもりだし」
そう言うと、ルティはあたしの腕を掴んで、強引に引き寄せた。
そうしてあたしの顎を持ち上げると、一気に口づけてきた。
あたしが歯を食いしばるのよりも一瞬早く、彼の指があたしの頬に食い込み、あたしは口を閉じられず、彼の侵入を許してしまった。
ねっとりと口の中をかき回され、それと同時に、慣れた手つきで胸の上を彼の大きな手が這う。あたしはおぞましさで全身に鳥肌が立つのを感じた。
シリウスに同じような事をされても、こんな気分にはならなかった。
顎を掴んでいた手が離れ、腰に廻される。
あたしは、その隙を見逃さず彼の舌に噛み付いた。
「っつ……」
ルティが少し呻くと、あたしから体を離して、口を抑えながら、あたしを睨む。
茶色の瞳が一瞬怒りに燃える。
あたしは唇を手の甲で拭う。
血の味が口の中に広がり、急に吐き気が上ってきた。
あたしは咳き込み、床にかがみ込む。
胃に何も入っていないせいで、吐いても、出てくるものは胃液だけだった。
これほどに、ちがうの……。
以前ルティに訓練の事を聞いたとき、大した事は無いと思った。そのときは本当に。
でも、触れるのがシリウスではないことが、こんなに嫌なんて思いもしなかった……。
ルティは黙ってそんなあたしを見つめていた。
その目は穏やかな色に戻っていた。
「お願い。あたしをシリウスのところに帰して」
「君は、本当にシトゥラの娘か?……そんなに一人の男に執着するなんて。……レグレスの血かな」
ルティはあたしの言葉には答えずに、不思議そうな声音でそう言った。
彼は、あたしを抱き起こすと、自分の隣に座らせ、毛布を羽織らせた。
「今から、ムフリッドのシトゥラ家に行く。そこで、祖母から力の制御を伝授してもらうから」
「え……?」
「君はまだ本当の意味で力を制御できるわけではない。当然方法を学ばないと使えるわけが無い」
「何?ひょっとして、訓練をしないといけないの……?」
あたしはさっきの感覚を思い出し、ぞっとした。
「あれ?前は平気だって言ってたじゃないか?さすがだって感心してたのに」
あたしが固まっていると、ルティは少し微笑んで、あたしの頭を撫でる。
「訓練はしない。さすがに俺もそれは嫌だったんだ。君を必要以上に傷つけることになるからね。それよりはヤツ一人の方がマシだと思った。……君はあいつと寝たんだからもう『力の移動について』は必要ない。ただ、制御にもコツってものがあるから。それを教わりにね」
そこまで言うと、彼はごそごそと荷物をあさって、林檎を取り出した。
「とりあえず、これを食べて胃をならせ。さっきみたいに吐かれたらたまらない」
どうやら、体調が悪くて吐いたと思い込んでいるらしい。
たぶんそんなのは理由ではない。この男は、自分が原因なんて少しも考えないようだった。おそらく女の子に拒まれた事も無いのだろう。
あたしがそんな事を考えながらじっと林檎を見つめていると、ルティは少し微笑んで、それを一口かじった。
「安心しろ、毒は入っていない。……殺すために連れてきたんじゃないんだから」
あたしは、本気で空腹を感じていたので、とりあえず、それを頂く事にした。
長い間使っていなかったせいで顎が強張ってなかなか噛めなかったが、なんとか林檎を食べてしまう頃には、ようやく頭が働き出した。
「……ルティ、なんであたしを攫ったの?」
「君が好きだからって言っても納得できない?」
あたしは頷くと、言った。
「あたしの力が欲しかったから?」
「それもある。いろいろ話せば長くなる事情があるんだ。おいおい話してあげるよ。でも」
彼はそこで言葉を切ると、あたしの目を覗き込むようにして言う。
「君が好きだと言うのは本当だ」
「そんなの信じられない」
あたしは、本気でそう思った。あたしは、シリウスが他の子を抱くなんて考えると、本当に辛かったし、シリウスの方もそうだった。
けれど、目の前のルティは、あたしがシリウスの妃になったことを知っているというのに、そんな様子はほとんど感じられない。
目は穏やかだし、口には笑みさえ浮かべている。
「愛にもいろんな形があるってことだ。……ちょっとは悔しいけど。これからは俺のものだし、これからやり直せばいい」
そういうとルティは、あたしをひきよせて、再びくちづけようとした。
「やめてよ!やだ!」
あたしは顔を背けてそれを避ける。
が、ルティはあたしのほほに手をあて、強引に自分の方を向かせると、無理矢理口づけた。
かなり本気で抵抗したが、彼の腕は強く全く動くことが出来なかった。
しばらくそうした後、彼は満足そうに顔を離してあたしを見て微笑む。
今度は歯を食いしばっていたので、唇を押し付けられただけで済んだが、あたしはやっぱり不快感を拭えなかった。
さっきからもう3回目。
しかもルティが言うには、3日間ずっとそうされ続けたと言う。こんな風にずっと捕われていたら……あたしはシリウスの唇の感触を忘れてしまうかもしれない……。ただでさえ……数えるほどしかキスをしていないのだから。
そんなの絶対嫌だ。
あたしは多分酷いしかめ面をしていたのだと思う。
ルティは仕方ないなと言う表情をして、あたしを見つめていた。
「……そのうち慣れて良くなってくるよ。人は順応する生き物だから。今は他にしなくてはならないことがあるし、しばらくは、俺も我慢するつもりだ。
でも王都に着いたら……その時は君がいくら嫌がろうが俺のものにする。それまでに、君が俺を求めてくれれば一番いいけどね」
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