第4章 第2話 武芸大会
成人の儀、当日。
朝から、武芸大会が開始されて、宮はお祭り騒ぎに包まれていた。
あたしはシリウスが出場するという、弓競技を見るために、ヴェガと的場へと向かった。父とルティは剣術大会に参加するために、別行動だった。
ちらりと見てきたのだが、どちらも余裕で上位に残れそうだった。いつものことなので、あたしはそんなに興味を持つこともなく、迷わずシリウスの応援に向かった。父は薄情だと嘆いていたが、当然、関係ない。
的場は剣術大会の会場とは打って変わって、静寂そのものだった。
選手が集中力を欠かないよう、物音を立てないよう決まりごとがあるのだ。
矢が放たれるときに弦をはじく音、それと矢が刺さる音それだけが会場に響いていた。
シリウスは屈強の騎士達の中で、一人だけ浮いていた。
確かにこのごろ身体が急に男らしくなってきたとは言っても、まだ少年らしさが残るため、どこかか弱げに見えた。
彼の髪もあたしと同じくらいに伸び、項の辺りでひとつにまとめていた。
以前と違い、髪が長くてもきちんと男の子に見えた。
それはきっと彼の内面の違いだった。
的を睨むその目はその眼力だけで的を壊してしまうのではないかと思うくらい鋭かった。
以前からは想像もできない凛々しさだ。
これは、侍女が憧れて騒いでも仕方が無い。
あたしも思わずため息をついてしまい、一緒に居たヴェガに笑われた。
「皇子に想われる娘は、周りから嫉妬されて大変ね」
「……そうですね……」
なんだか憂鬱になってきていた。当然あたしもその選ばれる娘に嫉妬の念を感じていたからだ。
あたしを選んでくれると思いたかったが、この間聞いた噂が頭から離れず、どうしても楽観的にはなれなかった。
弓競技は、20射中の的中数で予選が行われ、その後は外した者から脱落するといルールで行われていた。
的は両腕で円を作ったくらいの大きさで、それを大人の足で50歩ほど離れた位置から狙う。
シリウスは予選は20射中20中。皆中だった。
皆中だった者は100人以上の参加者の中僅かに5人。決勝進出者はその5人を含む10人だった。
「……ひょっとしてシ、いえ、皇子って、かなり上手なのかしら」
思わずシリウスと言ってしまいそうになり、焦って言い直す。
皇子の名前は伏せられているという事実をたまに忘れそうになる。
それにしても、凄い。
決勝が開始され、シリウスほか、決勝進出者が次々に射に入る。
ゆっくりと弓を引き分けたかと思うと、腕が左右にじわじわと伸び、張りつめる。やがて伸びきった糸が切れるように矢が放たれ、腕がしなる。
吸い込まれるように的に矢が突き刺さるのを見ていると、あれが本当にシリウスかどうか分からなくなってくる。
ハリスで何度か一緒に練習したけれど、あんな風に中っているのは見たことがなかった。
あれだけの上達を見せるということは、よほど性に合っているのだろう。
外す気がしない。
一通り順番が回り、休憩が入った。
ヴェガはシリウスの激励のため席を離れ、あたしはひとりシリウスの射の余韻に浸っていた。
「よお、スピカちゃん。皇子様は頑張ってる?」
後ろで聞き慣れた声がしたかと思うと、案の定、ルティが立っていた。
「どうしたの?試合は?」
「俺は去年優勝してるから、試合数が少ないんだよ。決勝まで大分時間があったから、抜けてきた。我が君の活躍を見ようと思ってね」
「すごいのよ、皇子。今のところ1つも外してない」
「ほう。……確かに皇子は剣よりも弓向きだからなあ。あれは精神力がかなり試されるから。あと、皇子は……ちょっと鈍いからね、残念ながら剣向きではない」
褒めてるのかけなしてるのか……。
あたしがあきれると、ルティは笑ってあたしの頭を撫でた。
「それにしても、ほんとに外さないなんて。なんだか面白くないなあ」
ルティが顎をさすりながら、つぶやく。
「ちゃんと応援しなさいよ。あんた皇子の側近でしょう?」
「だってさあ。せっかく俺が優勝しても、皇子が優勝しちゃったら、俺、目立たないじゃないか」
……なんて勝手なの……。しかも優勝する自信満々だし。
あたしはがっくり来た。
「それにさあ、優勝商品、なんでも言っていいんだろう?俺の望む品と被っちゃったら、絶対皇子が優先されるしさあ」
「何を貰う気なのよ……まったく、皇子と張り合おうなんて」
「スピカちゃん」
「は?」
「だから、陛下に、スピカちゃんとのおつきあいを認めて下さいって」
あたしはあきれてため息をついた。
「……あたしは物じゃないんだけど。だいたい陛下に頼むって……。それに、皇子が……そんなの望むわけないでしょう。冗談も程々にしなさいよね」
「だけどさあ、去年はそういうやついたよ。まあ、そいつは身分違いの恋人を認めてもらいたいっていうことだったけど。似たようなもんだろう?怖い親父が許してくれないっていう意味じゃ」
「……悪いけど、それはやめて」
「いいじゃないか、俺のことそんなに嫌いじゃないんだろう?別に誓い合った男がいるわけでもないだろうに」
ルティは意地悪そうにあたしを見て微笑む。
――あたしにはシリウスが。
そう言いたかったが、こんな場所では言えるわけもない。
「あんた、あたしの気持ち分かっててからかってるんでしょう」
「なんのことかなあ」
とぼけた様子でルティはそうつぶやく。
「さてと。俺も皇子に一言声かけてこようかな。……じゃあ、また後で。俺の決勝戦も楽しみにしててね」
そう言うと、彼はあたしの髪の毛を一房つまむと、そこに口づけた。
そうして呆然とするあたしに妖しく微笑むと身を翻し、射場へと向かって歩いていった。
「ちょっとお!スピカったら!」
派手な声に振り向くと、シュルマが真っ赤な顔をしてこちらに近づいてきた。
「今の、ルティリクス様でしょう?」
「そうだけど?」
「ねえねえ、今の何!?もしかして求婚されたの?」
「なっ!?」
否定しようと思ったが、よくよく考えると、ほぼ事実だった。冗談だと思いたいが……。
いったい何の真似だろう。今頃になって。
「あの方素敵よねえ。皇子様とは別の意味で。あの顔で、あの体って……もう、彫刻のようなんですもの。去年の剣術大会なんて、卒倒する者が出て大変だったのよ」
あたしは、その言葉がさっきの会話と被り、シュルマに尋ねた。
「武術大会の褒美に、女の人が与えられることってあったの?」
「やっぱり、そういうこと言われたのね」
シュルマはにんまりと笑うと、こそこそと話し出した。
「過去に結構例はあるの。身分違いでどうしても親が許してくれないとか、そういうことで。
……あと、今の陛下はそういうこと無いのだけれど、昔は帝のお手つきの侍女に懸想した男が頑張ったって言う例もあったらしいわ。
……きっとスピカちゃんの親は厳しい方なんでしょう?」
「え?ええ」
親は確かに、厳しい。というか親バカだ。
ルティがこんなこと言ったって知れば、たちまち駆除の対象になるだろう。その辺分かっていて、誰もいない時にあたしに近づいてる気がするけれど。
それよりも、ルティは、なぜ、わざわざそんな風に言ったのだろう。
あたしは彼となら身分違いでもないし、あたしはまだ誰の物でもない。
だいたい、あたしと彼はそういう仲ではないではないか。
「あたし、彼のこと何とも思っていないのに……」
「だからこそ、頑張っていいところを見せようとしているんじゃない?……うらやましいわあ」
「……そうかしら」
あたしはルティの軽さを良く知っていたので、そう思えなかった。
きっと、誰彼構わずあんなこと言ってるんだわ。
あたしは悔しくなって、ふと彼の行方を目で追った。
ルティは射場のシリウスに声をかけているところだった。
耳元で何かささやいている。
ふとシリウスが険しい顔をしてルティを睨み、何か言った。
ルティは笑ってシリウスの肩を叩くと、射場を後にしていた。
残されたシリウスは、酷く深刻そうな顔をしていて、あたしは心配になった。
いったい何を言ったのかしら……。
「なんだか揉めてるみたいだったわね……どうしたのかしら」
射場では競技が再開され、シリウスが射位に入っていた。
ぱっと見たところ肩に力が入っている感じがした。
大丈夫かしら……。
シリウスの矢が放たれた。
――カツン。
辛うじて枠ぎりぎりのところに矢が刺さる。
「あぶなーい」
シュルマが息を飲んでつぶやく。
あたしはドキドキして言葉が出なかった。
決勝なので、外したらおしまいだ。
さっきのルティの言葉に動揺してるとしか思えなかった。
ヴェガが射場から出てきて、あたしを見つけると、駆け寄ってきた。
珍しく慌てた様子で、あたしも彼女の方に駆け寄った。
「どうなさったんですか?皇子が何か?」
「……ちょっと来てちょうだい」
ヴェガはそれだけ言うと、あたしを連れて、建物の裏に回った。
そして、裏口のドアを開けあたしを建物の中に入れると、言った。
「ちょっとだけ励ましてあげてちょうだい」
部屋に入ると、シリウスが、壁に寄りかかって、ぼんやりと天井を見つめていた。
部屋は狭く、人が3人も入ればギュウギュウになるくらいの広さだった。
着替えのための控え室か何かなのだろう。
あたしに気がつくとぎょっとしたように身を起こし、やがて顔に少し笑みを浮かべた。
「大丈夫?」
あたしが尋ねると、シリウスはちょっと顔をしかめて息をついた。
「……僕もまだまだだ。ルティのやつ、僕を動揺させておもしろがってるんだろうな」
「やっぱりルティに何か言われたのね」
「君もだろう?」
あたしはさっきのやり取りを思い出し、顔が赤らむのを感じた。
「求婚でもされた?」
あたしは胸を突かれたように息がつまり、何も言えなかった。
「そうか。……あいつもなかなかの策士だよな。とんでもない手を打つ。……スピカ」
シリウスはそこで言葉を切ると、あたしの目を覗き込んだ。
「前に僕が言ったこと覚えてる?」
夜のような黒い瞳が甘く輝き、あたしの心臓は跳ね上がった。
あたしは頷く。
シリウスは言葉を続けようとしたが、結局口ごもり、しばらく沈黙したが、やがて言った。
「……キスしていい?」
「……記憶が」
「いいんだ。……伝えたいことがあるから」
そう言うと、彼はあたしに近づき、頬を傾けたかと思うと、あたしにくちづけした。
触れるだけの優しいキスをすると、彼はすぐに離れた。
彼は心配そうにあたしを覗き込む。たぶん彼の中からはもうその気持ちは消えてしまったんだろう。
「……伝わった?」
多分あたしは耳まで赤くなっていたと思う。全身の血が逆流しそうだった。
「伝わったわ………」
ようやく声を絞り出すと、シリウスは安心したように顔をほころばせた。
「じゃあ、競技があるから、僕は行くよ。ルティの思い通りにはさせない。……きっと優勝してみせる」
そう言うと、彼はあたしを残して部屋を出て行った。
あたしは呆然と自分の心の中の、シリウスの気持ちをなぞった。
――夜までに僕のものになる覚悟をしておいて。
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