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闇の眼 光の手
作:碧檎



第2章 第5話 侵入


 宮に潜入といっても、当然そう簡単ではなかった。
 まず、シリウスを逃がす時は下りだったが、今度は上りなのだ。
 何がって。
 ――山である。
 城までたどり着くには、大人の足で急いでも一刻ほど坂道を登らねばならなかった。
 道はなだらかで舗装はされているので、登りやすい。しかし、やはり闇にまぎれてなので、足元が見えず、昼間に登るよりさらに消耗する気がしていた。
 宮に仕える大半の人間が、麓の城下町から毎日ここを登って勤めに出ているのである。
 ……ここに仕えるって大変だわ。
 あたしは自分もそうなることを思い出して少々げんなりした。

 シリウスは女装するかと思いきや、あたしや父と同じくかっちりとした紺色の軍服を纏って、深く帽子を被っていた。

「宮ではひらひらの服ばかり着てたから、こっちの方が多分バレない」

 あたしが理由を聞くと、彼はふと唇を綻ばせて微笑んだ。
 夜の闇の中彼の黒い瞳が煌めいて、そこに夜空の星があるようで、あたしは吸い寄せられるようにその瞳に釘付けとなった。
 あたしがじっと見ていると、シリウスは困ったように瞳を伏せ、先に進み出す。
 あたしはそのあたしよりも少しだけ大きくて広い背中を見ながらため息をついた。
 この間、父さんと何を話したんだろう……。
 あの親ばかのことだから、変なことを吹き込んでるんじゃないかとあたしは心配だった。
 あたしが止められないからって、シリウスに釘を刺すくらいはきっと平気でやるはずだ。


 城までの道を半分ほど登ったところで、父は辺りを見回すとあたしたちに向かって言った。

「この辺です。……まだ来てないのか、あいつは」
「いーえ。もう着いてますよ、レグルス」

 あたしはかなりびっくりして、シリウスを見た。
 シリウスも同様に驚いたようで、辺りをキョロキョロ見回している。

「……今のシリウスじゃないの……」
「ちがいますよー。……おや、これはこれは、可愛らしいお嬢さんだ」

 頭上からばさっと音がしたかと思うと、目の前に黒い影があわられた。
 どうやら木の上にその人物は居たようだった。
 ずいぶんと、背が高い。父さんと同じくらいかしら。
 その人物は静かにこちらに近づいてきて、月明かりに照らされはじめてその顔が見えた。
 あたしは唖然とした。
 ……確かに、この声の主は、こういう容貌がぴったりだろう。
 赤褐色の髪、鋭い茶色の目、濃い眉に、通った鼻筋、高い頬に、少しだけ甘い唇……かなりの色男と言って良い風貌だった。
 歳はおそらく20歳前後。体もしっかり出来上がっていて、肩幅はあたしの2倍ほどありそうだった。
 うわあ……目の保養になる。シリウスとは別の意味で。

「そんなにまじまじと見られると恥ずかしいなあ。レグルス、こんな可愛い娘さん、隠しておくなんてずるいなあ。はやく紹介してくださいよ」

 ……その声で、そんな軽い台詞を吐くのは辞めて欲しいわ……。心臓に悪い。
 どうも目の前の人物は、見た目以上に軽い人物のようだった。
 う……外見は素敵だけど、中身が……。

「お前になんか紹介するか」

 父もあきれたように男を見ている。

「……こいつが例のルティリクスだ。見た目も中身も軽いが、仕事は出来る」
「ひどい紹介だなあ。はじめまして。ルティリクス・シトゥラです。ルティと呼んでください」

 明らかにあたしの方だけ見て挨拶をするその男に、あたしは腹が立ってきた。

「ちょっと、シリウスが横に居るっていうのに、あたしに先に挨拶は無いでしょう!」
「?ああ、皇子様ね。……よろしくお願いします」

 男は素直にシリウスに向き合うと、片膝を付いて、頭をたれた。
 しかし次の瞬間にはあたしのほうに向き直って、笑顔を振りまいた。
 こ、こいつ……。

「俺、男の子には興味ないんで」

 いや、そういう問題じゃないでしょう!!

「お嬢さん、お名前を伺ってよいですか?」

 ちっとも懲りずにあたしに話しかけてくる彼に、あたしはしぶしぶ答えた。

「スピカよ。……よくあたしが女だって分かったわね……こんな格好なのに」

 あたしは気になってたことを聞いた。

「こんな可愛らしい男の子が居てたまるものか。スピカちゃん。これまた可愛らしい名前だ。君にピッタリのいい名前だね」

 歯の浮くような台詞を次々に吐いたかと思うと、彼は手を差し出した。

「何のつもり?」
「握手だよ、握手」

 あたしはしぶしぶその手を握った。
 どうせへんなこと考えてるんだわ……。

「!?」

 ……読めない。何も流れてこない。
 こんなことは初めてで、あたしは心底ビックリした。
 あたしの表情を面白そうにながめると、彼は手を離して言った。

「新鮮だろう?」
「どうして……」
「強いて言うなら体質かな」
「こいつは、お前の母の遠い親戚に当たるんだよ……」

 父が仕方なさそうにそばに来ると、説明しだした。

「詳しくは知らないが、同族だと、読めないらしいんだ。お前も母さんの心は読めなかったろう?」
「……あなたも、心が読めるの?」

 あたしは気になって尋ねた。

「いや?その力があるのはなぜか女性だけなんだ。力を持った母から娘にしか継がれない。スピカちゃんは直系の癖に何も知らないんだなあ」
「直系?」
「やめろルティ。そいつはもう関係ない話だ」
「なーにが関係ないんだよ……皆待ってるのに」
「あいつが俺と結婚したときに、縁は切ってるだろう。もう放っておけよ。――さあ、時間が無いんだ、さっさと行くぞ」

 ルティは父に背中を押されるとしぶしぶあたしのそばを離れて行った。
 途中振り返りながら、あたしに向かってウインクをとばし、あたしはそれを見てげんなりした。
 ……なんだかよくわからないやつだわ。変な事言ってたし……。
 ふとシリウスを見ると、彼は彼で何か思うところがあったのか、ルティの背中を睨みつけていた。

「シリウス?」

 あたしが声をかけると、彼ははっとしたように表情を和らげた。

「……なんだか失礼なやつだったわね」
「……うん」

 生返事をすると、シリウスは父たちの後を追っていった。
 ……どうしたのかしら。
 あたしは不思議に思いながらも、一人置いてけぼりをくらったことに気づき、皆の後を追いかけていった。


 ジョイアの皇宮。
 全て石造りの本宮と木造の離宮とが組合わさった、変わった造りとなっていて、本宮には、帝、妃、皇子、皇女が住み、離宮には、今はいないが帝の愛妾、側近やその家族が住むこととなっていた。
 本宮も離宮も細かく部屋が区切られていたが、設計上、木造の離宮の方が、一つ一つの部屋は狭かった。

 本宮が離宮に囲まれるようになっているため、あたしたちは、離宮入り口にて父の新しい配下として宮に入り込み、その回廊を目立たぬようくぐり抜け、本宮へと向かった。

「部屋の前の衛兵に薬を盛っています。おそらくもう寝込んでいるはずです」

 ルティがそう言って、部屋の前の廊下を覗き込む。
 石造りの本宮は、廊下に窓が無く、月明かりさえ入らない。そのため、蝋燭の光だけで照らされていて薄暗かった。
 さすがに皇子の部屋に侵入しているところ見られるのは怪しいので、入り口の衛兵だけには注意していた。

「ああ、良かった、大丈夫そうです。急ぎましょう」

 二人居た衛兵はどちらも椅子に座って眠りこけていた。
 皆で急いで部屋に駆け込むと、あたしたちは一様に大きく息をついた。

「ひとまずこれで安心」
「いやいや、まだですよ」

 ルティはそういうと、シリウスをいきなり担ぎ上げて、ベッドに投げ出した。

「ほら、病人らしくしてくださいよ」

 うわあ……しっつれいなやつ!!!
 あたしは慌ててシリウスの傍によると、彼を抱き起こした。

「ちょっとルティ!!あんた!」
「俺は男は嫌いなんだ」

 彼は堂々と言い放つ。
 あたしはその様子にあきれかえった。

「皇子だって分かってるの!?」
「分かってるけど、俺、もともとこの国の人間じゃないし。刷り込まれてないんだよねー」
「この国の人間じゃない?って、外国人だったの」
「うん。隣のアウストラリスの人間だよ」

 シリウスが一気に顔をこわばらせる。

「間者か!?」
「そんなわけないでしょう。私はレグルスに連れてこられたんですよ。彼は私の素性を良く知っています。大体、あの国にもたいした恩はないですし」

 あたしもシリウスもあっけにとられた。

「ねえ、国を大事に思う気持ちとか……全く無いの?」
「愛国心ねえ……。そんなものは感じたことも無いなあ。……俺が大事にするのは一族だけ」

 ルティはそういうと、あたしのそばに寄って来て、あたしの手を握る。

「可愛い子ならなおさら」

 あたしは即座にその手を振り払い、彼を睨みつける。
 ……あたしにはこいつの思考回路がわからない……。
 あれ?そういえば一族ってことは……

「え?あたしの母さんはアウストラリス人だったの?」

 ルティは頭をかきながら、父を見て言った。

「本当に何も話してないんだな……」
「必要ないからな。お前、ぺらぺら喋るんじゃないぞ」

 父に釘を刺され、ルティはしぶしぶのように立ち上がった。


「これからどうするの?」
「私は自分の部屋に行くが、スピカとルティはここに残れ」

 ルティは驚いて、父を見る。

「おやあ、いいのか?大事なお嬢さんを男二人と同室にしても」

 父は男二人を見つめてにやりと笑うと、どすの聞いた声で言った。

「何かあったら、命は無いと思えよ」


 父が出て行った後、あたしは突然自分を襲っている眠気に気がついて、驚いた。
 こんな眠気って、珍しい……。本当に眠れそう。
 おかしいわ、シリウスの手を握っても無いのに……。
 山歩きで疲れたからかしら……。
 急激にまぶたが重くなり、目を開けていられなくなり、あたしは側に居たシリウスにもたれかかった。

「眠い……」
「ちょ、ちょっとスピカ!」

 焦ったシリウスの声だけが遠くの方で聞こえ、あたしはそのまま意識を失った。







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