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闇の眼 光の手
作:碧檎



第1章 第9話 異変


 異変が起こったのは数日後だった。
 団員の中で、しつこく僕やスピカにつきまとうヤツがいたのだった。
 そいつはマルフィクといって、ひょろりとした中肉中背の特に外見には特徴のない男だった。
 しかしその表情が特徴的で、いつも嫌らしい笑みを口に浮かべていて、僕はそいつを見る度にどことなく気分が悪くなった。
 スピカの方もそのようだったらしく、廊下などで出会おうものなら、眼をそらして避ける有様だった。
 その態度が気に触ったのか、僕とスピカはある日突然彼からいびられるようになった。
 例えば、掃除をした後の廊下に水をぶちまけるとか、配膳した料理をさりげなく僕らに向かってこぼしてみるとか。そうして僕らの足を止めた後、彼はニヤニヤ笑いながら、なめるように僕らを観察するのだった。
 最初は本当にちょっとしたことだったが、僕はそれが次第にエスカレートしている気がしてならなかった。
 レグルスも薄々感じていたようだが、表立ってかばうわけにいかず、現場を押さえようとしていたが、マルフィクの方は新人いびりに慣れているのか、なかなかボロを出さなかった。

 スピカの様子がおかしいことに気がついたのは、それからさらに数日後だった。

「弓を引きにいくの?」

 僕が弓を持って的場に向かおうとしていると、スピカが声をかけてきた。
 その表情が少し憂鬱そうで、僕は心配になった。

「どうかした?」
「ううん、気をつけて」

 気をつける?
 何のことだろうと不思議に思いつつ、僕は的場へと向かった。
 ところが、弓だけ持って弓掛けを忘れたことに気づき、僕は部屋に戻った。


「その服を脱げっていってんだよ、聴こえねえのか」

 僕はその声を聞いて青くなった。
 マルフィクだ。
 僕は慌てて部屋の中に駆け込んだ。
 見るとスピカが床にうずくまって両の手で必死で服の合わせを握りしめていた。
 マルフィクがその上に馬乗りになって覆いかぶさっている。

「何やって……」
「おや、見つかっちまったか。残念だな」

 マルフィクは体を起こすと、スピカの上に座り込むようにして、にやりと笑った。

「シリウス、だめ」
「あんたをだしに先にこの坊やをやっちまおうと思ってたんだがな。皇子様よぅ」
「!」

 僕は一瞬固まった。
 皇子だと?

「隊長に言いつけるか?いいぜ、そうする前に、皇子のことを触れ回ってやるからな。そうしたら行き場がねえんだろう?」

 僕は目の前の光景に、頭が真っ白になりかけていた。
 自分に落ち着けと言い聞かせながら、出来るだけ静かな声で言った。

「残念だけど、僕は皇子なんかじゃない。どうして僕を皇子なんかと思うんだ?」
「しらばっくれても無駄だ。こっちには情報があるんだよ」
「情報ねえ……それって信用できるの?」
「ふん、そんな簡単に教えると思うのかよ」

 スピカが僕にちらりとに目線を送ってきた。
 そうか……。
 僕が微かに頷くと、スピカは身じろぎする振りをしてその手を彼のむき出しの膝にそっと置いた。

「どうせ、僕が黒髪だからとかそういう理由なんじゃないの?よく間違えられるんだよな。西には結構黒髪も多いんだけど、こっちはあんまり居ないから」

 僕は時間を稼ぐために、話を延ばす。
 スピカがやがて顔を上げて、僕の方を見ると微かに笑った。
 その表情を見て、僕は頷くと、持っていた弓を振り上げ、思いっきりマルフィクのみぞおちを突いた。
 不意を撃たれ、マルフィクは抵抗も出来ずにその場に崩れ落ちた。
 僕は彼を急いで縛り上げると、猿轡をかませ、スピカに聞いた。

「こいつどこまで知ってた?」
「都に親戚が居るみたいで、そこから皇子を探すように頼まれていたみたい」
「……僕が宮に居ないこと、ばれているのか」
「そうね、もう都を出てからずいぶん経つもの。疑う人間が出てきてもおかしくない」
「その親戚の名前は分かったか?」
「たしか……メリディオナリス、だったと思う」
「聞いたこと無いな……」
「きっとその先に指示した人間が居るのよ。そんなに簡単に身元が割れるようにはしないはずだし」
「下っ端か。……こいつはとりあえずレグルスに突き出そう。スピカに乱暴しようとしたんだ。クビでかまわないはずだ」

 僕はそこまでいうと、スピカの緑灰色の目を覗き込んだ。

「……大丈夫だった?ごめん、今まで気づかなくって……」

 スピカは、一瞬笑おうとしたが、すぐにその顔がゆがんだ。
 そしてポロポロと涙をその目から落としながら、もう一度笑った。

「大丈夫よ、これくらい」

 気丈に振舞おうとするスピカを見ていると、僕は胸が締め付けられるように痛くなった。
 そして、気が付いたときには、僕は彼女を抱き寄せていた。


「シ、シリウス?」

 スピカのその声で、僕ははっとして、慌ててスピカを離した。

「……ごめん!」

 彼女の顔は耳まで真っ赤になっていた。
 僕は、今、何を……。
 僕は自分がどういう気持ちで今の行動に出たのか、さっぱり分からなかった。
 まさか自分から彼女に触れることがあるなんて、思いもしなかったのだ。

「僕、今、何か考えてた?」

 スピカはすごい勢いで首を振ると、うつむいて言い切った。

「何も。何も考えて無かったわ」
「そう、か?良かった」

 僕はほっとすると、スピカに言った。

「あのさ、さっきみたいに、僕のためにスピカが犠牲になったりするのは、これからは絶対にやめてくれ」
「でも、あなたを守るのが私の役目で……」
「それでも、あれはだめだ。ちゃんと抵抗しろよ」
「でも、こいつあたしのこと男の子だと思ってたわ。女の子に男の人がいたずらする話は聞いたことあるけど、それ以外って聞かないし」
「……世の中にはこういうヤツもいるの。レグルスも言ってただろ、いたずらするなって。
 ああいう風に釘を刺したのは、こういうヤツがいるからだ」

 そう言いながら、僕は一気に心が重くなるのを感じた。
 嫌なことを思い出しそうになり、僕は慌てて頭を振ると、マルフィクの襟を掴んで引っ張った。

「結構重いな……レグルスをこっちに呼んでこよう」







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