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プロローグ 天空城にて
 五一三年、天空城がまだアーディナルの空を飛んでいた時代。
 王の間を目前にして、廊下に座り込みをする者達がいた。
 お互いに顔を見ようともせず、ただ黙って時が来るのを待っていた。
 剣豪サージ=ドノヴァンはいらついた様子で、さきほどから剣の鍔をもてあそんでいる。
 王の間で戦いが始まれば、すぐにでも飛び込むつもりだった。

「とうとう、この時が来ちまったな……」
「ああ……」

 彼の声に応えたのはアッカ、西部のバーリャ平原からやってきた狼族の戦士だ。
 人前では帽子を目深に被って獣の耳を隠しているが、ときおり口の端をつり上げて異様に発達した犬歯を見せる癖がある。魔法は使えない。

「この戦いで全てが終わる。魔界が滅びるか、人界が滅びるか」
「しかし、本当にこれで全てが終わるのか?」

 口を挟んだのは賢者オルフェウスだった。
 卓越した魔法の使い手だが、この中で最も若年と言って過言ではない。体に合わない大きな魔法の杖を抱え、常に最大の力が出せるよう、魔力を温存している。

「僕にはとてもそうは思えないんだが……」
「オルフェウス、迷ってはいけないわ」

 女剣士イーラは落ち着いて彼を諫めた。
 普通の男性よりも体躯の大きな彼女は、サージよりも大きな超巨剣の使い手だ。剣と呼ぶのも憚れる建物の柱のような武器を、今は椅子代わりにしている。

「目の前にこの城の主が居る、この城はイーサファルトを目指して、今もなお人界の上空を飛びつづけている。このまま行けば間違いなく戦争になる、私たちはそれを阻止しなければならない。いま私たちが考えていいのは、ただそれだけよ」
「分かっちゃ居るけどさ……」
「あ……あ……あの……みな……みな……さん……」

 おどおどしながら、ようやく声を挟むことができたのは尼僧のサーラだ。
 ゆったりした西部の民族衣装を着ていて、髪飾りを頭が重くなりそうなほどたくさんつけている。彼女は治癒の力を司る水の精霊ゼテンを信仰しており、多少ではあるが治癒魔法が使えた。

「わた……しは……その……あの……ひと……が……まさか……あの……ひと……だって……たくさん……助けて……くれたし……わたし……魔法……へた……だけど……あのひと……上手……
 なんで……なんで……あのひと……今は……敵……よく……よく……わからなくて……」

 サーラはうまく言葉に出来なかったらしく、結局黙ってしまった。
 沈黙を破るように、アッカは言った。

「ゲールハーツが言ったことには……」
「やめるんだ、アッカ!」

 サージは立ち上がって彼を怒鳴りつけた。サーラは泣きそうになって耳をふさいだ。

「もう死んだ奴の事をいちいち気にするな! あいつは死んだ、これからこのパーティがどの道をたどるかは、残された俺たちが決めることだ! ミユン! ……おい、ミユン!」

 ただひとり、知らない顔をして窓の外を眺めていた女性が居た。
 森の管理者サテモのミユン=アシュケンだ。彼女のとがった耳は遙か遠くの出来事を聞き、目の前の出来事のように知ることが出来る、《良き耳》と呼ばれる耳だ。

「お前なら、何か知ってるはずだろう……お願いだ、教えてくれ、あいつは、本当に魔王だったのか……! どうして俺たちを助けたんだ……! ただ味方のふりをして俺たちに取り入って、体よく利用していただけだったのか……!」

 ミユンは、長い耳をぴくぴくと動かして、困ったように首をかしげた。

「その質問に答えるのは難しいわ」
「そんな筈はないだろう……! お前は全てを見て知っているはずだ!」
「サージ、私にはこの戦いそのものが複雑すぎてわからないの。一体誰が魔王で、誰が勇者だったのか。私には魔王は何人もいたような気がするし、勇者だって何人もいたような気がするわ。そもそも魔王とは何なの? 勇者とは何なの?」

 ミユンの回答に、一同は息を呑んだ。サージはむしろ怒りさえした。

「ふざけんな……! 決まっている、魔族の王が魔王! 魔族を束ねる者だ! そして人間に害悪をなすそいつを征伐する代表が勇者だ、お前はそれを今まで知らずに戦ってたのかよ……!」

 憤慨する彼に対して、どうして怒りを買ってしまったのか、という複雑な面持ちをするミユンに、オルフェウスは優しく諭した。

「ミユン……今の私たちに必要なのは、サテモの哲学的な話じゃないんだ。彼が我々の敵だったのか、味方だったのかという、すごく単純な話だ」
「敵だったかもしれないし、味方だったかもしれません。どちらにもなれたかもしれないし……最初からそうなるように決まっていたのかもしれない。……結果として彼は魔王で、彼女は勇者になってしまったわけですが」

 ミユンの不思議な回答に、とうとうオルフェウスも困惑するような顔つきになってしまった。
 答えがいっこうに手に入らず、いったいどうしたものかと顔を見合わせる英雄達の間で、ミユンはふんと息を漏らした。

「単純に言い表すには、この戦いは複雑すぎるようです……なら、順を追って話しましょう、私たちと巡り会うより少し前の、《魔王ミュシャ》と《勇者エーサ》について」


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