MORPGとは、少数のプレイヤーが集まり、プレイする空間(部屋、ルームなどと呼ばれる)を作成し、一緒に遊ぶスタイルを有するオンラインゲームのこと。
MORPG
OLがブランドの紙袋を持っている。意外と硬いその角が腰に何度もぶつかる。
なにを入れてるのか分からない、若い男の膨らんだリュックが背中をギュウギュウと押してくる。
目の前には、でぶったサラリーマンのお腹が私のお腹とぶつかり合う。
電車の中の扇風機で長い黒髪が私の顔にビシビシと当たる。
混ざり合った汗の臭い。整髪料の独特の臭い、腋臭の臭い……ストレス! ストレス! ストレス!
たまに切れてしまって殺してやろうかと思ってしまうこともある。
なんで高学歴で美人の私が、こんな満員電車に乗らなきゃならないの? 週三日勤務でも我慢出来ない!
でも今は我慢我慢。離婚するにはお金が必要。仮面夫婦に終止符を打つ為に……。
山田朋子と拓也はもう5年くらい仮面夫婦を続けている。
一戸建てを購入した時から、関係がおかしくなってしまったのかも知れない。お互いの部屋を持つことができ、始めは嬉しかったが会話をすることがぐっと減ってしまった。
今では殆ど口を利かない。帰ってきたらすぐに部屋に篭る。
あっ。席が空いた。絶対に座ってやる。ちょっとでも立っているのは嫌!
男女の隙間に入り込んで長椅子に腰を掛けた。ラッキー。左右の男女が睨んでくる。
私が綺麗だからって、ジロジロ見られるのは嫌! こっちを見ないで!
「デブ」
男のほうがボソッと言った。女のほうは手が重いと、聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。二人ともまだ睨んでいる。
ウルサイ! ちょっとぐらい我慢しろ。私だっていつも我慢をしているんだ、家庭でも仕事でも! 電車ぐらい多めに見ろ! ちょっとくらいお肉が乗ったからってなんだ? 顔でカバーしているでしょうに?
センスが良く、皆にもてて、いつでも愛される、高学歴で美人の隣に座れて、ありがたいと思え。
両側二人とも立ち上がり、どこかへ行ってしまった。
ふぅ……。これで楽に座れる。
駅に着くまで両サイド誰も座らなかった。
いや狭すぎて座れなかったのかも知れない。いや、私が綺麗過ぎて誰も座れなかったのであろう。
どちらにしても今日は運が良かった。
そんな私が狙っている男がいる。
病院ではこの男だけが唯一の楽しみ。この人だけが私の働く励み。木下実だ。
すっとした綺麗な目、外人のような高い鼻、しなった弓のような眉毛、女性のような唇、整った顔立ち……事務員内だけではなく、看護婦からも人気が高い。
看護婦が事務内に立ち入るなと言いたいくらい、なにかにつけては入り込む。実を見たい為に。
仕事場に恋愛を持ち込むなんて、以っての外だ。私はそんな看護婦達を許さない。
実の為を思って私は、いつも厚い壁の役割をする。
信用できる女友達なんていない。ただ一人、恵美以外は。
恵美の事も始めは周りの看護婦達と同じだと思っていたが、物凄く暗い雰囲気を一時期、醸し出していたことがあった。心配になって、思わず話しかけてしまうくらいに。
食堂で話を聴いてみると、六年付き合った彼と別れたと言った。事情がわかり、私は自然と相談役になっていた。それからというもの私達は食堂で食事を取るのが日課になり、私の相談に乗って貰うことも多くなった。
仮面夫婦だという事、離婚したいと思っている事、木下実を気に入っている事、オンラインゲームに嵌っているという事……恵美は真面目に話を聴いてくれた。
病院の中では唯一、何でも話せる親友だ。特にオンラインゲームの話は沢山聴いて貰いたかった。リアルの人に。
え? リアルの人? それはそうでしょう?
オンラインゲーム……私が嵌っているのは、マジカルハンターというゲームなんだけど、チャットでしか色んな人達と話が出来ないから。
え? チャット? ゲームのキャラクターでお話をする機能よ。
相手の本当の顔が見えないから、ちょっぴり寂しい時もあるの。
現実の世界で、この話を出来るのは恵美だけだった。
もちろん夫に話をしたら馬鹿にされてしまう。
ネットゲームの世界は楽しい。オンラインとなると、殆ど男性ばかりの世界になっている。
選り取り見取りで、好みの男を探せるのも魅力の一つ。
可愛いキャラクターを作り、楽しい会話を繰り広げれば、たちまちもててしまう。
後は現実世界で出会うだけだ。
ただ……直ぐにでも会いたいのに、会えない人がいる。
ネット上では恋人で、同じギルド内の(好きな人同士で団体を作るゲーム仲間の事)ハンドルネーム元気。
元気の本名は白田元気。総合格闘技家でタレントでもある。
頻繁に出ているわけでもないが、名前を言えば、ああ、あの人ね! と誰でも思い浮かぶ芸能人だ。
ゲーム内のキャラクターも戦士で、話を聴いた時には笑ってしまった。
たくましい筋肉、格闘技と裏腹なインテリ眼鏡、戦闘モードの切れ長の眼、タレント業で見せるしわくちゃな笑顔、お洒落な会話……なにもかもタイプだった。
テレビでは去年離婚したと報じられていた。
寂しさもあったのか、ゲーム内で一番話が合う私に、会いたいと言ってきている。結婚していると承知の上で。
元気と話をしていると、気持ちが落ち着く。本当は会いたくてしょうがない。絶対に上手くいくに決まっている。
ただ、このまま会うのは虫が良すぎるから、離婚するまで待ってと言った。
この事もあって私は、離婚の準備を進めていた。
ウエディングドレスを着て、元気と二人、並んでテレビに映る私は凄く幸せなんだろうなと想像した。
あ……また妄想に浸る所だった。
油断すると看護婦達が実にすぐモーションをかける。
特にあの高松あみは強敵だ。
色白で清純そうな装いをしながら、アヒル口で可愛く、実に話を掛ける。
――あっ! 折りたたんだ手紙を渡している。
「ちょっと、なにをしているの? 高松さん? 毎度毎度貴方、ちゃんと仕事をしているの?」
「ちゃんと仕事していますよー? 今、木下さんとお話をしているので、あっちへ行って山田さんも仕事をしてくださいね?」
ソプラノの甘えた声で喋られると非常に腹が立つ。思わず白い紙を奪い取った。
「そうね、仕事に戻るわ! 貴方が戻ったらね! どれどれ? 19時頃、駅前のアマンドで待ってます? 仕事中に凄いわね! ナンパかしら?」
あみの肩がぷるぷると震えている。
事務内で人気ナンバー1の実ことだ。
パソコンのキーボードを打ちながら、仕事に没頭している女達が、聞き耳を立てているのが分かる。
「仕事に戻ります。またね木下さん!」
すれ違ったあみは、木下に聞こえないよう、ぼそりと呟いた。
「おばさんの僻みは醜いですよ」
なにを言っているのかしら? 中学も高校も大学もクラスで一番可愛かった私に。僻んでるのは貴方でしょうが。
「山田さん。気持ちは有難いけど自らの事ですし、自分でなんとかするから大丈夫ですよ。ご迷惑をお掛けしてすみません」
木下はニッコリと笑顔をこちらに向け、一番奥の人一倍大きな白い席に戻って行った。その微笑みに安心をし、席に着いた。
あの笑顔といい、迷惑をかけないように配慮をしてくれている……きっと私の事を好きなんだわ。
でも駄目。私には元気がいるから。木下は所詮お気に入り。早く帰ってゲームがしたい。
芸能人の元気は忙しさもあり、アクセスの時間帯がバラバラ。なるべく、いつでも会えるように待機していたい。
ただ私には週三日病院勤務の後にもう一つ、こなさなくてはならない仕事がある。
鬼のような義理母が押し付けてきた、義理父の介護だ。
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