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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

仲良し三人組はずっと一緒

作者: リック

 地球ではないどこかの星の、どこかの国の、小さな村の学校。六時間目終了のチャイムが鳴って、生徒達は思い思いに帰り支度を始める。仲良しの友達、通学路が同じ友達、一緒に帰る者同士が徐々に集まり、家路につく。ほとんどが同性同士で固まるが、このクラスには例外が一つだけあった。日常と化した、ある三人組のやり取り。


「レザードくん、サイスくん、待って」


 クラス一の美少女と噂されるエダ。彼女は二人の少年を追いかけていた。


「そんな慌てなくても大丈夫。ちゃんとエダのこと待ってますよ。ねえサイス?」

「レザードの言うとおり! 俺らがエダのこと置いてった事なんかあったか? なかったろ?」


 常に丁寧語で、見目にも育ちの良さが感じられるほうがレザード。平均的な容姿で砕けた口調なのがサイス。この三人はとても仲が良かった。下校時にも軽口を言い合いながら、三人で帰る。


「大体、エダは痩せる必要がないと思うんですよ。今だってむしろガリガリじゃないですか。僕は心配です」

「やっぱりお昼、あれっぽっちで足りてなかったんじゃないかー? 授業中お腹の音が聞こえてたぞ。支度に遅れたのだって、お腹へって集中できなかったんじゃ」

「二人とも失礼ねっ! 何かを成し遂げるのには犠牲がつきものなのよ! 私は絶対理想の体重になるんだから!」

「……女の体重への執念って怖いな」


 そんな事を話しながら、やがて三叉路に着く。三人の自宅はそれぞれの道の先にあるので、ここでお別れだ。


「じゃあね、レザードくん、サイスくん」

「それではまた明日、エダ、サイス」

「うんまた明日! エダ、レザード!」




 二人と別れた後、私はニコニコ顔をやめて仏頂面になる。だって、家に帰るのが嬉しくない。二人の家と離れてて良かったと心底思う。ほら、近所の人がまた噂話してる。


『ほら、一昨日と同じ服……』

『やっぱりね。あのお母さんだからねえ』


 家の中から聞こえないと思って人のことをあれこれ言う品性の無い大人達。大嫌い。無視して家に走り帰り、入ると青臭い空気が私を出迎える。


「……いらっしゃいませ。お邪魔します」


 仕方ない。自分の家だけど、お母さんの仕事場でもあるんだもの。


「あら、帰ったの」


 動じない全裸の母親の声。


「エダちゃんか。ちょうどいい、お茶くれや」


 ()である半脱ぎの男の声。


「今お持ちしますね」


 初めて見た時はあっけにとられるばかりで、思わず凝視して怒られたものだ。「ぼーっと突っ立ってないで、客に茶くらい出せ」 と。今では慣れたものだけど。……たまに近所の人に「気の毒に」 とか言われるけど、何がどう気の毒なの? 私が酷い事されてるわけでもないし。他の家庭なんか知らないから、私にはこれが普通なのに。


 お湯を沸かしていたら、母の仕事部屋から怒鳴り声が響き始めた。! 止めに行かなくちゃ。母の怒りの沸点は低い。


「高すぎだろ! 新品ならまだしも、使い古した中古にこの値段はねえよ!」

「言ったわねこのハゲ! 商売女としか経験無いような男が偉そうに語るんじゃないわよ!」


 また、仕事の値段で揉めているらしい。私は必死で母を宥める。


「落ち着いてよお母さん、家からお客さんが出るまでがお仕事でしょ」

「黙ってなさいよ! 私はあんたくらいの年からこれ一筋で生きてるのよ!」


 暗に、働けるくせに稼いでいないお前が言うなと、お母さんは私をなじっている。お母さんの一を言って十を(さと)れな教育のお陰で、私は空気ばかりを読む人間になった。


「……お母さんと比べてエダちゃんはほんっと可愛いなあ。俺、エダちゃんにならこの十倍は払ってもいいわ」

「え……えっと」

「あぁら、今の本当? 面白い発言ねえ。警察に言ったらどうなるかしら」


 自分の思い通りにならないと知った時は、とにかく相手を煽る。お母さんは無駄に敵を作る人だ。


「ハァ? 娘に嫉妬かよ。これだから婆さんは。帰るぜ。茶はいい。これ金な」


 男の人はお金を無造作に投げ捨てる。母への金ならこの扱いが妥当だろうとでも言いたげに、無遠慮に。


「いらないわよ! こんな汚い金!」


 お母さんは感情的になって、貰ったお金を男の人が出て行った玄関に投げつける。私は慌ててお金を集め、枚数を確認する。


「……これだけ?」


 思わずそんな言葉が出てしまった。


「ふん、文句はあの男に言いなさいよ」

「……」


 お母さんの言葉に押し黙る。でも……本当にこれだけなら。


「生活費……今月のどうするの? それだけじゃない。ここの家賃だって滞納して……」

「うるさいわねえ。困ってるのはあんた一人だから、エダ、あんたが何とかしたら?」


 お母さんは悪く言えば考え無し。良く言えば我が道を行く人でマイペースだ。そんなどうしようもない人だけど、それでも私の母だから放っておけない。仕方ない、食費をもっと切り詰めよう。また、レザードくんサイスくんに心配されちゃうかな……。


 こんこん。


 ノックの音に心臓が縮み上がる。このところずっとそうだ。家主さんだったら、今日の言い訳どうしよう。恐る恐る開けると、そこにいたのは……。


「二人とも! どうしたの……」


 レザードくんとサイスくんが、お鍋を抱えて立っていた。


「作りすぎちゃったんです。どうしようかと思ったら、エダの顔が浮かんで」

「俺も俺も! 今日は俺が食事当番で、残り物全部合わせて作ったら食いきれそうになくてさー」


 嘘だ。そんな都合よく二人同時に余らせるものか。お昼が少ないのを気にしてくれたんだろうけれど……。


「悪いよ……」


 まだ湯気が出てる鍋にお腹の音が鳴りそうなのを必死で抑える。……こんなの食べたって、私には代わりのものを用意できない。ただより高い物は無いんだから。


「でも、エダが食べてくれなかったら、これゴミ箱行きになっちゃうんです。今日は僕一人しか家にいないし……」

「エダ食べてくれないのー? あーこれ持って帰るの辛いなー。しんどいなー」


 じわっと、目に水が溜まる。私は、これほどまで私に気を遣ってくれる人間に、これまで会った事がない。


「そうですね、サイスの言うとおり、持って帰るのもちょっと大変なんですよね。……貰ってくれますね?」

「突然押しかけて押し付けて、俺ら最悪だなー。でもエダは優しいからなー」

「ばか……」


 レザードとサイスの鍋と皿を受け取る。それを見た二人は、にっこり笑って帰っていった。



 三人の中で、私だけが恥知らずな生き物だ。こんな境遇で、どの面さげていいお友達なんか出来るだろう。私は二人の優しさに甘えているだけなのだ。

 塩の味がするスープを食べながら思う。私は、二人のためならどんなことでも出来るだろう。






 三人の中で、僕だけが恥知らずな生き物だ。



 三叉路で別れてから、無言のまま家に入ろうとする。門番が敬礼で出迎え、開門して広い庭を歩き、広いばかりの家の玄関の扉を開ける。


「……フン。なら臓器を売れと伝えるのだな。もうあいつらにはそれしか残っていない」


 着くなり物騒な言葉で父が出迎えた。外には高級馬車と黒服の男達が止まっていた……何をするつもりなのか考えるまでもない。


「ああレザード、帰ったのか。一緒に居てやれなくてすまない。父はこれから仕事だ」

「はぁ……お気をつけて」


 父の後を黒服の男達が何人も追う。

 父は、この地域のマフィアのボスだった。

 この豪華な家は、人の血で出来ている。

 僕はなんて、恥ずかしい人間なんだろう。


「お帰りなさいませ坊ちゃま、これからのご予定ですが……」


 執事が出迎える。この道何十年のプロだけあって、隙の無い動作が逆に不気味だ。それに彼は僕に仕えているという訳ではなく、父の命令で僕に仕えているのだから、正直鬱陶しい。


「今日は自分で夕食を作る。毒見はされているな? 台所に誰も立ち入らせるなよ。それから、出来たら少し外へ行く。護衛をつけるなら目立たない人間で頼む」


 そう言って調理にとりかかる。……エダがお昼をほとんど食べていなかった。どうせ食材なら腐るほどあるんだ。友達のために使って何が悪い。



 三叉路まで行くと、サイスが皿を持って歩いていた。考えることは同じというわけか。


「レザード! お前も……だな?」

「サイスこそ。でも作っといてなんですけど、エダは受け取ってくれるでしょうか。変に思慮深いというか、遠慮するとこがありますからね」

「そんな難しく考えなくていいだろ。俺らは余りものをエダに押し付けにいく酷いやつらだぜ!」

「ハハッ、なるほど」



 サイスの機転で、エダは最後には快く受け取ってくれた。エダは感動していたみたいだけど、実情は違う。……エダみたいな人間すらも糧にして得た金で、買った食材達だ。それを知っても、エダは僕を友達だと思ってくれるんだろうか? 僕はただ、こんな人間でも良い事ができるって自己満足を得たかっただけなんだ。


 サイスと別れ、家に帰ると父が夕食に誘ってくれた。自分のために作ったんじゃないってばれてるな。エダに迷惑がいかないようにこの席で一度言っておかなくては。テーブルに向かい合って座り、食前の祈りを捧げる。


「神に感謝を……」


 そう言って十字を切る父は、とても信心深い人間に見えた。いや、信心深い人間なのかもしれない。これは僕が物心つく前から行っている習慣だからだ。他にも朝の礼拝や、亡くなったと聞く実母への祈りも毎晩かかさない。でも信心深さと残虐さが両立するものなかは、僕にはまだ分からない。


「学校はどうだね」

「ぼちぼちです」

「友人は?」

「同じクラスの、男一人と女一人が僕の大切な友人です。この業界とは無縁の二人です」


 父が二人に危害を加えるなら容赦しない。僕があの二人と仲がいいのは、あの二人が家の権勢に媚びへつらっているから、もしくは僕に逆らえないからと言うものもいるが、とんでもない誤解だ。


『はい、二人組み、もしくは三人組作ってねー』

『レザードくん一人だよ、どうする?』

『やめろよ、だって何かしくじったら腎臓抜かれるんだろ』

『心配しなくても平気じゃね? レザードって孤高キャラじゃん』


 孤高だろうがぼっちなのに変わりない。惨めさをこらえ一人で柔軟体操を始めようとしたら、二人がやってきたのだ。


『ねえ、よければ私たちと交代で柔軟しない?』

『やっぱ女の子といつも一緒なのはよくないと思って。女子のほうが人数多いんだけどさ。お前、ちょっと変わってくれよ』


 例えあれが計算だとしても、僕はあの時のことを一生忘れないだろう。だから、絶対に二人を守る。父を睨みつける。


「心配しなくても一般人には手出しはせんよ。まあ、向こうからかかってきたり、何かしらの利害があるなら話は別だがね。……そう母譲りの顔を歪ませるな」


 だから信用ならないんだと思いつつ、言質はとったから夕食をさっさと終え、自室へ戻る。広く綺麗な部屋に息がつまりそうになり、防弾ガラスの窓のカーテンを開ける。星が見えた。……眼下には警護中の人間も。そのまま視線をすべらせると、遠くのほうにこちらを窺う人間の姿が見えた。

 狙われるのは初めてではない。あんな父の息子というだけで十分だ。向こうは見えないと思っているかもしれないが、僕は母譲りで目がいい。観察していると、不意にぎょっとする。


 あいつ、亡くなった母さんに似てる? もう少し観察しようとすると、男はこちらに気づいたのか消えた。……何だったんだ。

 机の上の写真立てを見る。若い頃の母が笑っていた。父いわく、事故死だったらしい。それ以外は語ろうとしないのだから、言いにくいこと……自分の職業に巻き込まれて死んだのかもしれない。どうも、自分が生まれた直後くらいの出来事らしい。だから僕は母を知らない。あんな父を本当に愛していたのかも。でも、毎晩母の写真に祈る父を見る限り、父は本当に母を愛していたのは確実だ。きっと母も……そう思っている。

 だから、母の面影がある男というのが気にかかったが、世の中には似ている人間が三人はいるというのだし、そういうこともあるのだろうと忘れることにした。目を逸らしたとも言う。





「うんまた明日! エダ、レザード!」


 二人と別れて自分の家路につく。ただいまと言って玄関を開けたら、母がお帰りと出迎えた。


「母ちゃん、今日の食事当番は俺だよな。今から作っちゃうよ」

「あらあ。もう?」

「ほ、ほら、この前安売りだからっていっぱい食材買ったじゃん! 痛みかけてるのもあるから今日まとめて使っちゃうよ!」

「エダちゃんのところに持っていくの?」

「え、その……」

「そんな。べつにいいわよ。エダちゃんならね。そうそう。体操着乾いたわよ。明日使うんでしょう?」

「う、うん」


 普通の家庭。普通の家。そのはずだ。



 でも、何故か俺は、自分の母が怖い。怖いのだ。時折、どうしようもなく怯えてしまう。原因は……母はよく言った。「付き合う人は選べ」 と。俺が近所の子と仲良くなると、母はよく止めた。「よしなさい」 と。理由は今でも良く分からない。そして最近、俺がエダやレザードと仲良くなっているのを知った母は言った。「あの二人ならいいわよ」 ……何が?


 二人は隠してるつもりかもしれないけど、レザードの権力もエダの貧窮っぷりも、黙ってても伝わってきている。俺は、あの二人よかずっと恵まれているのは当然としてい、普通の家庭ならむしろ近付けさせまいとすると思うのだが。


 ……いや、きっと俺みたいな恵まれたやつは、恵まれない人間の力になってやるべきという母の崇高な考えなのかもしれない。きっとそうだ。それ以外に何かあるか? 母は女手一つで俺を不自由なく育て上げた立派な人だ。


「サイス?」


 母の柔和な笑みが現実に引き戻す。


「うん。俺、エダんち行くから……」

「いってらっしゃい。絶対(・・)帰ってくるのよ?」

「うん……」


 どうして俺は、母を怖いと思うのだろう? 恵まれているように見えて、俺は最低の人間だ。自嘲じゃない。レザード、エダ。本当は俺こそが恥知らずな人間なんだ。




 そんな、歪みを抱えた日常ながらも、三人は毎日を謳歌していた。



 そして、崩壊はいつも突然にやってくるのだ。始まりはエダからだった。



「逃げるよエダ」

「何……? どうしたのお母さん」

「大家が取り立てのプロ雇ったってさ。数ヶ月滞納してたからしゃーないね。金なんて当然ないから、ずらかるまでさ。今なら誰もいない。酷い目に合いたくないなら荷物まとめな」


 頭が真っ白になった。逃げる? 今すぐ?


「ま、待ってよお母さん。お願い、友達に別れくらい言わせて」

「はあ? そんな挨拶が何の金になるのさ。いいから行くよ!」

「いや! 黙って行くくらいなら私残る! 二人と離れるなんていやあ!」


 従順な娘のいつになく反抗する様子に、さすがの母も舌打ちしながら代替案を出した。


「だったら、金をつくるんだね。『今日はこれだけ、後は明日』 とか言ってまとまった金出せば、少しだけなら余裕が出来るだろうさ。少しならね」


 ただでさえ切り詰めた生活してるのに、そんなお金なんかあるはずもない。でもそれをしなければ、友達に、二人に、レザードとサイスに……。


『俺、エダちゃんにならこの十倍は払ってもいいわ』


 頭にあの男の声が蘇る。職場は確か……。大丈夫。怖くない。二人のためなら、私なんだって出来るのよ。





 酷い体験だった。若くて可愛い子が自分から迫ってきてひゃっほーと思ったら、最中にずっと薄ら笑いをしていた。不気味だ。ムードも何もあったものじゃない。母親はともかく、娘にはいくらか同情していたから、金ははずんでやったが……。紫煙を吐き出しながら思う。エダは長生き出来ないなと。







 家に警察が怒鳴り込んできた。またかと思う。今度はどんな罪状だろうか。どうせちょっと父がもみ消して、ちょっと地位が高めくらいの人の首が飛ぶくらいで終わるんだろう。しかし、今回は様子が違った。


「ヴィド・シェリヌ氏ですな」


 大抵は興奮状態の警察だが、今回はやたらと沈痛な面持ちで父の名前を言う。


「いかにも。それで? 私に何の用ですかな」

「婦女暴行と過失致死の容疑で、貴方を逮捕する。そして……」


 罪状を述べる人はちらりと僕を見る。……僕はまだ父の仕事に携わってないのだが。


「レザード・シェリヌくん。君に……遺体損壊の容疑がかかっている」

「は?」


 全く見に覚えがない。そんなこと体験したら絶対忘れないだろう。この警察の人は呆けているのか?


「いや、確かに君自身に何の責任もない。ただ……」

「いいや、そいつは生まれながら呪われている!」


 警察の人が群がった応接間の一室に突如入り込んできた男。あれは……母に似ていると思った男。


「何をぬくぬくと生きている! お前はな、ヴィドがストーカーした挙句殺して、その少女の遺体に手術を施して生まれた人間なんだよ! やっと当時の闇医者を捕まえた……今度はお前らの番だ!」

「え……」

「許せねえ! 妹を……死んでからも辱めやがって……」

「妹? 母が貴方の……じゃあ貴方は僕の伯父……」


 目を吊り上げ彼はその言葉を拒否した。


「地獄に落ちろお前は人間じゃない! 人間に似た何かだ! 神の意思に反して生まれたお前が人間ぶるな!」






「サイス、明日はちょっと人が来るから、早目に帰ってきなさい」

「え? うん」


 帰宅するなり母は言った。人か。そういえば、母の親戚ってあんまり見ないな。以前会ったことはあるけど、なんだか、自分を怖がっているように見えた。以来、来ると分かれば逃げるようにレザードの家や、エダを誘って公園などに行った。今までそれを咎められたことはなかった。でも、今回は違うのか。

 その夜中、なんだか寝付けなくて、水を飲みに台所に向かった。途中の廊下で、母が誰かと電話していた。


「約束通り、一億よ。あんな人外をここまで育ててやったんだから」


「生活費は支給されていたですって? 馬鹿言わないで。子供はすぐあれがほしいこれがほしいって散在させるじゃない」


「分かったわよ。明日ね。とっとと引き取りに来てちょうだい。これでようやく独身に戻れるわ」



 チン……と電話を置く音がやけに遠く聞こえた。振り返った母は俺がいたのに気づいて少し驚いたようだが、すぐににっこり笑って言った。


「どうしたの? お腹すいた?」

「母さん……俺、人外なの?」


 一番気になっていたところだ。あの電話、まるで俺が人間じゃないみたいだった。母さん、いつもみたいに笑って否定してくれ。


「ああ……聞いてたの。そうよ。あんたの遺伝子は半分人間のものじゃないんですって。宇宙人なのかそのハーフなのか知らないけど、物騒ねえ。拾ってからの検診後にお偉いさんに呼び出されてびっくりしたわ。でもその時には戸籍とか作っちゃったからね。しょうがなく表向き私の子として育てて、そこそこの年になったら家出したってことで引き取ろうってね。大丈夫よ。何も死ぬようなことはしないでしょ。研究止まっちゃうし」


 後ろを振り返らずに走り出した。


「ちょっとどこ行くの……親不孝者! やっぱり宇宙人だわ、あんなに優しく育ててやったのに! くそったれ、かけた金くらい返して消えやがれ!」




 無我夢中で走って、あの三叉路に辿り着いた。そこには……。


「レザード? エダ?」


 どこか不恰好なよそおいのエダと、心ここにあらずなレザードがいた。


「あら? 奇遇ね。私も二人に会おうとして……あの」

「僕も……二人に言わなくちゃいけないことが……」

「お、俺も……」



「「「ごめんなさい、このままでいられない」」」


 言った途端、三人全員がぽかーんとした。そして事情を聞いて、お互いを思いやる。


「そんなのレザードくんの責任じゃないよ。サイスくんだって、何者だろうとまず私の友達だよ」

「エダ、僕達に挨拶するためにだけにそんな事までして……健気とは君のためにあるんでしょう。サイス、僕達は何があろうとも友達です」

「エダ、エダは俺の大切な友人だ。それは絶対変わらない。エダのやったことでエダの価値が下がるなんてこと絶対にない。レザード、生まれなんて……関係ない」


 そんな言葉を口にしながらも、それが欺瞞であると全員が悟っていた。偉そうなことを言うには、それだけの資質がなければ、ただの偽善なのだから。子供が社会を語るのは難しい。肉を食べながら動物愛護を唱える姿は白ける。何もしないくせに口だけ出すのは誰からも嫌われる。そういう事だ。自分達は、まともな人間の基盤を失った。そんな自分達がまとな人間と評するなんて、滑稽すぎて涙が出る。


「逃げよう」


 そう言ったのは、比較的冷静なレザードだった。


「ここに居たら、エダは取立て屋に追われる。サイスも国の人がまもなく来てしまう。どこか遠くに逃げて、三人で暮らそう」


 全員が賛成した。それが一番、前向きだったからだ。




 夜の山を登る。ここが一番人目につかない。


「私、ここでよく山菜取ってたから暗くても分かるわ。ここの獣道を抜けると、崖が合って、そのまま海岸線に沿って行くと隣町よ」

「エダはしっかり者ですね。こんな道、大人でも思いつきませんよ」

「庶民の知恵ってやつです!」


 二人が楽しく笑う姿に、サイスは憂い顔だった。


――エダもレザードも、所詮は人間の範疇だ――

――でも俺は違う――

――俺といたら、二人もいつか妙な実験に巻き込まれるかも……――

――いや、一緒にいたことで既に目を付けられたりしていたら……――


 自然と距離を取ってしまう。それが命運を分けた。月明かりにきらりと光る刃物。


 銃だ。狙われているのは……。突き飛ばして、レザードの代わりに攻撃を食らう。


「きゃあああああああああああああああああああああ!!!!!」


 夜の山に悲鳴が響き渡る。サイスが刺されたところを見たエダが我を忘れたのだ。


「ちっなんて事を。死体だと半額になるじゃねえか」

「貴方は……」


 レザードは夜目がきく。その男は、母の兄を名乗る男に良く似ていた。


「娘の仇! あの男の血脈など途絶えてしまえ!」


 男はサイスに刺さった刃物を放置し、予備の刃物で再びレザードを狙う。その際、突進するために屈んでしまった。それをエダは見逃さなかった。


 絶叫した後、幾分冷静になったエダは、レザードにも悲劇が襲うのかと正気に戻り、下を見ると拳ほどの大きさの石があったのに気づいた。男は攻撃の態勢をとっている。猶予はない。

 力の限り殴りつける。


「ガッ……」

「人殺し!」


 動きがとまったのを確認して、ほぼ無意識的に二打目にいく。


「や、やめ……」

「人外ですって! 友達を殺して売ろうとしてるあんた達のがよっぽど人でなしだわ!」


 三打目。


「なんで……無関係……」


 これほど人を憎らしく思ったのは初めてだった。




 ふと気がつくと、静かだった。男は倒れて動かない。まず脅威が去ったと安心し、被害者であるサイスを見る。サイスはレザードに抱きかかえられ呻いてていた。詳しい状況を確認して、絶望する。刃物は、喉に刺さっていた。


「苦しい……抜いて……」

「だ、だめだ。急に抜くのは危ない」

「さ、サイスく……びょ、病院……」

「どこへ? 捕まってしまう。そうしたら……」


 おろおろするしか出来ない子供に、現実は残酷だった。サイスは激痛を訴え続ける。


「くるし……くるしい……」


 目の前がぐるぐる回っている。僕は……僕は……。サイスの刃物を引き抜いた。


「ありがとう……二人とも……無事で……」



 残された二人は呆然とした。エダは、「これって、レザードくんがサイスくんを殺したってことになるの?」 と思ったりもした。そこで、自分がさきほど何をしたのか思い出す。手の中を確認すると、血の付着した石がまだ握られていた。


「いやあ!!!」


 恐怖してその辺に投げ捨てる。じわじわと恐怖がエダを支配する。ちらりと見た刃物男はピクリとも動かない。でもそれよりも、動かないサイスの姿を見て、悲しみが恐怖を忘れさせた。そして動揺しているレザードの姿にも。


「殺し……僕が……サイスを……」

「レザードくんの責任じゃないよ……」


 二番煎じの台詞しか言えなかった。しばらくうわ言を呟いていたレザードは、不意にサイスをおんぶして立ち上がると、獣道に目を向けた。


「こっち行くと崖でしたね」

「う、うん……そうだけど……」


 落ち着いたように見えるけど、それでもいつもと違う。何をするつもりなの?

 レザードはそのまま崖のふちまで歩いて、振り返ってエダに言う。


「エダ、君は逃げて。大丈夫。君は綺麗で優しいから、いつか素敵な人にめぐり合える」

「ちょ、ちょっと……レザードくんは……どうするつもりなの?」


 笑っているけど、目が正気じゃない。


「僕の因縁がサイスを殺しました。そしてサイスは殺されても、安らかな眠りにつけない。このままでは死体が汚される。僕、死んでサイスに謝ろうと思います。水死体は醜いって言うし、二人もいたらそれだけ欺ける可能性が……」


 死ぬつもりなんだ。そう確信した。そうしたら、いつもの台詞が口から出ていた。


「レザードくん、サイスくん、待って……」


 意図を察したレザードは、少しだけ迷った。けれど、すぐいつものように言った。


「そんな慌てなくても大丈夫。ちゃんとエダのこと待ってますよ。ねえサイス?」

『レザードの言うとおり! 俺らがエダのこと置いてった事なんかあったか? なかったろ?』


 サイスも、笑った気がした。

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