家の外でカタン、という音がした。
お父さんが帰ってきたのか、それともコナン君か、と思いながらドアを開けると、そこには誰もいなくて、
思わず下を覗き込むと、郵便配達の人がポストに郵便物を入れている所だった。
そのままドアを閉めようか迷ったが、その間に郵便配達の人と目が合って、慌てて下に駆け下りた。
「あ、直接持って行きますよ」
今日は珍しく郵便物が多く、その人もポストに入れるのに苦労していたようだったので、
残りは手渡しで受け取ると、郵便配達の人はバイクで去っていった。
「凄い量…何があったの、これ?」
10通は超えているであろうその手紙の山を抱えながら、不審そうにひとつひとつ覗き込んでいた。
事務所に入ってからも、差出人の住所や名前を見て誰から来たものなのか全て確認していた。
「えっと…講演会の依頼に電器屋に携帯に……
私宛?この大学は行く気ないのに何でいつも送ってくるんだろ…」
ひとりで呟きながらひとつずつ差出人が誰なのかを確認していく。
その時、おかしな手紙があるのを見つけた。
子どもの文字で住所と名前が書かれている。だけど、その文字に見覚えがあるような気がした。
よく見ると、封筒にも見覚えがあるような…
それは最後に確認した手紙で、自分宛のものだった。
「私…から?」
差出人の名前には確かに「毛利らん」と書かれてあった。
どうして自分から手紙が届くのか戸惑いながらその手紙を眺めていると、
ようやくそれが何なのかを思い出した。
「思い出した…これ、あの時の……」
自分から届いた手紙、差出人の幼い文字、そしてこの封筒――
「10年前の…」
*-*-*-*-*-*-*-*-*
「ねえねえ、新一はどんなこと書くの?」
その日の帰り道。今日の話題はずっとそのことで持ち切りだ。
担任がそれを告げてから、休み時間、給食の時間、そして帰り道の今でも――
「オレは特に何も…」
「ええ?!書かないの?だって、“未来の自分”に送る手紙だよ?
どんなこと書こうかな…やっぱり、未来のこととか、10年後は何してる?とか…」
――未来の自分に手紙を書こう――
それが、今朝、担任の口から告げられた。
当然のように、子どもたちは「それ何なの?」などと、周りの友達に尋ねる。
今までにも授業や友達と「夢」について話すことはあったが、
未来の自分に手紙を書く、なんてどういうことかすぐには分からない。
「皆、10年後の自分が何をしているのか気にならない?」
担任がそれを言った瞬間から、教室のあちこちから「気になるね」という声が聞こえてきた。
「10年後の自分は何をしているのか、とか、
今なりたいと思っている夢は叶えられているか、とかを書いてみたり…
これを絶対に書かなくちゃならないって言う決まりはないから何でもいいのよ」
担任が言うには、10年後の自分に向けての手紙を書いて、それを郵便局に保管してもらい、
10年経ったらそれを自分のもとに届けてくれる、というものだそうだ。
何でも、10年後の自分に手紙を出すのは近所の郵便局が企画したもので、
他の学校も交えて合同でそれを行うことになったので、実現したものらしい。
それを担任が簡単に説明した後、皆は納得したようで、来週までに家で書いてくることになった、ということだ。
「新一は、大きくなったら何になりたいの?」
にっこり笑いながらそう尋ねると、新一は一瞬、困ったような顔をしていたが、
隠すわけでもなく、すぐに口を開いた。
「オレは、『名探偵』になる!」
「メイ、タンテイ…?」
『メイタンテイ』という言葉の意味がよく分からなくて、首を傾げた。
どんなことをするのかな?それって楽しいのかな?
「ねえ、『メイタンテイ』って何?」
「め、名探偵って言うのは…殺人事件とかを解決する人のことだよ」
「ふうん…でもそれって刑事さんもやってるよ?うちのお父さんとか…」
「刑事じゃなくて、オレは名探偵になるんだ。絶対に。蘭は?」
「わ、私…?」
ようやく『メイタンテイ』と言うものがどんなことをするのか分かった所で、
自分の夢を聞かれて、少しだけ戸惑った。
こういうことって聞かれたら、答えるのに躊躇ってしまうものなのだろうか。
「私はねえ…お花屋さんとか、動物のお世話をする人とか、
幼稚園や学校の先生とか…他にもたくさんあるよ」
指折り数えながらあれもこれも…といくつもの「夢」を挙げる。
「そのこと書くんだろ?『その夢は叶ってますか?』って…」
「そうだよ!新一は書かないの?」
数える手を止めて、また新一に尋ねた。
「オレは…どうしようかな」
「書こうよ!10年後の自分って何してるんだろうなあ…」
まだまだ遠くにある「未来」を浮かべて、わくわくしながら話していた。
*-*-*-*-*-*-*-*-*
10年前の記憶が一気に蘇った。
今まですっかり忘れていた…こんな大事な手紙なのに。
7歳の自分が、17歳の自分に向けて書いた手紙――
7歳の女の子が選んだようには思えないシンプルな水色の封筒を
できるだけ切らないようにはさみで少しだけ切って、中を開けようとした。
どう考えても7歳が選んだように見えない封筒はきっと、
17歳という年齢に対して「大人」のイメージを抱いていたからだろう。
この頃持っていたレターセットなんて、絶対に可愛いキャラクターが描かれているようなものしかなかった。
でも17歳の自分にはそれは使えない、と子どもなりにそう感じていたのかもしれない。
はさみで切るまでは、すぐだった。
何の躊躇いもなく、早く中が見たい、と思っていた。
しかし、開けてしまうと、それを読む勇気が出ない。
自分のものなんだから、それを読むことに何の問題もないはずなのに。
「…よし!」
そう言うと、大きく深呼吸をして、中の便箋を取り出した。
どこか緊張しているのは、気のせいだろうか。
心臓の鼓動が早くなる。
二つ折りにされているそれをそっと開いた。
――17さいのわたしへ
こんにちは、わたしはいま、7さいです。
10ねんごのわたしは17さいです。げんきですか?
わたしはいつもげんきに学校にいってます。
わたしには、大きくなったらなりたいものがあります。
それは、お花やさんや、どうぶつのおせわをする人とか、
ようちえんや学校の先生です。
17さいのわたしも、お花やさんか、どうぶつのおせわをする人か、
ようちえんや学校の先生になりたいですか?
なっていたらいいなあ。
ぜったいになっていてね。
7さいのらんより――
その手紙の右隅には、小さな桜の木が描かれてある。
満開に咲いている桜で、風に花びらがふわふわと舞っている。
そして紙の上には、綺麗な青空が広がっている。
所々、白い雲があるが、晴れた空がそこに描かれていた。
それを読んでいる途中で、文字が霞んで、見えなくなった。
熱いものが込み上げてくるのが分かったので、
この手紙だけは濡らさないようにテーブルの上に置いた。
ぽたぽたと流れ出る涙が溢れて、止まらなかった。
短い文章、まだまだ書き慣れていない文字、
それでも一生懸命気持ちを込めて書いた手紙――
「未来」の自分がどうなっているのか想像しながら書いている
幼い頃の自分の姿が浮かぶようだった。
「未来……」
「17歳の私」はいつ、この言葉の響きを忘れてしまったのだろう。
「7歳の私」にとっては、「将来」ではなく、「未来」なのだ。
同じようで全く違うそのふたつの言葉の持つ意味に圧倒されそうだった。
忘れていたものを、7歳の自分が教えてくれた。
例え、それが「叶わない夢」であっても、
7歳の自分と17歳の自分が抱いている夢は違っていても、
それは忘れることはないだろう。
「あなたが抱いていた夢、叶えられなくても
今の私が抱いている夢は絶対に叶えてみせるからね…」
そっと、手紙に向かって誓った。
今だけ過去の自分と繋がっているような気がしていた。
「10年前の空はこんな色だったのかな…」
封筒と中の便箋の上に描かれてある空の色が、偶然、今日の空の色と一致しているようだった。
|