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嘘斬り姫と不死の怪物 作者:Hiro

嘘斬り姫

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第一章 三話d

「なぁスミよ。不幸になるってどういうことだと思う?」
 泣き疲れ、眠ってしまったアヴェニールを脇に、トールがスミに尋ねる。
 結局、目の不自由な彼女はひとりでは、なれぬ屋敷から出ることも叶わなかった。
 スミは念動力を使い、そんな彼女に毛布をかける。彼女の指摘したとおり、スミはアヴェニールをベッドに運ぶのに、直接身体には触れてはいない。
「どう…と聞かれても、そのままだろう。被害を受けたおまえのほうがわかるのではないか?」
「不幸って言い方じゃ、定義が曖昧すぎる。具体的にこいつに触ったせいで何か起きてるのか?」
「そりゃ、起きているだろう? 不幸というよりは不運なことだがな」
「俺が受けたのは、川に落ちたところをロリコーンに顔を踏み抜かれたのと、寝ぼけたアホ娘に絞め殺されそうになったのと、地中にあった殺人蜂の巣を踏み抜いただけだ」
 トールの言に人ごとながら、ずいぶんと酷い目に遭っているとスミは考える。確かにそれに遭遇したトールは不幸だろう。どれも彼でなければ死んでもおかしくはない出来事だ。そんなことが一日、二日で連続して起こったを考えればたしかに不自然なことだった。
「確かなのは、三件ともあいつに触れてから起こったってことだ。だが、あいつに触ることと、出来事に対する因果関係はまったくもってない」
「つまり彼女の被害妄想だと?」
 トールの分析にスミが問いかける。
「わからん、だから少し考えてみようぜ。第一にこれら三つの出来事に共通点はあるか?」
「どれもきっかけはおまえの浅慮な行動から始まってるな。あるいは意識散漫になった時に発生した事故だ。ならば自業自得、悪因悪果、因果応報だな」
 都合の悪い指摘を無視してトールは続ける。
「一見すると、すべてのことが偶然起こった出来事だが、こんな偶然がいくらなんでも短期間で続きすぎだ。どれもオデ様ほどの英傑が死に貧するような大事故だぞ。いくらなんでも簡単に偶然なんて割り切れん」
「では、おまえはアヴェニールの言うとおり、彼女に触れると呪われるとでも思っているのか? 確かに普通の人間よりも魔力が多いようだが、魔法的な力が発動している様子はないぞ」
 自らも魔法を扱うスミが、アヴェニールを見つめ鑑定する。
「確かに魔法が働いている様子はない。当然魔術もだ。だが、だからと言って何もないと結論づけるには早いだろ。俺たちだって森羅万象を網羅しているわけじゃない」
「あぁ、そうだったな」
 トールの言葉にスミが意味ありげに頷く。
「少し起こったことを洗い直してみようぜ」
 その言葉にスミも賛同する。
「一件目の川に落ちた件はオデ様のミスであることを認めよう。
 オデ様が気付いた限りではこいつはなにもしちゃいない。そもそも自らを巻き添えにしてまで、俺を殺そうとする理由は薄弱だな」
「あの速度でよそ見をしたのだ。川に落ちなくても、木に激突していた可能性は高いな。あの時起きたトラブルはある意味は必然だ。むしろ川に落ちたことで、被害は軽減されたとも言える。もしおまえと木の間に彼女が挟まったら助からなかったろう」
 ふたりを救助した様子を思い出しながらスミが応える。
「二件目のこいつに絞め殺された件は……こいつが直接絞め殺そうとしたかどうかはともかく、オデ様でも忘れかけてた魔具をこいつが意図的に自分に渡すように仕向けることはできるか?」
「それは無理だろう。おまえがどんな道具を所持しているかは私にもわからん。だが彼女に触れたのは魔具を渡してからなんだろう?」
「そういえば、そうだったな。指輪をつけるときに触ってから、蛇の姿ですり寄られたんだった。そう考えればその件に関しては、こいつが思いどおりに動いた可能性があるのか。なんつうか本能のままに動いてたようにも思えたが、実際はどうだったのか、わかんねーしな」
「ふむ」
 現場に居合わせなかったスミはそれに適当に頷くにすませた。
「そして問題の三件目だ。コレが一番不可解だな。前の二つは俺たちの目を盗んで何かをした可能性が残っている。だが、今度のは現場にこいつはいなかったわけだし、そもそも殺人蜂の巣なんて知るわけもない」
「確かにそうだな。三件目については事故としか言いようがない」
 こうして思い直しても、二件目の事例以外は偶然としか思えはしない。
「とりあえず、あいつが意図的に不幸を振りまいているわけじゃないってのは確定だろう」
「そもそも、そんなことをする理由はないだろう」
「それに関しては、ないこともない。例えば、自分に触れれば痛い目に遭うと相手に思わせておけば、それだけで女としての身を守ることができるからな」
「なるほど言われてみればそうだな。自らが不幸を起こさずとも、不幸に自分が関わりあると演出するだけでも効果はあるわけか」
 トールの説明にスミは面長な顔を小さく動かし同意する。
「だが偶然っつうには、あまりに珍しいことが重なり過ぎてる。それでも呪いと言い切るには根拠が不足してる」
「三度死にかけたくらいでは足りぬか?」
 珍しく冗談めかしてスミが尋ねる。
「先に警告されて、死にかけたなら信じたかもしれねーな。だが事件が起こってから後出しの予言を聞いても信じる根拠にゃならねー。あいつが起きたことを自分に都合の良いように解釈してるって考えるのが自然だ」
「何度も繰り返すようだが、偶然が三度も続くものか? 彼女が言ったように、触れたおまえだけが被害に遭い続けているんだぞ」
「そもそも触った連中がいちいち死んでたら、こいつのまわり死人だらけだろ。こいつは生活無能力者なんだから、他者と触れずに生活できるわけがない。しかもこの森まで旅までしてきたんだぞ」
「そうだな。そういえば、彼女がその灰色の森に来た経緯を聞いてなかったな」
「それは近道でも企んだんじゃねぇか? 大陸のほぼ中央にこの森が陣取ってるせいで、いまだに遠回りになってる街道があるんだろ」
 彼女の事情をトールはおおざっぱに推測する。
「で、彼女の世話をする者の話だが……」
「案外こいつが気付いてなかっただけで、みんな死んでたりしてな」
 その冗談をスミは笑い飛ばすことはできなかった。
「呪いを否定するのならスミ、おまえも触ってみるか?」
 トールに言われ考えてみる。
 アヴェニールに触れることで呪われるとは信じがたい。ベッドで寝息をたてる姿は、ただの赤い髪の少女だ。
 しかし、彼女に触れたトールが、その後何度も死ぬような目に遭ったことを思い起こせば、慎重にならざるをえない。
「なら俺が試す。二度あることは三度ある。だが四度あればもうこれは必然……だろ?」
「どうして、そこまでする?」
 自らを使って真実を究明しようとするトールに、スミは動機を尋ねた。
「決まっている。落ちぶれたとは言え、魔術王と称え恐れられたこのオデ様が、こんな小娘のわけのわからん体質ひとつでオタオタできるか。プライドの問題だ」
 そう宣言すると、アヴェニールにかけられた毛布を乱暴に剥がす。
 大きなシャツをあまらせた小柄な身体がベッドに横たわっている。閉ざされた少女の目元にはまだ乾ききらぬ涙が残っていた。
「(とても死を振りまくような力を、身に宿しているとは思えんな)」
 トールが緊張からか、唾を飲み込む。スミもそれにつられた。
 トールがアヴェニールへと手を伸ばす。少女の細身はトールのいかつい腕で触れば、折れてしまいそうな細い。
 トールは服の上から彼女に触れると、その手を丹念に動かし始めた。

 もみもみもみもみ。

 ……………………。

 もみもみもみもみ。

「なにをしとるかー!」
 真剣な顔でアヴェニールの胸をもむトールを、スミは強靱な後ろ足で蹴り飛ばす。
「ぎょえっふ、きっ、効いたぜ……これでこいつの呪いは証明…された」
 泡を吹いて倒れるトールに、止めを刺すべきか本気で悩むスミであった。
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