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嘘斬り姫と不死の怪物 作者:Hiro

嘘斬り姫

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第一章 八話

「お迎えにあがりました。嘘斬り姫」
「誰!?」
 不意に響いた抑揚のない声にアヴェニールが緊張する。
 灰色の森には多くの魔物がいるが人間はいない。とすれば、いま自分に声を掛けているものはトールたちと同じく人間の言葉をしゃべる魔物。そう考えたからだ。
「私はレーヴェストと申します」
 侵入者が目の見えぬアヴェニールを相手に膝をつき一礼する。
 頭を覆うフードの下からダークアッシュの髪が見え隠れし、顔は黒塗りの仮面で隠されている。アヴェニールにその姿は見ることができないが、仮面越しのくぐもった声が違和感を与えていた。
 外套をまとった身体は細くやや小柄である。外套の下に鎧はつけておらず、包帯のような布をまばらに巻き、その隙間から覗ける肌は濃い褐色であった。
 腰に剣を二振り帯びているが、不思議なことにその一方には刀身がついていない。
「人間?」
 名乗るレーヴェストにアヴェニールが確認する。
「なるほど、ここは魔物だけが巣くう森。ご不安に思わせたなら謝りましょう。私は人間です」
「別にちょっと驚いただけよ。あんたを怖がったわけじゃないわ。ところで、最初に言った嘘斬り姫ってのはなに?」
 言葉とは裏腹に、相手が人間であることに気を緩めたアヴェニールが質問を重ねる。
「こちらも存じませんでしたか、失礼。あなたのことは歌になり、国境を越え人々に伝わっているのですよ。ショウの街にはどんな嘘もたちどころに見抜き切り捨てる、紅い髪のお姫様がいると」
「私はお姫様なんかじゃないわ」
「もちろん調べてあります。商人の娘でしたね」
 調べる。その言葉が彼女の心にさざなみを作った。何のためにこの人物は自分のことを調べたのだろうかと。
「それでレーヴェストさんがどうして灰色の森まで私を捜しにきたの?」
「もちろんあなたの救出です。あなたは果敢にも魔物が巣くう灰色の森を渡って移動しようとした。浅い場所を短時間でぬけるならば、灰色の森であろうとそれほど危険ではありません。ですが予定の日になっても、次の村に訪れないことを心配したのです」
 レーヴェストの言うことに嘘はない。なのにその答えにアヴェニールは納得できず、より慎重に質問を重ねた。
「ねぇ、誰が私の心配をして、誰があなたを派遣したの?」
「……あなたの父上です」
ダウト
 そこで、ふたりのやりとりが途切れた。
「やはり嘘は通じませんか」
 諦めたように使者は自らの嘘を認める。
「レーヴェストって言ったわね。あんたいったい何者? わざわざこんなところまで私みたいな小娘を探しにくるなんて」
「さきほどの言葉通りです。あなたの父上に頼まれたというのは偽りですが、それ以外に嘘はありません」
「それじゃどうして、父さんからなんて嘘をついたの?」
「言葉に窮してですね。なるべく早くこの場を去り、詳細については一息つける場所で、と考えていたのです」
 その言葉に嘘がないことを噛みしめる。されど、嘘がないからといって彼が口にした事が物事の全てではないと、たったいま証明されたばかりだ。アヴェニールはその言葉を丹念に検証する。
「あなたとて、この森を出ることに異存はないのでしょう? なによりこの森には危険が多い。なにか起こる前に私としてはあなたを連れ帰りたいのですが」
「そんなことはないわ、ここにいれば安全よ。あせる必要なんてない」
 トールが彼女をひとりで置いていった以上、この場所は屋敷同様に安全だと思えた。確たる根拠があったわけではないが、アヴェニールはそれを疑ってはいない。
「それに帰るにしたって、ここでお世話になった方たちに挨拶をしていきたいから」
「一角獣殿にはすでに許可をとってあります。早々にあなた様を連れ、立ち去れとのことです」
「そんなスミさんが……」
 その言葉にアヴェニールは衝撃を受けた。受け入れられたと思っていたが、それは自分の勘違いだったのだろうかと。
「トールは……トールはなんて言ってた?」
 もうひとりの同居人について尋ねる。レーヴェストに怪しいものを感じてはいたが、トールも彼女を拒むというのなら、そのまま彼に着いていくのもしかたないと思えた。
「トール? 一角獣殿が言っていたもうひとりの同居人ですか」
 レーヴェストの言いように、トールからはまだ拒まれていないことを知る。
「そう、トールとは会ってないのね。スミさんが無理でも、せめてトールには挨拶させて。彼には何度も迷惑をかけたから」
「しかし、時間の猶予がございません」
「お願い待って。ここを出ていったら、もう私は彼らとは会えない」
「待てません」
 その短い言葉に嘘以外の何かを感じ、アヴェニールは即座に決断した。
「『トール様は世界一』」
 アヴェニールが混沌の化身を使い己を変身させる。変身により自らの服を引き裂くと、四本の足で床に立った。だがその目は見えないままだ。
「虎!? いや、大きな猫か!」
 レーヴェストの声を聞き、自分が何に変身したかを知る。
 猫はわずかな光でも暗闇を見通すことができる。だが、その目が完全に見えないのであれば意味がなかった。
 それでもアヴェニールは声の反対方向へと走り出した。
 目の見えぬアヴェニールは何度も身体をぶつけながら、城内を必死に逃げ回る。それで逃げ切れるとは到底思えなかったが、なにもできぬまま手をこまねいているのは嫌だった。
 やったことの全てが自分に良い結果をもたらすとは限らない。だからといて、そこであきらめては、いつまでもそのままだ。トールたちとの生活で得た教訓を活かすように懸命に自分のできる限りをつくす。
 身体中に傷をつくりながらも、廊下を走り階段をのぼる。
 しかし、アヴェニールの努力も、捕まるまでの時間をわずかに延ばしただけでしかなかった。
 どこからともなく現れたレーヴェストが、巨大な猫となったアヴェニールの行く手を遮る。
「思いの外、広い城で戸惑いましたが……そろそろ追いかけっこは終わりにしましょう。まずはガラスの靴を脱いでもらいましょうか」
 レーヴェストが宣言し、魔術を発動させると、アヴェニールの変身が解けてしまう。突然元の姿にもどったことで足がもつれ倒れ、その衝撃で指輪が手から外れ床を転がる。
「変身の魔具とは、これは珍しいものを。しかし使いこなせてはいないようですね」
 指輪を拾い、物珍しそうに確認をするレーヴェスト。
「あなた魔術師なの」
「ご想像にお任せします。さて、これ以上手間をとらせないでください」
「私に触れるとあなたも不幸になるわよ」
「存じています」
 アヴェニールにとって最後の防壁を張るが、レーヴェストはそれすらも意に介さず彼女に近寄った。どこからともなく毛布を取り出すと、彼女の裸身をそれで隠し言葉を続ける。
「ご安心ください。準備は既に整えてありますから」
 懐から水晶玉を取り出すと、アヴェニールへと向ける。すると少女の姿がその中へと飲み込まれてしまった。
明日、一章最終話掲載となります。
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