イケメンガチャ
六畳一間の部屋の中、魔法のように突然現れた人物に私は混乱し、呆然と突っ立っていた。目の前でこちらを見つめているのは、ここにいるはずのない、見知らぬ男の人。な、なんで!? フィギュア入りのカプセルトイ――ガチャを開けたはずだった。でも、その中からもくもくと白い煙が上がり、視界が晴れたときには、彼が立っていたのだ。
見惚れてしまうくらいの美青年。微妙にセットされた長めの髪の毛の隙間からのぞく、きりりとした瞳が印象的だ。光沢のあるシャツのボタンは胸元まで開けられ、色気がにじみ出ている。レザーのパンツに包まれた長い脚の先には、きれいに磨かれたつま先のとがった靴が……え、土足は困る。あまりに現実離れした出来事に頭がついていけず、まじまじと全身を観察してしまった。平常心、平常心。自分に言い聞かせるように心を落ち着け、やっとの思いで尋ねた。
「え? …ええ? 何、これ? あ、あなた誰ですか」
「まさかこの俺様の名前を知らないとはな」
腕組みをした彼は、ぞくっとするような冷たい視線で私を見下ろす。この顔立ち、この恰好、そしてこの態度。この人の名前は、まさか、いや、でもそんな――。息をのむ私に、彼は傲然と言い放った。
「俺様は、俺様田光だ」
◇◆◇
バイト先近く、安くて評判のスーパーの一角にガチャコーナーがある。
大学に入学し一人暮らしを始めて数カ月経ったころ。買い物の後にそのコーナーの前を通ったとき、殺風景なテレビ台に飾るのにちょうどいい猫の置物シリーズを見つけた。試しに一回だけ、と始めたら、なんとレアキャラを引いてしまい、どっぷりはまった。その日以来、このスーパーへ買い物に来た日に一日一回と決め、必ずガチャを回している。乙女心をくすぐる可愛い動物マスコット、精巧にできた建造物のミニチュア、バカバカしくも笑えるフィギュアなどなど。二十台ほどのガチャマシンが並ぶ中から集めるものを決め、全種類集まるまで続ける。もちろん簡単にはいかない。中の様子を見た感じではお目当てのものが転がり出てきそうなのに、実際はダブりばかり。あと一種類、というところからがとてつもなく長い。それでも、コンプリートしたときの達成感、そしてそのコレクションを並べ、眺めた時の満足感は何にも代えがたい。
前回はとても幸運なことに、ダブりが十回を超えることなく世界のお城シリーズが全種揃った。
さてさて、次は何を集めようかな。貴重なバイト代を費やすのだ。決める前にきっちり吟味しないと。夕食の買い物帰りに立ち寄ったいつもの場所で、そこを丹念に見回すと、いつの間にか一台増えていた。その名前は。
『イケメンガチャ』
なんとなく直感的にくるものがあって、近くへ行きラインナップを眺めてみた。
俺様田光、根賀暗人、脳筋熱士、年下愛斗、チャラール・チャラフォール。タイプの違う五人のイケメンのイラストと、3D化されたフィギュアが並んでいる。微妙すぎるネーミングセンスはさておき、イラストからの再現度も高そうだし、こういうフィギュアを集めるのもいいかもしれない。早速二百円を投入し、レバーを回す。ガコガコっと音がするこの瞬間、何が出てくるのか分からない緊張感がたまらない。出てきたのは中を透かし見ることのできない青いカプセル。私はそれをつかみ、家路を急いだのだった。
◇◆◇
実際中に入っていたのはフィギュアなんかじゃなくて、イラストイメージを忠実に再現した生身の、等身大の人間だったわけで。どういう仕組みかは全く分からないけどやばい。まさか本物が出てくるなんて!
「俺様の女にしてやる」
「ええ?」
俺様田は私を壁際へと追い込み、両手で逃げ道をふさぐように囲い込んだ。
「返事はもちろん、イエスだろう?」
ゆっくりと、その秀麗な顔を近づけてくる。イケメンに壁ドンなんてシチュエーション、私の胸は痛いくらいに激しく高鳴った。それでも出会って一分足らずで展開が早すぎる。彼の瞳に宿るあやしげな色に本能が危険を告げ、私は心臓を落ち着けると必死で彼との距離を開けようとした。
「こら、暴れるな。とんだじゃじゃ馬だな。だが、そこが良い。さあ、早くイエスと言え。言うんだ、ミユ!」
なんで私の名前知ってるんだろう。でも、そんなのはカプセルから等身大の人間が現れたことを考えれば、放り投げたくなる疑問だ。もう何でもありだな、と深く考えないことにする。
それにしてもこの俺様田。自信満々すぎてちょっといらっとくる。いくら美形だからって、こんな俺様タイプと現実で付き合うのは絶対無理だ。
「ノー! ノーです!」
「お前、正気か」
身を屈めて包囲網から逃げ出した私に、俺様田はまるで宇宙人でも見るような目つきだ。それをそのままそっくり返したい。そんな私の気を知ろうともしないだろう彼は、呆れたように首を振り、偉そうに二人掛けのソファに座った。
「まったく……。素直じゃないな。ほら、早くこっちに来いよ」
威圧感たっぷりで隣の開いたスペースを顎でしゃくる。だから! 私はこういう感じは苦手だ。「来いよ」じゃなくて「来なよ」。いや違うな、「おいで」がいい。動かない私に、彼はたった数秒で痺れを切らして立ち上がった。気短いな!
「どちらが先に落ちるか、まさかゲームを仕掛ける気なのか? この俺様に。ふうん、面白い。生憎勝負運には恵まれているんだ。絶対にお前を落としてみせる!」
声高らかにはた迷惑な宣言をしてきやがった。じりじりとこちらへ近づき、壁際に追いこもうとしている。どうやら壁ドンが得意と見たがそうはいかない、私はソファやテーブルを楯にしてうまく逃げた。しばらく続いた攻防がだんだん楽しくなってきたところで、俺様田は急に焦り始めた。
「くっ! まずい。時間が……、あと三十秒しかない。さあ、早く俺様の女になるんだ!」
「は?」
再び白い煙が室内に立ち込め、それがなくなった頃には俺様田の姿はもうなかった。開けられた空っぽのカプセルだけがフローリングの上に転がっている。それを拾い上げ、へなへなと座り込んだ。怒涛の数分間だった。私はしばらくその場から動けなかった。
◇◆◇
次の日、上の空になりそうな自分を叱咤して何とか講義とバイトを終え、帰りに回したガチャ。家に戻り緑のカプセルを開ける。出てきたのはチャラール・チャラフォールだった。彫が深くエキゾチックな、綺麗な顔立ち。派手なスーツとジャラジャラとしたアクセサリーを身に付けた男は開口一番に言った。
「その髪、ものすっごくイイね」
頭を優しい手つきで触られ、どきりとする。
「つやーっとしてて、さらーっとしてて、何これ。極上の絹糸? あと、その服。ミユの清楚なイメージに合ってて、めっちゃいいよ」
「あ、ありがとう」
艶をおびた魅力的な声で褒めまくられ、舞い上がった私はついお礼を言ってしまったけれど、ちょっと待って。髪のパサつきが気になってきたからそろそろ美容院に行かなきゃ、と思っていたところだった。ツヤサラどころじゃない。それに着古したスウェットの上下の、どの辺が清楚? 凄まじい適当さを感じる。でも彼は私の胡乱げな視線にも動じない。
「ミユのその目力! 俺もう、ハート打ち抜かれちゃったよ。ミユの眼差しっていう、最高級のレーザービームにね!」
チャラールは自分の胸をピストルの形にした指でつつき、ウインクをした。それから彼は、私に口をはさむ隙も与えないほどに、目につくものを延々と褒め続けた。ホクロの位置に耳たぶの厚さや爪の形、靴下の色などなど。よくもまあこんなに褒めるポイントをひねり出して喋り続けられるものだ。段々おかしくなって笑いがこみ上げてくる。
「えっ、何、今の心洗われる綺麗な音……。もしかして、ミユの笑い声なの? ミユって声も可愛いいよね。すっげーキュンとする。俺の小鳥さん、その可憐なさえずりを、ずっと聞いてたいよ……。って、あと十秒だし! ミユ、俺にはミユしかいないんだ! 俺のホンキ、受け取ってほ」
タイムオーバーだった。言葉の途中で、白煙の出現と共に掻き消えたチャラール。騒々しくて適当だけど、なんだか憎めない人だった。
◇◆◇
『イケメンガチャ』とは。
ソファに寝転がり、考える。
色んなイケメンを間近で見ることができ、しかも彼らはこちらへ無条件に好意を向けてくれる。乙女心が躍らずにはいられない。現実の彼氏があれだと困るけど、すぐに消えてしまうんだったら、濃すぎる性格も面白い。ていうか、もう次を回したくてうずうずしている。ただ、このままどっぷりとはまるのは良くない、それは分かっている。普通のと違って、わずかな間しか楽しめないイケメンガチャ。
初見の俺様田の時にはできなかったけれど、少し心に余裕のできた今回。チャラールが現れて消えるまでの時間をキッチンタイマーで計ってみたら、カプセルを開けてからきっかり五分間だった。形に残らない彼らはコンプリートというゴールが見えにくく、どれだけ引いても満足できずにもう一回、もう一回……と底なし沼のように私を引きずり込み、イケメンガチャ貧乏になってしまうかもしれない。
そこで私は、目指すべき目標をはっきりとさせた。あのイケメン達を全て同時に出現させる。そして、空想でも妄想でもない、本物のイケメン逆ハーレムを築くんだ。たった五分間だけど、五人の美形から同時に愛を囁かれるなんて滅多に、ううん、絶対に他の手段では成しえないことだ。幸い、俺様田は青、チャラールは緑、という風にカプセルの色で中身が分かるようになっていた。全色集まったとき、五つを一斉に開ける。それがイケメンガチャのゴールだ。
◇◆◇
コンプリートを目指す中、ダブったものは一つを残して開けることにする。
ピンク色のカプセルから出てきた年下愛斗くんは名前の通り、愛らしい顔をした線の細い美少年だった。年頃でいえば中学一年生くらいかな。ハーフパンツからのぞく白い足が眩しい。
「ミユのその目。子ども扱いしてるでしょ! 俺だって、男なんだよ?」
上目使いで言われ、「うん、うん」と目を細めて見守る。
「もーっ、ミユってば。俺本気だよ」
ふくれっ面も可愛い。可愛い子を見ると餌付けしたくなるのは自然の摂理で、私は買いだめしておいたスナック菓子や菓子パンを差し出した。ていうか、彼らはふつうに食事ってできるのかな。
「これ、食べてみる?」
「ありがとう! おいしい! ミユ、大好き!」
心配無用だった。年下くんは食べ物を見るなり目を輝かせた。もぐもぐと頬張る姿に癒されながら、私も一緒にお菓子を食べる。俺様田やチャラールには、その美貌や言動にどきどきする場面も少しながらあったけど、こういう子を余裕を持って愛でるのもいいなあ。
「あ、ミユ。口の横に、ついてる」
不意に、年下くんはそう言うと、手を伸ばし私の唇の脇を親指で拭った。何か、雰囲気が違うな、と感じる間もなく顔と顔が近付き、彼はそれまでとは一変した大人びた表情で私の目を見た。
「可愛い」
何、この色っぽい囁き声。熱を帯びた真剣な眼差しは一体誰? 私は硬直し、見つめ返すことしかできない。でもそれはほんのわずかな時間だった。ふっと顔が離れた次の瞬間には、もう天真爛漫な笑顔が似合う少年がいたんだけど。
「あ、こっちのチョコも食べていい?」
「う、うん」
まだ胸が落ち着かない。自分の頬が赤くなっているのが分かる。跡形もなく消え去った年上女子の余裕。年下愛斗、末恐ろしい!
◇◆◇
根賀暗人はなかなか当てられず、黒のカプセルが出てきたときは飛び上がりたいほど嬉しかった。しかし出にくいキャラでも、当ててしまえばなぜか連続で出るのがガチャの闇。ダブってしまった根賀暗人をドキドキしながら出現させた。
「わ、私のようなものがお邪魔しても良いのでしょうか……」
根賀暗人はうつむきがちにぼそぼそと言いながら、ちらちらと部屋全体を見まわした。何設定なのか、白衣を着た端正な佇まいの白皙の美青年だ。目の下の隈のせいで、病弱そうにも見える。
「本当にす、素敵な部屋なんですが、ああいうのは気にならないんですか」
消え入りそうな声で彼が指差したのは、読み終えた雑誌が高く積んである、部屋の片隅だ。
「ああ。また読むかもしれないし。本棚にしまうより取りやすいし」
「そういう大らかなところも、ミユらしくて羨ましい……」
根賀暗人は控えめな笑みを浮かべ、部屋中を今度は遠慮することなく目を光らせて見ている。ちょっと恥ずかしい。捨てそびれたゴミ袋が転がってるし、最近忙しくて掃除もあんまりしていない。
「いつもはもうちょっと綺麗なんだけど――」
「わ、私なんかで良ければ、そ、掃除して差し上げますがっ」
「え?」
彼は腕まくりをすると、どこから取り出したのか、三角巾とマスクを装備し、バケツと雑巾でいそいそと掃除を始めた。
「女心をつかむには、こういう家庭的な一面を見せることが何よりも大切」
ブツブツと、分かりやすい独り言をつぶやきつつ雑巾がけをしている。根暗ってこういうキャラだっけ? 世話好夫とかに改名したほうが分かりやすい気がする。その後も重複した根賀暗人のカプセルを開けると、細々と世話を焼いてくれ、おかげで部屋がぴかぴかになったのだった。
◇◆◇
机の上に並べられた青、緑、ピンク、黒、紫のカプセル。私はしみじみとそれらを眺めた。途中でくじけそうにもなったけど、私はついにやった。やったのだ! 回すのは一日一回だけと決めていたとはいえ、ここまで時間がかかるとは。季節は二つ移り変わり、コンプリートできないのをいいことに、私の日常の一部となっていたイケメンガチャ。
様々な思い出がよみがえる。
俺様田が五回連続で出たのは、ちょうど日本列島を猛暑が襲っていたころだ。蝉の声に混じって繰り出される「俺の女になれ!」にうんざりした私は、ある日彼に頼んでみた。
「ねえ。悲しそうな顔をして、でも俺本当はいつも、お前に嫌われやしないかと不安で不安でたまらないんだ、って苦悩してみてくれる?」
いつも一本調子でわが道を行く俺様気質だけど、実は繊細な一面があって……ってことならもっとときめきがあるんじゃないかなと思ったからだ。彼は唖然とした様子のあと、いつも通りの高笑いを響かせた。
「命令する気か! ふっ、お前にこの俺様が操縦できるかな?」
うん、やっぱりそうなるよね。このブレなさはある意味すごい。ちょっと尊敬してしまう自分がいた。
秋に迎えた二十歳の誕生日は友達に祝ってもらった。彼氏ほしいね、寂しいね、うちらがいるじゃん! 楽しい時間はあっという間に過ぎた。
「ただいま」
誰も出迎えてくれない暗い部屋。賑やかな時間を過ごした後はいつも以上に寂しく感じていたものだったけれど、その日は違った。鞄の中には年下くんが入っていたから。帰り道にコンビニで買った小さなケーキを机に置き、カプセルを開けた。仲良く平らげ、彼の鼻の上についていたクリームに笑い転げた。
クリスマスイブはバイト。カップルで混雑していつも以上に疲れて帰った私に、根賀暗人が高速で絶品のチャーハンを作ってくれた。いつの間にか彼の手に貼られていたバンソウコウを見て、頑張って作ったんだ、と少し感動したのに。彼の白衣から落ちてきた「女はギャップに弱い? 時にはドジっ子アピールすべし!」と書かれた雑誌の切り抜きにすべて台無しとなった。
新年早々に引き当てたチャラールが、急に歌って踊りだしたときは度肝を抜かれた。
「今日はミユのために、とっておきの歌を作ってきたんだ」
ダンスはキレキレだったけど、歌の方はお世辞にも上手いとは言えない。ほら、アンコール! アンコール! と自らアンコールを催促しては即興ライブが延々と繰り返される。歌うたびに変わる歌詞、歌なんだか朗読なんだか音程の定まらない声で踊り狂うイケメンチャラール。良い笑い初めだった。
この数カ月間、思い返せば、いつもそばに彼らがいた。落ち込んだ日も、疲れた日も、私を癒し元気づけてくれたイケメン達。そんな触れ合いも今日で最後。全色そろったカプセルを前に、静かに息を整える。日常をうるおしてくれたイケメンガチャを、逆ハーレムでしめくくるんだ!
私は気合を入れて一斉にカプセル開けていく。煙が室内に充満した後、五人の男が現れた。
まず素早く動いたのは出現率が異様に低く、今回が初対面の脳筋熱士だった。野性味たっぷりの男らしい顔立ち。筋肉隆々の体。その肉体美を殊更に主張するピチピチの白タンクトップにダメージデニムという出で立ちだ。胸板の厚さがとんでもないことになっている。彼は私の腕を引き寄せたかと思うと、広い背の後ろに隠した。
「……ミユに指一本触れるな」
他の四人を鋭くにらみ低い声で威嚇した脳筋熱士は、突然私へと振り返ると抱きしめてきた。
「ミユ、会いたかった」
切なげな声で耳元に囁かれたけれど、押しつぶされてしまいそうなほど強い力にときめきを覚える余裕もない。
「く……くるしぃぃ……」
「お、おい貴様!」
私のうめき声は、脳筋熱士の胸倉をつかむ勢いで攻め寄ってきた俺様田の声にかき消された。
「こいつに触っていいのは俺様だけだ。その手を今すぐ離せ! ミユ、早くこっちへ来い」
「離すわけない、やっと会えたんだ。ミユはこれから俺と二人で愛のサーキットトレーニングをするんだ!」
「ぐぇ」
もみ合いになる二人。サンドイッチの状態の私も巻き込まれ、またまた情けない声を上げた。
「やめてください……。ミユが苦しそうではないですか、かわいそうに……。さ、さあ、こちらへ」
根賀暗人も割り込んできた。弱々しい声の割には力づくで割って入ろうとしている。
「ミユ! この手をとって。俺だったら、君を笑顔にできる。二人で奏でよう、愛のハーモニーを!」
「もう! みんな、ミユが困っちゃってるじゃないか。年下だからって甘く見ないでよね、ミユを幸せにできるのは僕なんだから!」
さらに開いたスペースから手を引っ張られれる。うるさいし痛いし、苦しい! ただでさえせまい部屋に六人がひしめきあい、好き勝手に言いあうものだから相当騒がしい。近隣の部屋から苦情が来てもおかしくないレベルだ。
「ちょ、ちょっと待って。落ち着いて。少し静かに」
なんとかもみ合いの中から逃げ出した私の注意に耳を傾ける人は誰もいなかった。今度は五人で輪になり、真剣に話し合っている。
「ミユが最多で引いたのは俺様だ。あいつのことはこの俺が一番よくわかっている! あんなじゃじゃ馬を手懐けられるのは、この俺様だけだ」
「だからこそ手を引くんだ、俺様田。もう十分だろ。俺の愛のサーキットトレーニングはミユなしでは、できないんだ!」
「それを言うなら、俺のハッピーライフだって、ミユがいなければ具とルーを入れないカレーライスと一緒だよ」
「僕とミユは新作のお菓子を食べる約束をしてたんだ。邪魔しないでよ」
「わ、私だって。ミユにあれこれ尽くそうと、色々案を練ってきたのに……!」
う、うるさすぎる。私は一人蚊帳の外で、呆然としていた。逆ハーレム、ってもっとこう……、ほら甘い雰囲気で、ちょうどいい感じでちやほやされるってイメージだったんだけど。
いやでも、そうだよね。いくらガチャから出てきたといっても、みんな違う気持ちを持っているんだし。仲良く同じ相手を思い合う、なんて、現実と一緒でそう上手くいくはずがなかったんだ。私は彼らに申し訳なく思った。
でも後悔先に立たず。
時間は刻々と進んでいる。五分にセットしてあったタイマーを見ると、残りは二分をきっていた。ああ、もう終わってしまう。
「もうやめて!」
そう、もう、終わりなんだ。
「ごめんね。みんなを会わせるべきじゃなかった。でも、これで終わりなんだって、前からそう決めてたの。もう会えないんだよ。せめて最後は笑ってありがとう、って別れたい」
涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。
五人が一斉にはっとした顔になる。口ぐちに、すまない、お前を悲しませるつもりじゃ……、あまりにも愛おしすぎて、などと言っている。やがて、さっきまでの騒ぎが嘘みたいにしーんとなり、俺様田がぽつりと言った。
「……脳筋、悪かったな、さっきは」
「いや、俺のほうこそ」
「私がこんなことを言うのはおこがましいですが、ミユを悲しませないために団結するのが一番ではないでしょうか」
「ふーん、男の友情ってヤツも、悪くないかもね」
「なんか、僕おなか減っちゃった。みんなでなんか食べよっか!」
照れ臭そうに肩を叩きあう五人。友情ドラマが始まってしまった。
でもまあいいか。いつの間にか涙も引っ込んだ。私も鼻をすすり輪に加わる。笑顔で顔を合わせた所で白い煙が上がり、それが消えると部屋には私一人だけだった。
◇◆◇
雪の降る夜、買い物帰りに私はあのガチャの前に立っていた。今日はお別れを言いに来た。微妙な逆ハーレムだったけれど、あれはあれで良かったとしよう。全種類揃えたらイケメンガチャはやめる、という決意は硬い。もっと続けたい気持ちが全くないといえばうそになるけど、そこは節度ある二十歳の女。揺らぎそうになる心にしっかりと蓋をした。
「さようなら、ありがとう」
ガチャに向かって頭を下げる。
ほんとうにありがとう。みんなと過ごした日々は忘れない。
バイト代が入ったらまた別のシリーズを集めることにしよう、次は何にしようかな。寂しいけれどどこか晴れ晴れとした気持ちででその場を後にしようとしたのだけど。
「――ん?」
マシンの端っこの方にものすごく小さな文字で何かが書いてあるのが目に入った。
――六人目に会うことができるかな!?――
豆粒みたいな大きさの、黒い人型のシルエット付きだ。
ろ、六人目って、シークレットキャラってことだよね? ずるい、こんな小さく書いてあるなんて!
見慣れた五色のカプセルの山。この中にスペシャルが埋もれているのか。中に入っているのは一体どんなレアなイケメンだっていうの!? ここは引くべき? いや、でも……。
「あの……。ちょっと、そこ、いいですか」
「はい?」
急に声をかけられて現実に引き戻される。振り向くと私と同年代の男の人がいた。
「すみません。ガチャ回さないなら、そこどいてくれると助かるんだけど」
「あ、はい! こっちこそすみません……」
慌てて横にずれると、ありがとう、とお礼を言って、彼はイケメンガチャの上にあるガチャマシンをのぞき込み始めた。レトロな感じのブリキロボシリーズだ。その中身をガラス越しにいろんな角度でのぞいている。まるで視線でカプセルが動かせると信じているみたいに。この熱意、この真剣さ。もしかしてあと一つでコンプリート、って段階かもしれない。
わかる、その気持ちすごく分かるよ! 思いっきり感情移入した私は、少し離れたところで密かに見守ることにした。
やがて彼はポケットの中を探り始めた。あれ? と言いながら、今度はしゃがみ込んでリュックの中身を懸命に漁っている。
「嘘だろー……!」
しばらくして、頭を抱えて悔しがった。財布を忘れたらしい。
ああ! 悔しい、これは! この寒空の下、家までわざわざ財布を取りに戻るなんて面倒以外の何物でもないし、引く気満々だったのに、このまま帰るなんてもっとできない! よく分かります。
同じガチャ仲間(勝手に認定)として、ぜひとも頑張ってほしい。人目を全く気にすることもなくガチャの前にへばりつくこの心意気も素晴らしいと思う。私は彼に近づき、勇気を出して声をかけた。
「あの、よかったら貸しますよ」
「え」
こちらを見た彼と、視線が合う。そこで初めて相手の顔をまじまじと見た。あれ……? よく見ると結構な好青年。優しげで穏やかな感じが、はっきり言ってすごく好みだ。
「あ、困ってるみたいだったから。これ、使ってください」
声が上ずっているのを恥ずかしく思いながら二百円を差し出した。ここ最近、カプセルの中の、見た目も中身も現実離れした美形とばかり接していたせいか、こういう生身の男の人に過剰にときめいてしまう。
彼はなかなか二百円を受け取ろうとはしなかった。見知らぬ人に急にお金を貸します、って言われたら、そりゃ驚くよね。いきなりすぎて失敗したかも。じわじわと顔が赤くなり始めた私を、困惑した様子で見ていた彼の視線が、食材がつまったエコバッグのところで止まった。
「それ、たんさい坊くん」
「え? あ、はい」
単細胞生物をかたどったキャラクターがぶら下がっているキーホルダー。これもガチャで手に入れたものだ。これがどうしたって言うんだろう。不思議に思っていると、彼はポケットから家の鍵らしきものを取り出し、こちらに見せた。その先についていたのも同じたんさい坊くん。しかも幻とまで言われたシークレット、アメーバ。
「――あ」
声を上げた私に笑いかけた彼からはすっかり戸惑いの気配が消え、ためらいがちながらも二百円を受け取ってくれた。和やかな空気が流れる。同士だと彼も認めてくれたようだ。
「ありがとう。今度返すから。また、ここに来る?」
優しい声、柔和な雰囲気。彼の発する暖かい雰囲気で、外で雪が降っているとは思えないほど、この空間だけ春が来たように私には感じられた。
イケメンガチャにもこういう穏やか枠があればよかったな、と思う。もしかしたら。「シークレット」にはこの人みたいな好青年が入ってるかもしれない。
そうだよ、シークレットというくらいだもん、あの五人みたいなアクの強い人達と真逆のタイプが出てくるはず、絶対! それは妙な確信に変わった。卒業の決意はもはや風前の灯だった。
「はい、すぐ。またすぐに、来ると思います」
私は赤い顔のままうなずいた。
情けないけど、やっぱり当分イケメンガチャは止められないかもしれない。