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  Flow 作者:森カラ
第十四章 終焉 一
 家にやって来た刑事は神木と言った。
昨日家に帰ると、母親から警察の来訪があったことを聞いていたため驚きはしなかったが、ついにこの時が来たのかという緊張に胃がキリキリと痛んだ。

だが神木さんの様子を見ていると、警察が事情聴取に来るというのとは少し違うように思えた。
まず、刑事が地取り捜査で家宅を訪問する際、二人一組で行うと聞いたことがある。

母親が応対したときは二人の刑事が来た上、事前連絡があったようだ。
しかし神木刑事は一人でやって来た。
そしてこうして研ぎ澄まされた剣呑さを醸し出して僕の話を聞いているこの男に、 僕は何故か安堵感に似た連帯感を覚えている。

 警察はまだ向井を犯人とする証拠を掴んでいないようだが、神木さんの様子を見て僕はやはり向井が一連の事件の犯人なのだとかえって確信してしまった。
昨日の事故によって意気消沈していた僕は、言葉で闇を切り開くのも、想像で彼らに近づこうとするのも嫌になって耳を塞いで目を閉じていた。

それが手伝い、ズルズルと引き摺り出されるようにして、昨日知った多くのことを神木さんに話してしまった。
だが話してしまうと、不思議と楽になった。

まるで泣くことしか知らない子供のように、考えずに吐き出して放心している。
だがそれは無力を知ったためでも疲れ果てたためでもなく、突然訪れた嵐が前触れなく去っていくのをぼんやりと見ているのに似ていた。
小さな救済は、僕の心に張り巡らされていた霧を晴らす兆しを見せた。

 誠大から連絡が来たのは、ちょうど神木さんとの話が途切れた頃だった。
制服のズボンに入れていた携帯が捻挫の脚を叩くように振動したのを思い出す。

繰り返すバイブレーションはまるで誠大の救いを求める声のようだった。
震えている携帯を手にし、メールを開くのを躊躇っている僕に、神木さんは優しく微笑んでくれた。

しかし昨日ラーメン屋で別れてから、一度も誠大に連絡を取っていなかった後ろめたさが残っている。
その上、今日は学校も休んでしまった。

 昨日、向井が僕に与えた衝撃は思っていたよりもずっと堪えるものだったのだ。
ゆっくりと明滅するように揺れながら近づいてくるヘッドライトの映像や、脳を揺らすほど近くで鳴るブレーキ音はまだ身体のどこかで僕を恐怖の渦に引き摺り入れようとしている。

また耳元に感じた、張り付くように湿った向井の声。見張られているような恐怖。
そして向井にとって、僕は本当に殺すべき対象なのだという絶望感。
それらが相まって、どうしても学校へ向かうことが出来なかった。
 
 誠大が送ってきたメールはひどく妙だった。
添付された地図もさることながら、書き込まれたその内容は、深読みすれば遺言とも取れてしまう。

何度も読み返してみるが内容が頭に入ってこず、声を掛けてくる神木さんにも上手く反応できない。
そのうち僕の携帯電話を取り上げた神木さんは、その内容に目を見開くとすぐに僕に向かって屈み、背を差し出した。

その全てを受け止める覚悟を髣髴とさせるような揺るぎ無い背中に畏れる。
だが僕の身体はその背に向かって進みたいと、どくどく鳴る脈が邪魔な思考を掻き消していった。

神木さんが言ったように、僕の手足は彼らに向かって行きたがっている。
自分の行動を支える意味や理由を探すことに躍起になっていたことが馬鹿馬鹿しくなるほどに、身体は何故か柔らかく動くのだ。

 神木さんはその背におぶさった僕を外の車の助手席に乗せると、運転席に飛び乗った。
すぐに握ったままでいた僕の携帯電話でどこかへ電話を掛けたようだったが、繋がらないなと呟くと電話を僕の手の上に返した。

恐らく誠大の所に電話を掛けたのだろうと察する。
しかしそんなことよりも、僕が連絡を取るのに躊躇っている間に誠大との繋がりが絶たれていた事実に、ただ携帯を持つ手が震えていた。

いくらでも予想出来た未来だったというのに、今更手を震わせていても仕様がないだろう!
訳の分からない悔しさが湧き上がってくるが、何かを悔しがるにしては自分の中はあまりにも空っぽだった。

 彼らの為に一体何が出来るのか。まだ僕の中に明確な答えは出ていない。
せっかく誠大の本音を聞くことが出来たのに、怯えの取れない顔をしてまたあいつの前に立つのか?

そう思うと益々現実から足が遠のく。
現状を打破するには前へ進むしかないというのに、動かすべき足を失ってしまったように視界がぼんやりとしている。

 神木さんの揺るがない安心感を前にしながら、力が欲しい、と強く思っていた。
どんな波にも脅かされず、嘘さえ本当にしてしまえるほどの強さを。

誠大と向井、彼ら二人の居場所でありたいと思えたのに、その時が来て自分にこれほどまでに力がなかったことを知らされるとは、何と無様なのだろうか。
捻った足に力を入れて、痛みを受け入れる。彼らの痛みはどのくらいなんだ?

こんなものではないのだろうか?
そんなことを知り、共有したところで何の意味もないことは分かっているのに、どうしても彼らとの距離を考えてしまう。

 車内には煙草のヤニ臭さが充満していたが、その中から微かにバニラの香りがして瞬間的に女性を想起する。
無骨で不器用そうなこの刑事と女性がどうも結びつかず、落ち着きなくいると神木さんは僕の思考を感じ取ったのか頭をガシガシと乱暴に掻き、エンジンが掛かったと同時にアクセルを踏み込んだ。

「本当にいいんだな」

 虎のように鋭かった刑事の眼が、いつの間にか大切なものを見るような眼差しに変わり、僕に向けられていた。

 ――その純粋な温かみは、やっぱりお前にしか出せないんだろうなって思う。

 また誠大の言葉が浮かび上がって弾ける。
この神木という刑事が時折見せる優しい目が、ラーメン屋で見た誠大の目に似ているところがあるからかもしれない。
その目に先ほどから強く引き寄せられている。







更新が遅れてしまいまして、もしお読みくださっている方がおられましたら、本当に申し訳ないですっ。
今後も2日ごとに更新していけたらなあ、とぼんやり思っております。
どうぞ宜しくお願いいたしますー。

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