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  Flow 作者:森カラ
第十三章 決起 二
 村上は首肯し、肘で浴槽を一度コツンと叩いた。
日向は警察官でもある村上が安易に声を出した状況にようやく納得した様子で、

「生憎、俺も手足が縛られているみたいです。全然動かない。でもあなたと違って、龍は俺の口を塞がなかったみたいだ。それが龍の優しさだったのか、馬鹿にしているのかは分からないけれど」
日向は突然小声で自分に問いかけるようになったが、すぐに気を取り直した様子で続ける。
「だから俺があなたの口を塞いでいるテープを剥がしてあげられます。でも――」

 日向はそこで言葉を詰まらせた。
きっと拘束を取ったとき、もし龍之介に見つかってしまったら、と身を案じてくれているのだろう、と村上は思った。

思いながら、日向と向井の間に一体何があったのだろうか、と推量する。
日向が向井の名を口にする声音には戸惑いと恐れのようなものが含まれていた。
それを感じた村上の身体は、早く向井龍之介という少年との距離を詰めたいと熱を持った。

「判断はあなたに任せます。取りますか? イエスなら――」
そこまで言ったところで村上が素早く浴槽を一度叩いたのを受け、深く息を吐くと
「じゃあ俺の方に、顔を近づけてください」

 村上は少し躊躇ったが、薄暗闇の中、蠢く塊に向かってそろそろと首を伸ばした。

「顔の位置が分からないな。ちょっと声を出してみてください」

 再びの催促にも村上は素直に従った。
ゆっくりと日向が近づいてくる気配が、村上を取り囲む。

小さく唸り、だがつい首を窄めそうになったとき、村上の鼻先に暖かく柔らかいものが触れた。
思わず「ウッ」と引きつるような声を出した村上は、反射的に仰け反りそうになったが、すぐに湿ったものが頬を滑ったのに、かえって身体の自由は奪われた。

「思い切りいきますよ」

 瞳に生暖かい息がかかって、また頬にヌルリとした感触を覚える。
村上が「人の舌の感触だ」と気付いたのと同時に、それは口を覆ったガムテープに当たった。

村上は硬く目を瞑り、爪を手の平に食い込ませた。
これから起こることをようやく予期したのだった。

直後に顔の皮膚が破れるような衝撃があり、ガムテープが剥がれ去った。
空気の波が覆われていた辺りの感覚を揺すぶる。

 痺れるような痛みがゆっくりと引いていき、村上は自由になった口でそこにある全ての酸素を吸い尽くそうとするかのような呼吸をした。

「ありがとう。君は、日向誠大くんだね」

 まだ肩で息をしながら、日向に向かって問いかける。
日向は村上の口を覆っていたガムテープを吐き出すと、小さく「はい」と答えた。
だがすぐに何かを思い出したように、

「俺、前にあなたの声をどこかで聞いたことがあるような気がする」
「北高の職員室の前で会ったわ」

「ああ、あの時の。やっぱり警察の人だったんだ」

 納得するように言い、日向は壁に凭れた。
沈黙が来ると、村上は思い出したように寒さに身体を小刻みに震わせ始めた。

身体に力を入れ、何とか震えを止めようとするが上手くいかない。
カチカチと鳴る歯を食い縛り、再び小さく縮こまると、今更裸の身体が心許なくなった。

「寒い、ですよね」

 日向は気まずそうに呟き、闇の中だというのに村上から顔を逸らした。
すぐに自分のコートへ目を向けたが、そのコートを村上に渡すことが出来ないことに気付き、落胆する。

「大丈夫よ、ありがとう。それよりあなたに聞きたいことが――」
「俺も聞きたいです。警察が、どうして龍を追ってきたんですか」

 村上は暗闇の中でこちらを凝視されているかのような感覚に、思わず視線を逸らし俯いた。
そして、日向のストレートな問いへの返答に懊悩した。

探りか、それとも素直な疑問か。
適当な答えが浮かばず、村上は呻吟しながら、

「詳しくは言えない」

「でもあなたが――」
促すような気配があって、村上が静かに自身の苗字を答えたのを受け、
「村上さんがここにいるってことは、警察も龍が龍の親父さん殺しの犯人だって考えてるってことですよね」

 村上は再び返答に迷った。
日向がまだどういった立場にある者か判断できない今、こちらの情報を口にするのは得策ではないかもしれない。

そう思うが、内蔵が引き攣るような寒さで集中できない。
そしてその一方で、日向の声音に切羽詰った迫力を感じている。
その思いの強さが浴槽に流れ込んでくるようで、村上は余計に判断を鈍らせた。

「確かに、向井くんは重要参考人の一人ではあるけれど、彼がクロだと本部が断定しているわけではないわ」
「じゃあ、少なくとも村上さんは龍が犯人だと思っているんですね」

 村上は黙った。その通りだった。そして過去の自分と重ねている。
日向は黙り込んで、呼吸の音さえさせなくなった村上を見て、その答えを肯定と受け取った。

「他の警察の人は?」
「面白いように撒かれたのよ。警察で事情聴取をした後、二人の捜査員がついていたのに、向井くんは振り切って抜け出した」

「龍から聞きました」

「私はね、最後の最後でドジをやらかしたのよ。ここに着いて仲間に連絡を取ろうとしていたところを向井くんに見つかったの。情けないわね」
村上は膝頭に顎を乗せ、一度閉じた目を意を決するときのように開けて続ける。
「それより、日向くん。君はさっき“警察も”と言ったわね。警察も向井龍之介を犯人だと見ているのかって」

「それが?」

「君は向井くんが殺しをしたと言っているんだね」




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