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  Flow 作者:森カラ
第十三章 決起 一
 ドアが乱暴に開けられる音で、村上はぼんやりと曖昧だった意識の波をハッキリと捉えた。
音を立てないよう身体を僅かに動かすと、鈍い痛みが全身に広がり頬が歪む。

それでも何とか頭や爪先を動かすと、狭い箱のようなものの中に入れられているような感覚があった。
そして何よりも、ひどく、寒い。

寒さに固まった身体は、村上に瞼に力を入れることさえ許さなかった。
このままでは凍え死んでしまいそうだと思いながら、少しでも暖を感じ取ろうと村上は脇を締め、肩を竦めた。

 アパートに取り付けられた鉄製の階段が、カンカンと金属的な音を響かせている。
村上は目を瞑ったまま、音に神経を集中させた。

普段より近くに感じる自分の鼓動に煽られ、まるで追いかけられるように“起きてしまったこと”が村上の脳裏に思い出されていく。
自分が裸であることや、両手足を拘束されていることが手伝い、感じていた恐怖感が強まった。

思わず声を出そうとして、喉を張るが口が開かない。
口がガムテープで覆われているのだった。

途端に自身の中で大きく蠢いたパニックに、村上は鼻だけで激しく呼吸し、何とかやり過ごそうとした。
目尻に涙が滲み、もっともっとと酸素を請う身体は余計に混乱を連れてくる。

村上は断ち切るように、舌先を思い切り噛んだ。
少し鉄の味がして、ようやく平静の波が身体に流れ込むのを感じる。

 向井龍之介に尾行がバレて捕まり、服を剥ぎ取られ、何度となく殴られたことが身体の中を縦横無尽に切り裂くように走る。
村上はそれを消し去るように、下唇を強く噛み締め、喉が焼けるような呼吸をひたすら繰り返した。

そのうち閉まるドアの軋みや人が階段を降りたことで生じた揺れが遠ざかっていくのが分かると、ようやく人心地がして強張りを解いた。
そして、恐らく向井龍之介が外に出て行ったのだろうと思った。

 ようやくゆっくりと瞼を開け、素早く辺りに視線を巡らせた。
しかし暗闇が辺りを支配しており、目が慣れない。

村上は痛みに呻きそうになりながら、顔を動かし頬に当たる感触から、自分が浴槽の中に入れられていることを感じ取った。
浴槽は狭く、大人一人が小さくなってやっと入れるほどだ。

両手両足を交差させられた状態で一緒くたにきつく縛られている。
体育座りをするような恰好だが、沈んでいるときのような体勢なので、目線は浴槽の縁と重なっていた。

きつく縛られているため、少しの動きでも手首に激痛が走る。
縛られた後もひどく暴れたからだった。

紐との摩擦で皮膚は破れ、血がこびりついている。
目が慣れてくると、トイレのタンクやカーテンレールがうっすらと見え、村上はまるで騙し絵を見ているようだと思った。

 踵と尻を使って徐々に身体を起こしていき、便器の前に闇の黒とは違う、もっと大きな黒い塊が転がっているのを見つけ、村上は咄嗟に腹を固くし、息を止めた。
そしてもう一度耳を澄ませ、塊に視線を向ける。
洟が詰まっているときのような苦しそうな呼吸音が村上の耳たぶを震わせ、そこに自分以外の人間がいることを悟った。

(私がこうして拘束されていることから見ても、ここには鍵が掛けられているはず。ならば、ここに入れられているということは、この人間も自分と同じ立場のようなものと考えていいかもしれない)

 村上は想像を巡らせると、意を決して、うーうーと出来る限り大きな声で塊に呼び掛けてみた。
しかし反応はない。

めげずに二度、三度と呼び掛ける。
龍之介がいつまた戻ってくるか分からない為、油断は出来ない。

ただ警察にマークされていることは本人もよく分かっているはずだ、と村上は思う。
任意での事情聴取はすぐに終わり、拘束しておける手立てもなく向井龍之介は呆気なく解放された。

しかし捜査員の二人が向井宅近辺に見張りについていた。
龍之介の父親である修造の遺体や、現場から採取された微物のDNA鑑定の結果と、事情聴取の際、任意で採取した向井の血液の照合の結果が「犯人は龍之介である」と示した場合、すぐに対処が取れるようにとの措置だった。

しかし向井はその見張りを難なく振り切りここにやってきたのだ。
今、このタイミングでここを離れて、そんなに遠くに行くはずはない。
村上は自身が龍之介に捕まった時の苦々しい気持ちを思い出して舌打ちし、また塊に向かって呻き声に似た声を掛けた。

「あ、ああ」

 搾り出すような声がして、塊が闇を揺らすように僅かに震えた。
そして「龍!」と短く叫んで身体を起こしかけたが、すぐに脱力し、深く長い溜息と共に再び床に身体を横たわらせた。

村上は咄嗟に塊が日向誠大であることを察知した。
以前日向が向井を「龍」と呼んだ瞬間が、村上の脳裏にくっきりと焼きついていたのだった。

 村上は痛む身体を忘れ、首を伸ばし「大丈夫?」と発音した。
実際には「うーうー」と唸っただけだったが、暗闇の中で息を呑む気配があって、村上は闇に馴染んだ目を凝らした。

「そっか、さっきの」

 日向は驚きと戸惑いの声を小さく漏らし村上の方へ視線を向けると、後ろ手に縛られた手を突っ張り、肩を使って仰向けになった。
そして腹に力を入れて身体を起こし、

「あなたは警察の人ですよね」

 村上は「うー」と声を上げながら首を一度縦に振った。
暗闇の中で、出来るだけ空気の波が伝わるよう、大振りする。

「そうか、喋れないですよね。確かガムテープが貼られてた」
日向は呟くと、浴槽の方へ顔を近づけて
「龍は、向井龍之介は部屋にいないのですか? イエスなら、風呂を一度叩いてください」






次回更新は23日の夜になる予定でっす。
どぞ宜しくお願いしますm(._.)m


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