第十二章 監禁 六
日向は自分のことを、まるで寄生虫のようだと思った。
とりつき、相手の体を食い尽くして、殺す虫。
立ち尽くしたまま繰り返す。
とりつき、相手の体を食い尽くして、殺す虫。
「いや、違うんだ。違うんだよ、龍」
目の前に差し出した手で顔を覆い、日向は作り付けの台所の縁によろけた。
否定は自らの心中に響くものだった。
しかし声を上げれば上げるほど、己の愚かさに直面する。
だが根気よく言葉を待つ向井の視線を感じながら、話すことをやめてはいけないと日向は思った。
間違った道を戻ることを決めたのは自分なのだ。
「小学校の奴らとは違う中学に入って俺は、自分が強くなったと勘違いしていた。そんな風に自信が持てたのは、勿論龍が味方についてくれたからだ。そう分かってたのに、俺は龍のことが、どうでもよくなったんだ。
浮かれたんだ、人から好かれる自分に。それで龍が、今までの俺を知っているお前が……邪魔になっただけなんだよ」
向井は白い蛍光灯の明かりの下で、瞬きもせず、驚いた顔をした。
台所の冷たいステンレスに身体を預けたまま、上目で向井を見た日向の胸は瞬時に凍りついた。
そして向井の自分を見つめるその両目を見て、まるで暗い穴の底のようだと思った。
いつからこんなに深さを増していたのだろう。
日向は締め付けられるように痛む胸を乱暴に掴み、唇を強く噛んだ。
「何、言ってるんだ? だから、俺がつまらない人間だったから、いったん離れただけなんだろう? ずっと俺に期待して、待っていたんだろう?」
「違うよ」
「俺を待ってたはずだ! 誠大は俺がいないと何も出来ないじゃないか! 生きることだってままならない。俺が」
「確かにそうだった。龍に依存してた。そうじゃないとあの日常を生きられなかったのも事実だ。でも今は違う」
「馬鹿なことを言うなよ。俺は、誠大のために」
「分かってる。いや、分かったんだ」
日向は咆哮のような声を上げ、薄い壁を震わせた。
「やっと、気付いたんだよ。龍も俺を必要としていてくれたんだってことに。こんなに遅くなってしまって、ごめん」
向井の顔は歪み、普段涼しい奥二重の目は真っ赤に血走っていた。
眼球が忙しなく動き、何かを探しているときのように定まらない。
口は開いているのに、何の言葉も発しなかった。
それが殺気立った様子を如実に表している。
日向はそんな向井から目を背けたまま、懺悔を続けた。
「俺はいつでも自分勝手だった。不幸な自分が龍の力を利用するのは必然で、力を吸い尽くして必要がなくなったら勝手に去る。俺は、そういうことをしてきた。気付けなかった俺を、どうしてくれてもいいんだ」
「お前は今、どこにいるんだ? 俺には見えない。お前に見せたくて、世界を構築する力を手にしたのに、お前はどこにいるんだよ。お前のために、壊したんだぞ」
向井が呆れるように言葉を発したのは一瞬で、すぐに激情に駆られた声を日向にぶつけた。
蛍光灯が作る影は悲しみの色を強調させ、二人の間に出来た溝を深くしている。
日向は足元に落としていた視線を上げ、針を飲み込んだような痛みの中に身を投じた。
過去を嘆き、後悔してもどうしようもなかった。
あの頃逃げ回るだけで出来なかったことを責めても、何も変わらない。
日向は思いながらジーンズをきつく握り、鼻から深く息を吸った。
自分の為に向井が秩序を崩したのなら、自分が立て直さなくてはならない、と覚悟を決める。
「龍が思っている通り、俺は、今までこの世界を恨んでいた。俺を俺でいられなくさせた日常の全てに、理不尽だと怒りをぶつけたい気持ちだった。だから、坂下に報復してくれた龍をずっと肯定していたし、それが道理だと信じて疑わなかったよ。外を知るまでは」
今度は深く息を吐き出し、気持ちを落ち着かせる。
「でも違う、これは違うよ。親父さんを殺すなんて、殺人を犯すなんて間違ってるよ、龍」
「何が違うっていうんだ? 何が間違ってるって言えるんだ、お前に!」
「龍が言っている新しい世界っていうのは、龍が、斎藤先生や親父さんを殺したことを言っているんだろう?」
向井は卑しく笑って八重歯を見せると、
「お前もすぐに分かるさ。今はくだらない外の世界に騙されているだけだ」
「こんなことが、世界を変えることなのか? 人の命を物みたいに壊すことが、俺のために出した答えなのか? これで龍の日常はどう変わった? 警察から逃げて、閉じ込めて、隠れ家に籠もっている。
人の命を奪って、何が変わるって言うんだ! これじゃ坂下と同じじゃないか。龍がやっていることは、ターゲットが無差別に切り替わっただけの、度が過ぎたいじめと何ら変わりない。どうして気付かない? 俺は龍にもっと外に出て、色んなものを見て欲しかった。
奪ったり壊したりじゃなくて、憎んだり恨んだりでもなくて、龍にも普通の高校生が受ける刺激を受けて、生産的なものを得て欲しかったんだよ」
一息に捲くし立てて、その極まりの悪さに死にたくなる。
自分が言える台詞ではないことなど、重々承知だった。
寄生虫のように彼の全てを吸い尽くし、こうして追い詰めた俺に何が言える?
自問してしまえば、すぐに完全な終わりがやってくることが分かっている。
日向は堪え、思考を止めた。
そして真正面から向井を見つめる。
それを合図にするように、向井は両手を広げ叫んだ。
「“これ”以上に生産的なものがどこにある? お前はまだ見えていないだけだ。自分でやっていないから、何も知らないだけなんだ。
でもそれでいいんだ。そんなお前を、そこから連れ出すために俺は力を得て、地図を手に入れたんだからな」
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