第十二章 監禁 一
日向は自室の出窓に座って、町の明かりに照らされた夕闇を見ていた。
数日ぶりの金星は、地上の光に干渉されて弱弱しい。
だが日向はその弱弱しい光に、昨日会った襤褸切れを纏った向井の父親を連想した。
「憎んでいた訳ではないんです」
思わず口を突いて出てきた言葉に戸惑いながら続ける。
「愛しているなんて伝えて、一体どうなるって言うんですか」
唇を噛みながら呟いた日向の中で、向井の父の死がゆっくりと現実を伴ってきた。
腕を掴まれた時に覚えた彼の熱い温度が、今はもう存在しないことに打ちのめされそうになる。
それが「死ぬ」ということであると改めて気づかされた日向は、まるでこの世にたった一人でいるような感覚に陥った。
向井が人の命を奪っている様を想像して、喉の奥が焼けるように熱くなる。
孤独が目の前を覆って、世界をよけいに狭くしている。
日向は一瞬、龍之介と視界を共有した気になって焦った。
その拍子に握り締めていた携帯電話が腿を滑り、床に落ちた。
日向は携帯電話を拾い上げると、顔の前に掲げ、その真っ黒な塊を凝視した。
だが繰り返し見ているそれはまだ震えない。
何度となくこちらから発信しようとするのだが、その度にどこへも繋がっていないような気がして日向はまた力なくその手を下ろした。
***
一月十二日、向井龍之介の父親が死体で発見されたが、授業はいつもと変わらず進められた。
しかし向井は校長室へと呼ばれ、早々に教室を去ってしまったきり、放課後まで教室には戻ってこなかった。
また今日は井川も学校には来ず、日向は久しぶりに一人で過ごしていた。
普段人気のある日向の周りを取り巻く人間たちは、斎藤義彦に続き向井の父親が他殺体となって発見されたことから、日向に声が掛けづらいようだった。
日向を中心に円を描くように、彼に誰も近寄ろうとしない。
遠巻きに眺めながら、何事か囁きあっている。その中で日向は机の上で手を組み、一点を見つめながら人の息の漏れを敏感に感じ取ろうとしていた。
脳裏に少しずつ、いじめられていた過去の自分が蘇っていく。
じっとしたまま、自分に向けられた視線から悪意のあるものを探し出そうと躍起になっていった。
そのうち手の甲に爪の食い込んだ痛みに、ようやく正気が戻ってきた。
だが同時に、消去したはずの過去に培った自己防衛手段が、未だに自分の身体に染み付いていたことに愕然とした。
いじめられているわけではないではないか、と思う。
近しい人間の父親が殺されれば、その友人である自分が好奇の目に晒されても何らおかしなことはない。
日向は自身に言い聞かせながら、だが内から湧き上がる周囲の人間への憎悪に引き摺り回されていた。
人気者の役を演じていた自分に、周りの人間たちは付き合ってくれていただけだったのだという事実が日向の中心を裂いていく。
「(本当の友人と呼べる者は、この中には誰一人いなかった)」
分かっていたことだったが、その事実は日向の心をゆっくりと、だが確実に吹雪の中に晒していった。
毎日煩く感じていた喧騒を、ひどく恋しく思う。
そして昨日ラーメン屋で「俺に引っ張り上げてくればいいんだ」と声を張り上げた、見たこともなかった井川の姿を思い出して、日向はこれまで誤魔化し続けてきた本当の孤独に押し潰された。
朝から繰り返し発信していたが、井川からは何の反応もなかった。
胸が妙なざわめき方をしている。
日向は全てを井川にぶちまけてからずっと、彼から何の音沙汰もないのが気に掛かっていた。
だが一方で、それは井川の中で大きな心変わりが起こったからではないか、と臆病にもなっている。
向井を外の世界へと出すために、井川に目をつけたことを日向は思い出していた。
危険な様相を見せ始めた向井に自分自身が恐怖しているのを補おうと、井川を駒にして上手く動かそうとした。
そうして彼を巻き込み、危険に晒したという事実が邪魔をして、手足が井川に向かって動こうとするのを遮っている。
また、演技をしてまで他人との関わりを求め、優越感を得ようとしていた自分を知っても逃げずにいてくれた井川を、日向はいつの間にか失いたくないと強く思っていた。
その気持ちが簡単に日向の身動きを奪っていく。
あれほど焦り、思い通りにならない井川に苛立っていた自分が嘘のようだ、と日向は静かに思った。
噂は留まることを知らず、まるで台風のように大きく膨れ上がり速度を増していた。
中には警察車両に乗せられた向井が裏門から出て行く所を見たという者もいて、校内は騒がしさに包まれている。
そしてその騒がしさの大半が、向井が加害者だというものばかりだった。
日向は鳴らない携帯電話を握り締めたまま迷っていたが、ようやく教室を後にしようと立ち上がった。
午後四時を回ったばかりにも関わらず、外はもう薄暗い。
雨は上がっていたが、漂う湿気はすぐに日向の体中に張り付いて、身体を余計に重くさせていた。
重りをつけたような身体には、校内に浮遊していた粘着質の噂がまだ絡み付いているようで、手足を引き摺るように学校を後にした。
だが陸橋を上り始めて、初めて「俺はどこに行こうとしているんだ」と日向は思った。
学校を出て東へ五百メートルほど行くと大通りに差し掛かる。
その大通りにかかった陸橋を降りるとすぐに分岐があった。
その分岐はそのまま井川宅と日向宅への分かれ道となっている。
普段なら井川が日向家を回って帰ることが多く、日向が井川の家へ行ったことはこれまで一度しかなかった。
しかし今、日向の足は自然と井川の家へと向かおうとしている。
日向はそのことに驚いた。
WEB拍手
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。