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  Flow 作者:森カラ
第十一章 追尾 六
 ここで離したら、自分はまた同じ過ちを繰り返すだけだと神木は感じていた。
向井龍之介を鎧塚に重ね合わせて、もう一度向かいあうことで全てに踏ん切りをつけようとしていた自分を恥じている。

そして、自分のすべきことはそんなことではないはずだ、と思う。
この現実を流れる時間の中で、目の前の大切な人間と歩き続けることこそが自分に課せられた罰であり、許しであったはずだ、と神木は頭の中で叫んだ。

「お前の全部を俺に預けてくれ。丸ごと引き受けてやるから」

 村上は嗚咽を堪え、静かに泣いている。
神木はハンドルに手を掛けたまま、村上の次の言葉を辛抱強く待った。

「神木さんは、そうして、どこに向かおうとしているんですか」

 初めて聞く涙に濡れた村上の声は、まるで別人のような印象を神木に与えていた。
形は違えども、こうしてまた大事な人間が目の前から形を変えて去っていくのかと込み上げてくるものがある。

「あの過去を、結局やり直したいだけじゃないか、と言われれば、そうなのかもしれない。実際、偉そうなことは何も言えない。こんな歳になっても、結局自分のことしか見えていないんだ」

「……やり直すって、どうやって」

「お前と、現実(いま)を生きるんだよ」

 サラリと流れ出てきたものをもう一度反芻し、迷いが薄れていくのを神木は強く感じた。
息を短く吐き出す音がして、村上が困惑を見せている。

「プ、プロポーズですか、それは。お断りですよ」

「馬鹿。違う」
酷く動揺した様子で、何とかいつもの調子に戻ろうともがいている村上の姿が神木の目に浮かんだ。

「あの日、俺もまだお前のように青くて、色んなことを迷っていた。それが結果として鎧塚を殺した。この事実は変わらない。それに」

まだ鮮やかに蘇る、真っ赤に染まった取調室で魂を失くした自分の情けない背中から目を逸らさずに堪え、マンションのどこかにいる村上を見つめながら続けた。

「許しも答えもあるはずがないんだと俺は気付いた。お前がもし今ここで答えを差し出されたら、それを受け入れることが出来るか。違うはずだ。結局は理屈や罪の意識に左右されて納得など出来ない。目に見える終焉など来ない」

「でも私は違うんですよ! 私は逃げ続けて、自分を偽ってきました。これまで自分を責めることも、悩み抜こうともしなかった。神木さんのように、簡単に答えを出すことを許されはしない。私の前に道は続いていないんですよ」

「悩んだ時間が、罪を許す訳じゃない。それは俺が一番分かっていて、お前に教えてやらなければならなかったことだ。そこに留まっちゃだめだ、村上。俺が信用出来ないか」

 一度沼に足を踏み入れてからは早いことを神木は知っている。
途端に指標を失い、明かりをも失ってしまうのだ。

そしてそのまま自分を責め続けるうちに、悩み倒すべき問題は形を変え、見当違いの場所に流される。
自分を痛みから守ろうとした結果だった。

だがそれに気づいたときには既に深みに嵌りすぎてしまって、どうすることも出来ない。
ジタバタともがけばもがくほど身動きが取れずに溺れてしまうのだ。

 沈み始めた彼女を、この底なし沼から引き上げるにはどうしたらいいのだろうか。
神木は歯痒さに耐えながら、だが問い掛けることをやめてはいけないと思った。

「すまなかった、村上」
まるで欠けたピースのせいで、永遠に終わらないパズルを目の前にしているような遣る瀬無さに歯噛みしながら神木は続けた。
「俺はお前に、笑い飛ばしてやれるような現実を早く用意してやるべきだった。分かっていたのに、また俺は同じ過ちを犯したらしいな」

「やめてください」
「大丈夫だよ、村上。お前の父親の代わりに、俺がお前のわがまま全部聞いてやる。すぐにお前を自由にしてやるから」

「お願い、やめて、神木さん」
「村上。俺たちには続く日常を、ただひたすら生き」

 泣き喚くときのような声で、必死に抵抗する村上をかき抱くように、神木は言葉を重ねた。
だがその言葉が最後まで村上に届くことはなかった。

 ――続く日常を、ただひたすら生き抜くことしかないんだ。

 耳に流れ込む単調な話中音に嘲笑われているようで、神木は思い切りハンドルを拳で殴った。
車が小さく揺れる。
その中で、痺れている手をもぎ取ってしまいたいと激しい感情に支配される。

「救おうとすることは、こんなにも難しいのか」

 情けなく掠れた声は簡単にエンジン音に掻き消される。
エアコンの風で乾いた喉が痛んでいることに神木は気付いた。
顔を歪めて唾を飲み込むと、余計に無力な自分を目の前に突きつけられている気に陥った。

 神木はドアガラスからマンションを見上げて、きっと泣いているであろう村上のことを考えた。
伝えたいことはまだ数え切れないほどあった。
届かない言葉が胸の内で暴れて、やり場のない怒りと悔しさで燃え尽きてしまうのではと思う。

 サイドブレーキを落とし、アクセルを踏み込んだ。
今はそっとしておくしかない、と言い聞かせる。

そして今の自分に出来ることは、早期に犯人を捕まえることだとハンドルを握る力を強くする。
それが村上を引き上げる力になるようにと、唇を噛み、知り得る全ての神に祈った。



いつもお読み下さり、本当にありがとうございますっ。
とりあえず簡単になのですが、全ての章に改行を施してみたため、目次の最終更新日がなんだか気持ち悪いことになってしまったのですが、気にしないでいただけると嬉しいです(苦笑)

そして、拍手本当にありがとうございますっ!
とてもとても励みになっております。
今後も何とか定期的に更新していけたらと思っています。
どうぞお付き合いくださると幸いにございます。

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