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  Flow 作者:森カラ
第十一章 追尾 二
 高校内に車を進めると、見覚えのあるセダンが教員のものと思われる位置から離れた所に停められていた。

「やっぱり、誰か来てるみたいですよ」

「そうだな」神木は言いながら、車から校舎を見上げ、雨で霞んだ視界の中に一列に並んだ教室を見た。「このどこかだ。このどこかに崩れ始めたガキがいる」

 いつもより低い、緊張した声だった。
その声を聞き、村上も黙ってフロントガラスの前に立ちはだかる校舎を見上げた。

そして自分もそろそろ覚悟を決めるときだ、と言い聞かせ、ハンドルを握り直した。

 大きな桜の木の枝がしなっている下へ車を止め、エンジンは切らずにギアをパーキングに入れた。そのときだった。
一人の女子高生がこちらに近づいてきているのに村上は気付いた。

すぐに神木に告げようと振り返ると、険しい目をした神木が視界に飛び込んできて硬直した。神木は挑戦的な顔して近づいてくる少女に既に気付いていたようだ。

 視線を動かさないまま、神木はゆっくりとシートベルトから身体を解放した。
少女はブレザーのポケットに手を入れたまま、一定の速度で車に近づいていたが、運転席側のドアガラスの前まで来て突然手を引き抜くと、額に両手を翳したままウィンドウに突撃してきた。

衝撃で車が揺れ、すぐ隣で覗かれている村上は肩を竦め困惑している。
神木は大きな眼をこれ以上となく見開いて車内を覗いている女子高生と一瞬視線を交わし、すぐに車外に出た。

「ケーサツ! ケーサツでしょ!」
少女は神木が外に出てきたのを確認すると、雨の降る中、飛び跳ねながら騒いだ。

「辛気臭い顔がイメージ通りだよ! アリサ、マジでびっくりした」

「君はここの生徒さん?」

「うん。三年生。桜塚アリサです。片仮名でア、リ、サ、可愛いでしょう」

 アリサは満面の笑みで答えると、額を滑り落ちてくる水滴を手の甲で乱暴に拭い取った。
真っ黒な髪の毛が細かい雨に濡れて、不思議な光沢を放っている。

切り揃えられた前髪から覗く大きな目はグレーのシャドウで囲まれ、制服を着ていなかったら、到底高校生には見えない風貌をしていた。
神木とアリサのやり取りの中、遅れて村上も外に出てきた。

まだ全身で不信感を露にし、神木の様子を窺っている。
神木はそれに注意を払いながら、出来るだけ明るい調子で、

「何でおじさんたちが警察だって分かったの?」

「分かるよ。だって向井くんのパパが殺されたって、お祭りみたいな騒ぎなんだよ」

「向井くん?」

 神木の問いにアリサは白目の目立つ瞳を、これ以上となくまあるくさせて、「何で聞き返すの?」

「何でって」村上の声に被さって、アリサの甲高い声が雨を切り裂いた。

「ダサい刑事ドラマじゃないんだから、やめよーよ、そういうこと! 向井くん以外のことで来る理由がないじゃない」

それとも、と語尾を延ばしながら、アリサはますます挑戦的な目を闇の中で光らせて神木を舐めるように見た。

「アリサも既に容疑者扱い?」

 アリサのコロコロと変わる独特なテンポに神木も面食らい、つい苦笑する。
そして同時に「いや」と否定しながら、この女は何か知っているなと錆びたアンテナが反応を見せているのに素直に従おうとしていた。

「そりゃないさ。でもさ、アリサちゃん、だっけ? 期待しただろう? こんな展開を」

「まあ、ちょっとはね」

 アリサが言いながら、まだ不信感を向けている村上のことを上から下へ厳しく観察していたのを神木は見逃さなかった。
村上も今の桜塚の威嚇に完全に気付いたことだろう。
村上が必要以上に口を滑らせなければいい、と神木は思った。

「校長室では向井くんが真っ黒な人たちに囲まれてたよ。ねえ、ケージさん。向井くんのパパ、誰が殺したの?」

「それを調べているんだよ」

「嘘。もう分かっているんでしょう、本当は。向井くんも知っている人?」

 神木は口元に笑みを絶やさず、だがアリサをきつく見た。
同時に、肝の据わった娘だと思う。

アリサは小さな口を尖らせているだけで無表情かと思いきや、注意して見ていると、やはり時折神木を隅々まで観察しており、周囲に妙な緊張を走らせている。
だが神木はアリサの神経質な緊張に、肉食動物に怯える草食動物を重ねていた。

反対にこちらに踏み込み張り巡らせた尖った雰囲気は、まるで威嚇のようだったのだ。

「アリサちゃんはさ、向井龍之介くんとはお友達なの?」

「“オトモダチ”とか、笑わせないでよ、ケージさん。もっと素直に詮索していいよ」

「こりゃ参ったね。俺にどこまで見せてくれるのか、期待しちゃうよ」

「ケージさんがあと二十歳は若かったら、アリサ、ちょっと本気になったかも」

 そりゃあどうもと呟きながら、首の後ろを押さえて俯き、アリサとの第一回攻防戦に呆気なく負けてはにかむ神木を見て、村上もようやく柔らかい表情に戻った。

「現場は河川敷なんでしょう? ああ、向井くんのパパ、寒かっただろうな」

 突然アリサが憂いに沈んだ表情で、まるで雨雲に語りかけるように空へ向かって呟いた。
神木も村上も、彼女の突然大人びた様子に息を呑んだ。

「あなたは向井くんのお父さんを知っているの?」

 村上は自身の中にあった「相手は子供」という甘えを律するように、ゆっくり力強く問い掛けた。
だがアリサは上空を悲しそうに見つめたまま、首を左右に振るだけで何も言わない。

神木はその様子を見ながら、このアリサという娘があの龍之介と関係があるならば、それはどういったものであろうかと想像を巡らせた。

「でも、向井龍之介くんとは知り合いみたいに感じるわよ」

「向井くんのことは、よく知らない」
え、と声を漏らした村上に何の反応も示さず、アリサは続けた。
「アリサがよく知ってるのは、誠大さんだけ」

「誠大? 日向誠大のことか?」

 即座に反応した神木に、それまで大きなアクションを見せなかったアリサも素早く神木の方を振り返った。

「誠大さんのこと、知ってるの? ケージさん」



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