第十章 鬼ごっこ 十
誠大は何もかもを分かっている顔をして、僕を真っ直ぐ見ていた。
僕たちの間にあったものが壊れて平坦なものになったからなのか、誠大はもう、僕に何かを求めるような素振りを見せなかった。
彼がこうして、瞳も揺らさず真っ直ぐ前を見ているのは、これから始まるであろう戦いを見据えて、純粋に覚悟を決めたからなのかもしれない。
大きな覚悟がなければ、僕にあれだけの爆弾を浴びせることは出来なかっただろう。
けれど、僕はそんな誠大の様子を前にして、無理矢理言わせてしまった後ろめたさの呪縛から逃れられないでいた。
初めから分かっていたことなのに、己の不安に打ち勝てず、言わせるだけ言わせて、やはり結局何の手助けも出来ないことを、今更改めて悔いる。
「(いや、そんなのは綺麗事だろう)」
間髪入れずに、僕の中で声が湧く。
そうだ、僕は自らを責めることで、何とかこの大きな疑惑を乗せた列車から逃れる術を模索しているだけなのだ。
「僕が悪かった、だから許してくれ」と、また居もしない神にすがり付こうと膝を立てる準備をしている。
しかし、と僕は思う。
先ほど、僕や誠大が自分の中のヒーローを失った時の衝撃について、ふと思い出したのだ。
(そうだ。中学生の向井にとって、誠大が自分から離れていったことが、まるで僕らがヒーローを失ったのと同じように大きな出来事だったとしたら……もし、彼がそれを契機にして、完璧に自分の殻に閉じ篭ってしまったのだとしたらどうだ?)
突飛な上に、ご都合主義的な考えではあったが、僕は思考を廻らし続けてみる。
(向井は誠大に「救ってやる」と言っている。向井にとって、誠大を救いたいという感情はどこから出てくるのだろう。向井には誠大が苦しんでいるようにでも見えるのだろうか? だからそんなことを言ったのだろうか?)
ちょっと待てよ。僕はそれが誠大に言われたタイミングのことを考えてみる。
(もし、斉藤先生殺しが本当に向井の仕業だったとして、それが誠大を救う一環として行われたものだったとしたら?)
いや、と僕は俯き、苦笑した。
馬鹿馬鹿しい、何を考えているんだ、僕は。
今までの考えを全て吹き飛ばすかのように、僕は頭をガシガシと掻いた。
大体、何で斉藤先生を殺すことが誠大を救うことに繋がるっていうんだ。
それに誠大と斉藤先生の間には、僕が知りうる限り、今までに何の接点も思い当たらない。
誠大のことだ。
もし先生との間に何かあったのだとしたら、もう打ち明けてくれているだろう。
(では、誠大はどのようにして、向井が斉藤先生を殺したという結論に行き当たったのだろう。さっきは「正当な理由なく」と言っていたけれど……向井に見せられたというゲームの中に先生の名前を発見したから、というだけで行き着いた結論だったんだろうか)
誠大は突然黙り込んだ僕に、力なく笑いかけて言った。
「お前に何かしてほしい訳じゃない。それに、言っただろ? 今のは俺の仮定だって。“もしも”の話さ。だから、そんな顔すんなよ。そんな顔されても、俺はどうすることも出来ない。
でも最後に一つだけ聞いてほしいことがある。今度は俺からの頼みだ。そしてそれを聞いて、お前が何を思って、何をしようとしても俺は止めない。お前が思う通りにしてくれればいいから」
そうして誠大はまるで小説を読み上げるかのように、僕の想像の遥か斜め上をいく現実離れした話をし始めた。
その内容は、向井がそのオンラインゲーム上で知り合ったという男性の紹介で、怪しいサイトに出入りしているというものだった。
そのサイト内では、現実の世界で在った事件を臭わすものが、闇販売されているという。
それもとんでもない額で取引されているらしい。
中には、血のついたままと思われる凶器のようなものまであるようだ。
また、付随して書かれている事件内容は、それに酷似しているというレベルではなく、その関係者や当人にしか知りえないのではないかと思われる事柄まで記載されているらしい。
そして驚くべきことは、向井がそこで金儲けをしようとしている、ということなのだ。
何故、そんなことをする必要があるのかまでは分からなかったようだが、しかしそこには、斉藤先生の事件に関連のあると思われる物まで、売りに出されていたというのだ!
その上誠大は、それをネット上に売りに出したのは向井じゃないか、と疑っていたのだった。
実際に向井の側でその画面を見た誠大が感じたことだ、僕に信じられないはずがなかった。
そして僕は、誠大が向井を斉藤先生殺しの犯人だと結論付けた過程に、理解不能なこうした現実が転がっていたことを知ったのだった。
「ごめん、想像が追いつかないよ」
言いながら僕は、自分の中で辛うじて疑念だったものが、完全に形を持ち、僕の中でその体を押し付けてくるのをどうすることも出来ずにいた。
目頭を強く摘むと、思わず涙が併発されそうになり焦る。僕は平静を装って続けた。
「考えていたんだ。どうして誠大は、あそこまでハッキリ向井が犯人だって僕に言えたんだろうって。まさかそんなものを見てきたなんて、思いもしなかったから」
事の大きさとは逆に、声が小さくなっていたようだ。
僕自身はまだ事の大きさにうまく順応できていないというのに、人間とはよく出来ている、などと呑気なことを頭の片隅で思う。
「俺だって、まだ絵空事のように感じてるよ」
誠大は微かに笑っているものの、その行間に「さあ、お前、どうする?」といったニュアンスが隠されている気がして、千の針が差し込まれていくような痛みに、体が侵食されていた。
「誠大は、これからどうするつもりなの」
思い切って気になっていたことを聞いた。
問題を先延ばしにするのは、僕の得意で、どうしようもなくズルイ癖だ。
だが、誠大はやけに落ち着いた様子で、まるで自分自身に言い聞かせるように、ゆっくり言葉を選びながら言う。
「やっぱり、龍を完全に非難することは出来ない。もし、この日常を全部ぶっ壊したくて殺人ゲームにハマッてるんだとしたら、俺はそういう部分は肯定していたいって思うんだ。朝は否定したけれど、俺もこの平和すぎる毎日にすごく苛々することがある」
こんな糞だめみたいな日常に、価値なんてないだろ、と誠大は続けて吐き捨てる。
「でも実際に人を殺しているなら、話は別だ。それは俺らの日常を壊すことでも、何でもない。だから俺が、あいつに言いたいんだ。
でも、俺があいつに言ってやれる言葉って、一体何なんだ? 龍をどこに連れて行けば、全部上手くいくっていうんだろう!」
何も言えなかった。
「まるで分からないんだ」と、諦めた表情で薄ら笑う誠大の乾いた声が、脳に張り付いて痺れたようになる。
ようやく彼らの後ろではなく、彼らの表情が見えるところまで歩みかけたというのに、僕では彼らに手を差し伸べることさえ出来ない。
むやみやたらに手を差し出したところで、結局僕は彼らをどこに引っ張り上げたらいいのか、全く分からないのだ。
「何で、そんなことまで僕に話したんだ。僕には無理だよ……警察にだって、駆け込むかもしれない」
悔しさと無力さが苛立ちに変わり、意思など関係なく、僕の中を突き破って出てくる。
「俺、最初に言っただろう、もう遅いって。完全な負けなんだってさ、言ったろ? 俺の甘っちょろい改造計画は、簡単に弾き飛ばされたんだよ」
いつの間に涙を流していたのだろう、誠大の瞳が、頬が、少し濡れていた。
瞬時に苛立ちが吹き飛び、僕の心と体がバラバラになって固まる。
彼の、こんなにも崩れた、不安定な感情が浮き彫りになった顔を、僕は初めて見たのだった。
「俺はどうしても、お前を龍のターゲットにはしたくなかった。例え駒にしていても……勿論、友人としてもだ。俺ではお前を龍之介を相手に庇うことなんて、出来ないかもしれないから」
音が一つになって、僕の中に入ってこない。
耳に入り込む直前になって、突然針のように尖り、突き刺さってくるような感覚に、先に嗚咽が漏れそうになる。
誠大は頬を伝う涙をそのままに、真っ直ぐに僕を見た。
そして、体中の水分が枯れ果てたような声で言った。
「ごめん、まだ話は終わってないんだ。
倖。俺は龍の家で、お前が殺されているのを見たんだ。斉藤先生と同じ名前のアバターが殺されたのと同じように、お前と同じ名前のアバターが、龍之介の手で無残に殺されていくのを見てきたんだよ」
書いているのはわっしなんですが、いい加減”僕”のくどさにイライラしてきました。
どのくらいイライラしているかというと、エヴァンゲリオンのシンジくんがエヴァに乗るのを拒んで、甘ったれているのを見ているのと気分的には同じイライラ指数です。
でもシンジくんは好きです。
ですが、加持さんの方がもっと好きです。
正直、愚作と何の関係もないですね。すんまへん。
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