ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
  Flow 作者:森カラ
第十章 鬼ごっこ 九
 自分ではおどけて言ったつもりの一言だった。
この数学の問題、ほんとに分かんねえなあ。今日のテスト、ほんとに難しかったよなあ。

そうして友達と笑いあう時のような、他愛ない会話の、ほんの繋ぎのような感覚で放った一言だった。
けれど、僕の瞳のスクリーンは、誠大の顔がますます歪んでいくのをただ映している。
そして彼の目が閉じられた時、厨房から鳴る皿のぶつかり合う音に乗って、彼の言葉が滑り出した。

「ゲームの中では、斉藤先生と同じ名前のアバターがめちゃくちゃにされて殺されていたんだよ。その脳も、心臓も、龍のものになっていくのを俺は見たんだ」

「何、だって?」

 まるで言葉を忘れてしまったような感覚だった。
誠大の重い、ジメジメした声が肌に張り付いてくるような不快感が、一瞬にして僕の全身を覆う。

「何でそんなことが……斉藤先生もそのゲームに参加していたということ?」
「いや、違うと思う。そんな偶然、すげえ非現実的すぎるよ」

「じゃあ、何で斉藤先生の名前と同じ名前の奴がいたんだよ。確かにそんなに珍しい名前ではないけど、あまりにも偶然すぎるよ!」

「分からない。もう、自分が見てきたものさえ、信じられなくなってきてる。
 そもそも、あそこにいたプレイヤーたちは、本当にゲームにアクセスして、存在してたんだろうか。龍だって、結局どうやってあのゲームを見つけたのか、全然話してはくれなかったし」

「そうだよ」
僕は自分自身に言い聞かせるように呟く。
「ゲームなんて、誰だってやるだろ? そうだよ。僕だって、ゲームをやっていて名前の入力を求められたら、パッと思いついた知り合いの名前を入れてしまうかも」

 目の前に提示された現実をなかなか受け入れることの出来ない僕は、出来るだけ明るい調子で、たくさんの可能性を絞りだそうと引きつる笑顔で何とか声を発した。

「前に、龍が斉藤に教室から追い出されたことがあっただろう」
僕の声など全く届いていないのか、少し虚ろな目をして突然、誠大は話題を変えた。

「確かに、斉藤先生が死んだと聞かされて真っ先に思い出したのはそのことだけど。まさか誠大はそれだけで、今回の斉藤先生の事件に向井が関わってると思ってるの」

 僕は思っているのと少々逆のことを言った。
 本当は、僕は完璧に疑っている。

 学校で、向井と斉藤先生との間に起こった小さな事件を、今回の斉藤先生殺しと全く別物としては考えていない。
朝方、ネット内の掲示板で見た好き勝手なやり取りが、頭の中でうねりになってぐわぐわと反響している。
その圧迫が、今まさに体内を突き破ってきそうだった。

「確かに俺の知ってる限り、龍はそんな小さなことをいつまでも気にするような奴じゃない。それに、斉藤先生もあんな小さなことをいつまでも根に持っていたかどうか。
 だからさ。理由なんてなかったと思うんだ」

「それ、どういう意味?」
「倖」

 誠大は風船が割れたような音で、僕の名を発音した。
そして、僕から簡単に言葉と思考を奪う。まるで磁石で誘導されているように、僕の視線は誠大から動かせなくなる。
そうして、誠大はゆっくりと僕と目の位置を合わせて口を開いた。

「斉藤先生を殺したのは、たぶん龍だよ。あいつは、たぶん、何の正統な理由もなく、斉藤先生を殺していると思う」

 何も、言えなかった。
 反論したり証明を求めたりする余裕もなく、向井に対して抱いていた中途半端な疑念が、誠大の口から本物になったことに対する驚きも落胆も、形になるような感情はたった一つしかなかった。

 怖い。

 ただ、そう思う。これは僕の手に負える範疇を遥かに超えている。
 恐怖という恐怖が、とうとう僕の中の最後の堤防を乗り越え、そのまま雪崩のように体の中へと流れ込んできたかのようだった。

 誠大の、やけに沈着な様子や、ついに僕の前に立ちはだかった向井の本質が、激しい眩暈を連れてくる。
まるで「これ以上は手に負えない」とばかりに、僕の細胞たちが必死に“(とど)まれ!”のサインを出しているかのようだ。

「実は僕もそう思っていて」、「やっぱりそうか」……様々な単語が喉元を通り過ぎていくが、言葉にはならない。

 こうなることが予想できなかった訳じゃないだろう?
そもそも僕は、この斉藤先生殺しが、何らかの形で向井と関わる部分があるんじゃないだろうか、という疑念を消しきれずにいたじゃないか!

 僕は自分自身に罵声を浴びせる。
けれど、頭の中でもしや、まさか、と妄想を重ねるのと、誠大本人の口から聞かせられるのとでは、あまりにも受ける衝撃の度合いが違いすぎた。

 誠大という友人を失うのに恐怖し首を突っ込んだというのに、大きな爆弾が爆発した今、結局僕は恐怖に両足を掴まれ、再び立ち止まろうとしている。

 だが、それも既に許されないだろう。
僕は、もう底なし沼に完全に片足を踏み入れてしまっている。
「そっか」僕は辛うじて一言口にした。




実はオンラインゲームというものをやったことがなかったりします。
本当はこれを書く前に一度体験しておきたかったのですが、実現させることが出来ず、ほとんど情報を仕入れていないまま、突き進んでおります。
なので、もし「ありえねーよメーン」みたいなことがあったら、本当に申し訳ないですっ。
出来るだけ気をつけて書くようにしたいと思いますっ。
WEB拍手



+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。