ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
  Flow 作者:森カラ
第十章 鬼ごっこ 四
 その「演技」とやらを受け入れればいいのか。
そうしたら彼らの世界に溶け込めるのか。

 僕は念じるように自分の言葉を追っていった。
だがその距離が縮まることも、この手に掴み、捨て去ることも叶わない。
 言葉を探していると、誠大が何事もなかったかのように話を続けだした。

「いじめに遭った俺は、結局教室の三階から突き落とされることになった。主犯は言うまでもなく、坂下。だが、奴が処罰を受けることはなかった。俺の不注意ということで片付いちまった。ご丁寧にベランダには柵なんか付けられたりしてな」

 自嘲気味に話す誠大に取り付いた影が、まるで生き物のように見える。
僕はいよいよ直視することも難しくなって、そのくすんだ黒い影から目を逸らしてしまった。
誠大がフッと息を吸う音が聞こえて、腋の下にじっとりと汗が広がる。

「じゃあ、その頭の怪我はそのときのものだったの」

 僕の問いに、冷めた餃子を興味なさそうに箸の先で突付きながら、誠大は頷いた。
だが少し苦しそうな表情になったのを僕は見逃せず、気付いたときにはもう叫んでいた。

「何で誠大はそんなに向井を構うんだよ! いいじゃないか、もう。自分を偽ってまで、何で向井を助ける必要があるんだ? 僕には分かんないよ!」

「別に偽ってる訳じゃない。それに、龍が俺を救ってくれたんだ。だから、俺は龍を放っておくことは出来ない」

 いつの間にか、誠大の箸は再び冷たい机の上に放置されている。
誠大は髪をかき上げるように右手を額に添えると、

「意識不明の重体だった。俺は三日間も死の淵を彷徨っていたと、後で親から聞かされた。すぐに救急車を呼んだのも、俺が集中治療室で眠っている間、毎日見舞いに来てくれたのも龍だったんだ」

「……向井が?」
「そうか。お前は信じられないだろうな」

 また、その顔か、と僕は思う。
その男の名を口にするとき、無意識になのか、誠大の口元は安心したときのように緩むことがある。
今まさにうっすらと笑みを浮かばせた誠大を見ながら、僕は今まで分からなかった、彼にとっての「向井龍之介」という男の重みを見つけ出したのだった。

 誠大はいつでも一人で真っ直ぐ立ち、選んだ道を恐れることなく歩いているものだとばかり思っていた。
でも、それは僕の思い込みだったのかも知れない。

そのことに気付くと同時に、自分の立っていた地面がガラガラと崩れ、地の底に落ちていく様が脳内で再生されていく。
その脇で、また誠大の告白が始まった。

「退院と同時に、また引越しさせられることが決まった。学校で目立っちゃったことで、隣近所に俺の能無し親父のよくない噂が立ったんだ。そんな大した噂じゃないんだが、母親がひどい躁鬱で、いつもそれに耐え切れないんだ。掛かりつけの精神病院の医者も母親を持て余していて、また適当に“土地を変えろ”なんて言うわけだ。
 結局龍と同じ学校には半年程度しか居られずに、また転校をすることになってしまった」

 笑えよ、と力なく吐き出される誠大の尖った諦めに、僕はとても何も言えそうになかった。
僕は本当に普通に育ってきただけだ。

両親だって、そこまで仲が良いわけでないといえども、不幸と感じたことは一度もない。
時折母親を煩いと思えるぐらいの、恵まれた環境で息をしていたのだ。
誠大の言葉を借りれば「温室育ち」なのだ、僕は。

「でも龍はそれを救ってくれた。どうしようもなく不自由だった俺を、あいつは引っ張り上げてくれたんだ。
 今度は龍が坂下を突き飛ばしたんだよ、車道に」

 語尾と共に誠大が僕の両目を捉えた。
否でも応でも僕の脳内シアターでは、夏に三人で秋葉原へ行った帰りに起こった、あの恐ろしい体験が再現されていく。
向井に背中を押されたあの日のことはまだ、僕の中でまざまざと鮮明に蘇る、悪夢のような現実なのだ。

「それが坂下という人への報復なの? 本当にそれが誠大を救ったの?」

 僕の震える声を嘲笑うようなタイミングで、誠大の頬が気味悪く歪んだ。
まるでその空気に一瞬にして、当時の彼らの元へ突き出されたような感覚に酔わされる。
 
「誠大はそれが正しいことだと思ってるの? 暴力に暴力を重ねたって、何も解決なんかしないじゃないか!」

「お前に一体何が分かるって言うんだよ。ピッタリだった、あのタイミング。俺がまさに死のうとしていたタイミングと、面白いぐらい重なったんだ」

 誠大のだらんとしていた両手が徐々に力を帯びて、拳を作りあげていく。
力が漲り、放出されていくのを楽しんでいるかのような表情で彼は続けた。

「今まで目立つことも、何かに自分から興味を見せることもなかった龍が、突然言ってくれたんだよ、坂下に」

 何て、と僕が口を挟む前に、誠大は救われたような顔をして、

「目障りだから、日向に絡むのはもうやめろ、って」

「だからって! それで誠大への暴力が終わったんだとしても、結局誠大は向井の力を借りて、坂下って人と同じことを繰り返しただけだ!」




ば、場面がうろちょろしやがってすみませんっ。
今更ながら、中学生の設定にすれば良かったなーなどとしょうもない後悔をしたりしつつ、この先こいつら生きにくいぜ、こんなに暗くてよーと、またしても他人事面して書いてまっする。
WEB拍手



+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。