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  Flow 作者:森カラ
第十章 鬼ごっこ 三
 誠大はすっかり氷の溶けた水を、まるで喉に出来た(つか)えを取るような顔をして飲み干すと、冷めて伸びきったラーメンを前にして、淡々と語り始めた。

「登校拒否をしていた時期があるんだ。十二の頃、転校して間もなく苛められて、学校へ行けなくなった。その苛めの主犯が坂下だった。
 その頃、既に六回の引越しと転校を繰り返していた。龍と出会ったのはその六校目の学校だったんだ。
 六回も転校生を経験していると、だんだん分かってくるんだよ。教室に入った瞬間に受け入れられるのか、迫害されるのか。その教室は残念ながら後者だった。でも俺はその感覚について特別何の感情も持たなかったし、何とかより良い方向に改善しようなんてことは思わなかった。何もかもが面倒臭かったんだ。
 到底友達を作る気など更々なかったし、またいつ強制されるか分からない転校に怯えるくらいなら、感情なんて持たなければいい、とさえ思ってたんだ」

 いつも澄んでいた誠大の瞳が、いつの間にかドロッとゼリー状に澱んできたような気がした。
彼はテーブルの右斜め下に目線を落としたまま、時折言葉の端々に自虐的な笑いのような息を漏らしている。

「転校初日、たまたま隣の席にいたのが龍之介だった。龍之介はクラスじゃ特別目立ちもしなければいじめられもしない、今のあいつと全く同じような認識を周りに根付かせてた。
 俺は何日かして“こいつは俺と同じことを考えているかも知れない”と思ったんだ。純粋に興味が湧いた。だってそうだろう? これまで誰にも脅かされることなく、温室で大切にされてきたガキの間をたらい回しにされてきた俺にとって、既に周りに何も期待していない目をしている同類を見つけたんだ。もう、気になって仕方なくなっちまったんだよ」

 分かる気がした。
今の誠大から出ている、この退廃的で気だるい雰囲気は今や僕の中に向井龍之介という男を一瞬でも髣髴とさせるものがある。
だが一方で、どこか自分に言い聞かせているような、一方的な熱のこもった物言いに、違和感を覚えざるを得ないでいた。

「けれど敢えて龍に近づこうとは思わなかった。あいつの存在そのものが、もう既に俺を救っていたんだ」
 変な話だろ。誠大はそう言って笑うと、再び重たい視線を固定して、
「俺、ビクついてたんだよ。大人ぶって、“馬鹿なガキに付き合ってなんかいられねえ”って頭ン中で喚いてたけど、いついじめが始まるのか、本当はいつも気が気じゃなかった。
 転校してから三ヶ月後、早速イベントが始まったんだ」

 いじめを「イベント」と言う誠大の嘲笑に、僕は初めて彼に刻まれた傷の深さを見た気がしていた。
口元には冷笑を浮かばせているが、目は死んでいる。

いつの間にか僕の目の前に座る男は日向誠大ではなく、何か別のもののようになってしまったような気がして、背筋に冷たいものを感じていた。
まるで彼の内に潜んでいた悪魔が、ようやく誠大の着ぐるみを脱いで現れた、といっても過言ではない狂気が漂っている。

「でも自分はいじめには強い、なんて、たぶんどっかで慢心していた部分があった。低レベルの人間のストレス発散の標的になるくらい、やってやろうじゃねえかって。けれど俺は、実際相当打たれ弱かったらしい。
 そのいじめは俺自身への暴力は勿論、関係のない人間まで巻き添えにしたものに発展していった」

「……何となく分かるよ。自分とは関係のない人の犠牲っていう、弱みにつけこむ卑怯さは想像できる」

「まさか」
誠大は突然歯切れよく、
「お前みたいな奴に分かる、なんて言われるとは思わなかったよ」

 思わずその不穏な空気の流れに息を呑んだ。
肌に電気が走るような張り詰めた緊張の中で、彼の顔に浮かび上がった濃い真っ黒な影を見た。

「倖ってさ、いじめられたことなんかないだろう」

 喉に石が詰められたように動かなくなる。
喉元に手を当てて見た。

いつもよりも切迫した様子で鼓動が刻まれている。
誠大はそんな僕を見て、青白い顔のまま手を仰ぐように振ると、

「いや、いいんだ。別に責めてる訳じゃない。俺はだからこそお前を手駒に選んだんだからな」

 え、と声が漏れてしまった。

「だからさ、芝居だったんだよ、全部。演技、分かる? 全ては龍之介を引っ張り上げるための、俺の算段だったんだ」
誠大は剣呑な様子でそこまで言うと、突然全ての終わりに達したような顔をして続けた。
「俺はあいつに、違う世界を見せてやりたかったんだ。ごく普通の高校生の見る世界を」

 目の前で、ゆっくりと新鮮さが失われて、餃子が(しな)ってきていた。
僕はそれを見ながら、絶望を覚えた。

僕に何が出来る、いや、出来るわけがない。繰り返している。
だが、そうかといって逃げることも出来ない。僕が知りたがったんだ。

無理矢理聞きだそうとした。それでこのザマか?
茹で上がった麺が湯きりされる音が、まるで何者かがこちらに近づいてくるように聞こえて、余計に焦る。




時系列がめちゃくちゃです!

……すみません、自分が情けなくてつい。
読み辛くて申し訳ないですっ。
WEB拍手



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