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  Flow 作者:森カラ
第十章 鬼ごっこ 一
 向井の父を見送り、僕達は長い間物言わず、降りしきる雨に身体を晒したままにしていた。
 通り過ぎる人たちが僕等にねっとりとした視線を送ってくるのが分かる。
これほどまでに他人(ひと)の、愚かしい好奇心に敵意を覚えたのは初めてだったかもしれない。

 僕は濡れていく誠大の制服を見ながら、彼らに非難の籠もった視線を投げつけようと首を動かした。
だが、通り過ぎていく人の目玉を捉える度に、恐ろしい感覚に四肢が支配されるのを感じる。

ああ、と僕は思った。
ただ己の感情だけを押し付けてくる彼らに、僕は否応なく打ちのめされたのだ。

 これは普段の僕の目なんじゃないだろうか。

 つい先程まで、僕の怒りの中心を色濃く染めていた人々の心無い視線への感情が、いとも簡単に自責の念に変わっていく。

 僕はただ傍観者でありたかったのだろう。
だから彼らを卑しい目線で見つめながら、どこか無言で責め続けていたのかもしれない。

火の中に飛び込む勇気がなかったのだ。
だが、目の前で起こっている火事は気になるし、放ってもおけない。

その中で友人が燃えているのなら尚更だ。だが、僕は助けにはいかずに、ただそれを見ていたのだ。
見ているだけで、その火事の原因を探ろうとも、解決への道も探そうとはしない。
自分に火の粉がかかるのが嫌だったからだ。

 いつの間にか、どう呼吸をし、どう進めば出口に行き着くのかさえ分からなくなっていて、窮屈な息苦しさの中で、通行人を恐ろしい形相で見返していたようだ。
顔が、熱い。

 僕は、顔の表面にへばり付いたかのような水滴を袖で勢い良く拭うと、そのまま立ち尽くしたままの誠大の肩を抱き、目の前にあったラーメン屋に向けさせた。
そうして雪崩れ込むようにして店内へと入っていった。


 誠大は向井の父親と別れてから、一言も口を開いていない。
 何度か喋りかけようとするのだが、果たして何を口にすれば道が切り開かれるのか全く予想出来ず、せっかく生まれた決心は脇に逸れ、汗を掻き始めたばかりのコップの水をもう飲み干してしまった。

氷が虚しく崩れる音がする。
先程も新規の客が二人ほど入ってきたが、上手くタイミングを合わせられずに、結局僕らの間に漂う不穏な空気は何も変わらない。

 僕には、聞かなければならないことがある。
 初めて、失いたくないと思える友人が出来たのだ。

今、僕達の間に何が起こっているのか、きちんとこの目で確かめ、受け止めたい。
その結果僕が燃えたとしても、それで彼らを救えるのなら、火の中に飛び込む勇気くらい出せるはずだ、と何度となく自分に言い聞かせる。

 だが店内の中途半端な喧騒と、間抜けなテレビから鳴る音が僕の決心を簡単に唆す。
また、それを後押しするかのように、先程からやる気のない店員が卑しい興味を隠すことなくこちらに向け、幾度も空になる僕のコップへ水を注ぎに来る。
その度に、僕の喉は無理矢理固いものが押し込まれたように詰まり、掌の汗だけが異常にじっとりと湿りだすように感じた。

 だが、その不自然な緊張を破ったのは誠大の方だった。

「やっぱりお前は、俺に何も聞かないつもりなのか」

 まるで溜まった膿を、無理に押し出すようにして出した声のように感じる。
 僕は感覚の鈍くなった両手をジーンズに擦り付けながら、誠大の言葉を頭の中で何度も繰り返した。
しかし僕の中で言葉が混ざり合うと、ぶつ切り状態のまま漂っていた情報は混乱するばかりで、何をどう形にして誠大に伝えればよいのか分からなくなってしまうのだった。

 だが、このタイミングを逃しては、永久に誠大や向井と一緒にいることは出来なくなるような気がしていた。
すぐ鼻先で感じる、誠大の期待にも似た感情の渦を感じながら、コップに僅かに残った、溶けた氷を飲み干した。

そして考えても仕方ないのだ、と思う。
僕に出来ることは、いつものように正直であることしかない。

「聞きたいことはたくさんあるはずなのに、正直何から聞いていいのか分からないんだ」
「そうかも知れないな」

「え」声が漏れた。
「正直俺も困惑してるんだ。まさか今、このタイミングで龍の親父さんに会うとは思ってもみなかったから」

「このタイミングって?」

 間髪入れずに問い掛けた。
どことなく誠大の中の苛立ちがハッキリと頭を覗かせたような気がする。
僕はその正体不明の重圧に耐え切れず、野次馬心を素直に謝った。

「いや、いいんだ」
誠大は言って、少し椅子を引くと続けた。
「全部、計算し尽したはずだったんだけどな」

「どういうこと」つい言葉が濁る。

「いや、言い方が悪いか。変わることを信じての行動だったんだ。でも一体俺は、何をどう変えたかったんだろう。
 おかしいよな。今更俺は、今自分の立ってる場所さえ、間違ってるかも知れないなんて思ってるんだから」

 何を話されているのか、全くと言っていいほど理解出来ずにいた。
しかし、敢えてしつこく聞き質すことはしなかった。

いや違う、きっと僕はまだ、全てを受け入れる準備をし終えていなかったのだろうと思い直した。
その証拠に、何かが直前で新しい力を持って、より良い軌道へ僕たちを導いてくれるかもしれない、などと他力本願な期待が未だに腹の奥底で浅い呼吸を繰り返している。

だが一方で、先程よりも一瞬一瞬の感覚が妙にハッキリとし、目の前で過ぎ去っていく音や気配の集合体を、とても大切に思い始めてもいた。




九章を終えてから、かなり間があいてしまい、非常に心苦しく思っております。
本当に申し訳ありませんっ。
もう少しコンスタントに更新できるよう頑張りたいと思います。
今後ともどうぞ宜しくお願い致します。
WEB拍手



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