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  Flow 作者:森カラ
第八章 疑念 十二
 駅前は、昼時にも関わらずあまり人がいない。
主婦らの忙しく歩き回る様子や、傘を差しながら面倒臭そうに駅へ向かう人がまばらにいるばかりだ。

時折、駅前に建っている古びたスーパーの前で談笑しあう女たちの笑い声などが響く。
しかし、その中型スーパーの奥に見える、廃れた商店街は恐ろしいほどに閑散としていた。

神木も村上もそれを見て口を噤んだが、気を取り直し、再びコインパーキングを探し始めた。だが、都内とはいえ古く狭い町並みに、なかなか見つけられずにいる。

思い余って、村上はスーパーの脇にある、改札へ続く北口階段の側の交番の前へ車を寄せた。狭いスペースに無理矢理入れ込んだような交番は、南口からだと死角になってしまい、その存在さえ確認できない。

 車を止め、村上がウィンドウを開けて軽くクラクションを鳴らすと、ようやく机の上で書き物をしていた警官が億劫そうに出てきた。

立番(りつばん)はいいのかい」

 さり気なく腰にぶら下げた警棒に手を置いたまま出てきた制服警官は、相手を小ばかにするような顔をして首を傾げたが、神木の顔を確認するとそれは一瞬で強張ったものになった。
階級は警部である神木を見ての反応だったのだろうが、それでなくとも神木の場合、その過去が噂になることも多く、そういった意味で名の知られる存在だった。

「ご、ご苦労様です」
「なんでも警棒に頼っちゃいけねえな。いつもそうなのかい」

 まだ若い、二十代前半のニキビ痕の目立つ警官は「申し訳ありませんッ」と敬礼つきで声をあげたが、あまりの声の大きさと仰々しい敬礼に慌てた神木に、すぐにそれを抑えられて顔を赤くした。

「名前は何ていうの」
「はっ。矢堀巡査長であります」
「矢堀君さ、この辺にどこか時間貸し駐車場ない?」

 まだ落ち着き無く、鼻息の荒い矢堀は神木の言葉を復唱しながら、適当な場所がないか思い出そうとしているようだ。
その頼りない様子を見ていた神木が、諦めの表情で村上を振り返ろうというとき、

「神木さん。お昼、またラーメンでいいですか」
「何だよ、突然。だって、お前、それは嫌なんじゃなかったのか」

 神木は言いながら妙に落ち着き払った村上の顔を見て、それが落ち着きからくるものでなく、緊張からきているものだとすぐに悟った。
村上がゆっくりとルームミラーを指差す。

神木がそれを追い、その中に映っていた二人の人影を確認すると、すぐにリアゲートガラス越しにそれを見た。
それを待って、村上が再び口を開いた。

「あれ、あの時の少年たちじゃないですか? 昨日の、学校聴取のときに職員室前の廊下で会った」

 神木は村上に言われて、見たことがあると思ったのはそのせいか、とようやく大きな納得をみせた。
そして、そのすぐ後にふと全身の毛が順番に逆立ち、波打つような感覚を覚えた。
そうして、稲妻のように一瞬で、真っ直ぐで、強烈な印象が目の前を通り過ぎていくのを神木は見た。

 あの「醒めた瞳」は、昨日北高の廊下で見た、少年のうちの一人のものでなかったか?

 神木は一度生唾を飲み込むと、後悔するときのように硬く目を瞑った。
そこにぼんやりと、だが熱を持った記憶が、神木の瞼の裏側を容赦なく抉っていく。

何故こんなに気になる? 神木は呼吸を整えながら思った。
まさか、あれが龍之介だとでもいいたいのか、俺は。

だが神木は左右に、小刻みに首を振った。
そんなわけがあるはずない。

神木はやんわりと苦笑を浮かべながら、喉元を締め付けていたネクタイを緩めた。
だが、車内の生温い空気が首元を掠めても、息苦しさは消えないようだった。

酸素を求めるように、顎を少し上げて深く息を吸う神木の瞼の裏で、北高の廊下で会った、暗い瞳をした少年と(かい)(づか)の瞳が、重なったり離れたりしながら神木を酔わせる。
だが、神木は目に力を入れて再びリアゲートガラスを睨むと、頭痛を堪えるときのような声音で

「ラーメン屋に入っていくな」
「ええ、ラーメン屋に入っていきますね」

 神木も村上も後ろを振り返ったまま、微動だにせず少年たちがラーメン屋に入っていくのをただ見ていた。
矢堀は何が起きているのか分からない、といった様子で車内を覗き込んでは、神木たちの見ている方向とを交互に見て首を傾げた。

「あの子達、向井龍之介と同じ二年生ですよ」
「何で分かる」
「上履きの色が黄色でした。あの学校は一年生が赤、三年生が青、そして二年生が黄色です」

 神木はさらりと説明する村上の観察眼に舌を巻いた。

「学校外なら、話くらい聞いても。というのはいけませんか」

 村上は、停車中の場所がタクシーの降着場であるにも関わらず、既にシートベルトを外しにかかっている。
神木はそれを脇で感じながら、少年たちが完全にラーメン屋に入っていくのを見ていた。
そして、先程の古寺の腹の傷と頭の隅にこびり付いた、北高の廊下で見た暗い瞳の少年の映像が何故かリンクし、脳内を駆けずり回るのをどうすることも出来ずにいた。

「確かに。出来るだけの情報を手に入れておきたいな。龍之介に会う前に」

 神木は言いながら正面を向くと、ドアの側に立っていた矢堀にも気を払わずに思い切りドアを開けて外に出た。
案の定、突然開けられたドアに、矢堀は押し退けられる形で後退りすると、続いて村上も運転席から降りてくるのを口を開けたまま見ていた。

「矢堀さん、申し訳ないですけど、この車どこか適当なところに停めておいてください。そう遅くならないうちに取りに来ますので」

 矢堀はまだ狼狽を隠しきれない様子で、「あ」とか「え」とかを繰り返している。
だが、村上の視線はもうラーメン屋に釘付けだ。

「矢堀くんだったね。助かるよ、君の事は覚えておく」
神木は、もう随分濡れてしまった矢堀の肩についた雨を、コートの袖で払うように拭きながら続けた。
「レッカーだけは勘弁願いたいんでね。宜しく頼むよ」

「りょ、了解しましたッ!」

 くすんだ茶色がより汚れていく神木のコートの袖を見ながら、矢堀はようやく震えた声で反応した。
そして去り際、神木に肩を叩かれ、思わず敬礼してしまいそうになるのを慌てて抑えて、軽く一礼するだけに留めた。



前回「次回で八章は終わり」などと言ったかと思いますが、ごめんなさい、嘘つきました。全然終わりませんでした。先走ったエイプリルフールということで、ひとつ!(それにしたって先走りすぎですね)
次回、八章が終わります。今度は本当です。
WEB拍手



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