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  Flow 作者:森カラ
少々残酷な表現があります。
苦手な方は自己責任で閲覧をお願い致します。

やりたい放題です、すんません。

第四章 回顧 三
 三日後、犯人はあっけなく捕まった。
 まだ十六歳の高校生だった。
 驚くことにその少年が逮捕されたのは男の家の門扉前だった。

 少年が明け方四時半過ぎ頃、男の家の前で不審な行動を取っていたところを男と三谷に発見され御用となった。
ちょうど少年が男の家の郵便受けに、女の切り取った外陰部を入れている所だった。

 男の家の郵便受けは道路沿いに面して置かれているわけではなく、まず門を開け、そのまま進んだ玄関の隣にあった。
寝ずに妻の無事を張り詰めた空気の中で願っていた男が、夜の帳に不自然に鳴ったかすかな金属音を逃さずに追ったために犯人と鉢合わせするという事態に陥ったのだ。

 だが、男の祈りも虚しく、女は見るも無残な姿で男の手の中に帰ってきた。
もはやそれは人ではなく、崩れたやわらかい何かというだけだった。

バラバラにされたその身体は各々が自らの残りのパーツを追い求めているかのようにまとまりがなく、恨みがかったものに見えた。
そしてもっとも残忍だったといえるのは、女の顎の外された口の中に、まだ生まれてくるはずのなかった胎児の頭部が入れられていたことだった。

男と妻の理恵が守り、待ち望んできたものは産声を上げることもなく無理やり世界に晒され、恐怖しか味わわずに一瞬で土から掘り出された人形のような色に変わってしまった。
男は様々な人の手を振り切り、バラバラになった家族の元に駆け寄ると、それらをかき集めるように抱き上げ吼えるように泣いた。

力強く抱き締めているはずだったが、腕から何かがゴトリと音を立てて落ちるのを男は血塗れの視界と血生臭い世界の中で気付かないまま、ただ泣いていた。


 すぐさま取り調べが行われることなり、男は当然被害者の立場から捜査を外されていた。
しかし男は泣いて頭をついて頼み込み、自らが少年の取調べを行うことの許可を請うた。
三谷や当時の管理官の尽力もあり、男の念願叶って少年と一騎打ちが出来ることになった。

 男は静かな面持ちで席についている少年をマジックミラー越しに見据えた。
つるりとした肌が無機質な室内電球に照らされてピカピカしていた。

男の中には不思議と「殺してしまいたい」という欲求はなかった。
いや、そうではなくそれはまだ何一つとして現実と捉えられていない、という結果だったといった方がいいのかもしれない。
男はどこか焦点の合っていない、精気の抜けきった顔でキラキラと精力に満ちて輝く少年の前に向った。

「すいません、おじさんの奥さんだったんですって?」

 少年は眉毛の下がった顔でいかにもすまなそうに男を見て言った。
男は思わず少年の襟首を掴みそうになる衝動を何とか抑える。

だが、どちらにせよ、少年の襟首を掴んだ所で意識が邪魔をして何か出来るはずもなかった。男は深く目を閉じ、頭を下げ、これならいっそ少年に飛び掛って執拗に殴りでもした方がよっぽどましなのかもしれない、と自分の情けなさを責めながら頭を冷やした。

「奥さん、意外にもとっても綺麗でしたよ。あ、意外……なんて失礼でしたね、すみません、でも妊婦なんて昆虫以下だと思って止みませんでしたが、なかなか興味深いものでした。やっぱり小さい子に比べて血は汚く臭いですがね」

 少年は目を瞑ったままの男をチラチラと盗み見ながら止まらない、といった様子で続けた。周りにいた捜査官一同の緊迫した空気が室内を包んだ。

そのことを嫌ったのか、男は自分と三谷だけをこの部屋に残して後の者は外に出てもらうことを提案した。
上の者はもはや男のやりたいようにやらせてやろうという、半ば諦めと同情にも似た感情を撒き散らしながら彼らだけを部屋に残して出て行った。
少年はその一連の様子を面白いものを見るように、爪を噛みながら眺めていた。

「静かになりましたね、静かなのが好きなんですか? 僕も静かなのは好きです、頭が冴える。それで僕から何を聞きたいんですか? 何を喋ればいいんですか」
「少し黙りなさい、君はこちらの聞かれたことにだけちゃんと喋ってくれればいいんだ」

 三谷が牽制するように、静かにいつもの落ち着いた声で言った。
少年はその大人の声か言い方が気に入らなかったのか、首を動かさずに搾り取るように三谷を見やると小さく舌を鳴らした。

男は決して意識的にではなく、思わずといった調子で膝の上に置いたままだった手を机の上に乗せた。
その際、彼が思った以上の音が発された。

少年はその音に必要以上に身体を強張らせ、激しく爪を噛んだ。
それによって引き起こされたストレスを、爪を噛むことに集約させたような狂人的な噛み方だった。
少しの間驚きを隠せずに、ただ呆然とその様子を見ていたが、男と三谷は顔を見合わせると気を取り直し少年の取調べを始めた。

「名前は」
鎧塚岳かいづかたけるです」

「生年月日は」
「一九八二年十月二八日」

「満いくつだい」
「十六歳です」

 男と三谷は十六、という響きに改めて唾を飲んだ。

「君はただ殺すだけではなく死体を弄ったけれど、殺してしまった人のことをどのように感じていたんだい」

 男は言葉を慎重に選びながらゆっくりと少年を見た。
少年は少しダラリと身体を傾けると、小さく足を揺らし始めた。

「どういう意味ですか。僕になんて言って欲しいんですか? だから貴方がたは何を聞きたいと言うのです、僕を馬鹿にしているんですか」
「どう言って欲しいのかということを考えるのではなく、君の思った通りに話してくれればいいんだよ」

 少年は真顔のまま歯切れの良い声でハハハハと笑い出した。

「だって僕が遺族の方や、あ、貴方のことでしたね。それや僕が殺してしまった女性に対して本当にすまないことをしたと思っています、と答えれば貴方たちは首を傾げ、本当にそう思っているのかと問いただす。僕がそれを嫌って、楽しかった、と答えれば貴方がたは僕をすぐさま精神鑑定にかけるでしょう。そんなの何の意味もない、ただのイタチごっこですよ、馬鹿馬鹿しい」

「だからそういうことではないと何度言ったら分かるんだ、お前は何故あんな風にあの女性を殺した? そして何故殺した後に死体を弄る必要などあったのだ」

 三谷の大声が小さな室内に響き、少年はまた激しく爪を噛んだ。

「そもそも美しくないんですよ。それを答えて分析することに何があるというのです? そうして見つかった答えが後世に役立つとでも? 笑わせないで下さい、僕は僕自身に対する正義と、僕が生まれながらに抱いている美意識に従ったまでです。啓示が降りたのですよ、それを貴方がたが勝手にその汚い手で暴こうとするなど! 冒涜ですよ!」

「そんなことはない、君が君の口から自分のしでかしたことを話し、それを客観的に見つめるということは少なからず無駄だということはない」

 男は額に手を当てながら、頭痛を伴っているような表情で苦しそうに言った。

「まあ、どちらにせよ、僕は十六歳と言えども重い刑を背負うことになるのでしょう。それならば貴方がたに講義を開いて差し上げるのも良いかも知れません。例え僕の話を聞いた所でこれ以上刑が重くなることはないだろうし、貴方がたのような人間たちには一生かかっても僕のこの美意識を理解できないのでしょうから」

 三谷が突然脇から入ってきて机に身を乗り出した。

「お前、幼女に興味があったんじゃなかったのか」

 少年は「幼女」という音を聞いた途端、はき潰されたジーパンを手の肉に食い込むのではないか、というほど握り締めた。

「何で急に成人女性を狙ったんだ? それも妊婦なんかを。理解が出来ないぜ」

 少年は三谷の突然の執拗な尋問に、身体を不定期に揺らして意識を拡散させようとしていた。
異常に震えだした顎を見て、男はすぐさまハンカチを少年の口の中に詰めた。

三谷は少し身体を引くと、睨みを利かせた男に一瞥くれ、すまないと謝った。
そして煙草を吸ってきていいか、と求めるような動作をしてみせたので、少々迷ったが首を縦に振った。
本当の意味での一騎打ちになることに不安もあったがミラー越しに人も見ている、という事実が男を甘くさせた。

 三谷が部屋を出て行くと電気ショックを与えられたように揺れていた少年も落ち着き、男は少年の口に詰めたハンカチをゆっくりと取ると目を離して「確かに」と思った。
確かに自分のしていることは警察のすべき範疇を超えている。
これは尋問でもなんでもない、俺自身が何か納得できる答えを求めている、そんなどうしようもない作業だ、これは。

 そう、気を抜いた一瞬だった。

「確かに僕が幼児ではなく、成人の、それも、汚い妊婦なんかを神聖なタクトで裁きをしたのは全く計算外のことでした。でも僕は生まれ変わりたかった。だけどそこまでに至った過程はハッキリ言って僕にだって理解できない。でも僕は生まれ変わりたかった、あの子供の入れ物を貰っただけだ、何が悪い? 邪魔だったんだ、あの子供が。でも僕は裏切りを、罪を犯してしまった。あの女を裁くなど……そうだ……だから声が聞こえなくなったんだ、僕が……自分の一時の感情さえコントロール出来ずに、声を無視したから、だから……」

 少年はそう言いながら、突然鼓膜を突くような音で着ていた革ジャンパーの袖口を引き裂くと、隠し持っていた鉛筆で思い切り喉を切り裂いた。
一瞬にして視界が赤く染まり、男はふと子供の頃赤い定規を通して見た世界のことを思い出した。

突然鉄の重苦しい生臭い臭いが鼻を衝いて我に返る。
目の前で少年のパックリと割れた喉から勢いよく血が噴出していた。

男は立ち尽くしたまま次々と人が出入りしてくるのを、まるで音を無くしたスローモーションを見ているような気持ちで眺めていた。
いや、ただその流れを目で追っていたと言った方がいいかもしれない。

それは深夜に一人、酒に酔った時、目の前で流れ続ける意味の捉えられないテレビ番組をただ眺めている感覚と似ていた。
ブリキの玩具のように不安定な動きで揺れながら、少年は着実に死んでいった。

男はそっと顔についた血を手の平で拭った。
ベタリとした感触とともに錆びたような色をした血液に濡れた両手をぼんやり見ていると、妻のバラバラになった死体を抱えて泣いたあの夜を思い出して思い切りその場で嘔吐した。
黄色く酸っぱい液体だけが真っ白なシャツと床を汚しただけで、そこに人間らしさはなかった。

 少年はすぐに警察病院に運ばれたが、その二時間後死亡が確認された。
 少年の死亡後、少年に懲役十二年の判決が下された。
 事件はそれで終わったらしい、と男は他人事のように思った。


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