Clear〜出会い〜
俺の目が覚めたのは夕食の少し後だったが
間食を摂ってしまった為か、俺は全然空腹感を感じてはいなかった。
夕食後、俺は部長が何か言い出すんじゃないか冷や冷やしていたが
結局部長は買ってきたお土産に夢中だったようで
俺らのことなんて眼中に無かったみたい。
「身体もう平気?」
部屋で寝転がっている俺に春奈が問う。
「一応、今日一日休めたし、全快じゃないけど多分大丈夫」
「そっか…良かった」
春奈は胸を撫で下ろして心底安心しているようだった。
「で、お土産って何買ったんだ?」
「えっとね、お母さんにはお菓子類、私たちの分はこれだよ」
と言って見せてくれたのは不思議な色のした携帯のストラップだった。
「携帯のストラップ?」
そんなものは何処にだって売っているだろうに
「ううん、縁結びの効果があるんだって」
「……」
「ホントだよ、ちゃんと書いてあったもん!」
多分それ騙されていると思う。
俺も占いとか縁結び云々は信じる方じゃない。
でも、女ってこういうの好きだよな…。
「はい、お揃いだよ」
と態々俺の携帯にまでつけてくれる始末…。
まぁ邪魔にならないからいいけどさ。
何気なく携帯のディスプレイを覗くとメールが一件届いていた。
誰からだろう…。
「………」
「ん、どうかしたの?」
「ちょっと電話してくる…すぐ戻るから」
「え、う、うん…」
俺はメールの内容を見て、送り主に電話をすることにした。
1階まで下りてきて彼女に電話をかける。
「……もし…もし」
2コールもしない内に彼女は電話に出た。
「どうしたんだよいったい…」
メールの本文ではたった一行
『私…もう、ダメかもしんない…』
…俺は心配になって直ぐに電話をすることにした。
「…ぐすっ……ぐすっ…」
啜り泣いている様な声も聞こえてくる。
「…おい、本当にどうしたんだよ」
「…いま…どこ…?」
力無い声が俺に問う。
「家にはいない…ちょっと用事で…でかけてる」
流石にこの状況で遊び紛いの合宿に来ているとは言えない…。
「…うそ…つき………ブツッ」
その言葉を俺に残し電話は一方的に切られた。
…冗談じゃない。
俺は直ぐに叶野の部屋へと向かった。
「叶野っ…!!」
ドアを開けて叶野を呼ぶ。
「いかがなさいましたか?」
ベッドに腰掛けながら本を読んでいる叶野の姿がそこにはあった。
「…大至急、俺を家まで帰してくれないか…」
「…それは、それは…急にどうしたんです?」
「訳は聴かないで欲しい…いいから早く!!」
「…分かりました、部長他への言い訳は僕からして置きましょう、ですが…」
「…なんだ?」
「車が無いのです」
なんだって…車が無いなんて…
それじゃ帰ることが出来ないじゃないか…。
一刻を争うってのに…。
「西沢も今は神崎さんの警護についていて場を離れる事ができませんし…」
八方塞がりかよ…。
「……」
途方にくれてエントランスを眺めていた俺の前に先生が現れた。
「…先生、身体は…」
「…大丈夫、あなたのお陰で…」
「…そうですか」
よかった、かなり雨に濡れて衰弱しきってたから…心配だった。
「ねぇ…どうして家に帰るの…?」
「えっ…」
「叶野君に聞いたの…どうしても帰らなきゃいけないんだってね…」
「…はい」
「理由を…聞いてもいいかしら?」
「………」
先生は真剣な眼差しで俺に問う。
「大切な奴が…そいつが今落ち込んでて…俺、そいつの傍にいてやりたくて…」
「…それは彼女の春奈ちゃんよりも大事な事?」
「…彼女とかそんなの関係ない…純粋にあいつは俺の友達だから…」
「…そう」
呆れたように彼女は溜息をついて俺の横を過ぎて行った。
失望されたのだろうか…。
そりゃそうだ、…こんな優柔不断に優しくしてくれてたのがそもそもの間違いだったんだよ。
これが普通の反応なんだから…。
「ブォォォォンッッ…ブロロロロッロロロロッッッッッ!!!!!!!!」
いきなりバイクのエンジン音の様な音が聞こえたかと思うと
「早く乗って」
バイクに乗った先生がそこにはいた。
「…どうして」
「もしかしたら物置に昔使っていたバイクがあるかも知れないって叶野君から聞いたの…」
「……」
「さぁ…行くんでしょ、早く…乗って」
俺は渡されたヘルメットを被り、先生の後ろへと乗り込んだ。
「飛ばすから…」
それだけを言って先生のバイクは夜の高速道路を疾走して行った。
「…もし」
夜風を切るバイクに乗りながら先生が話しかけてきた。
「…春奈ちゃんを裏切る様なら…私はあなたを軽蔑していた」
「…」
「でも、違うんだよね…信じてるから」
「…」
「……」
俺はそれに答えることなく…その言葉の重さを
自分の心で受け止めていた。
「着いたわ…」
鳳翔院家の前に着く頃には既に深夜近く
周りは粛清の静けさを誇っていて
人の気配など微塵も感じさせない雰囲気だった。
「……私は戻るから…」
「…あ、ああ…ありがとう…」
「それじゃあ…」
振り返ることもなく、先生はバイクに乗って元来た道を戻って行った。
「さて…」
門を潜ってから俺は一目散に管理人の屋敷を目指した。
5分もかからずに俺はその光景を見ることとなった。
「………」
一人の女の子が俺の家の前で泣いていた。
学生服を着ているということは…一度も家に帰らなかったんだろう。
「…はぁ…はぁ…」
俺が息を切らしていると
俺に気がついたのか…彼女はゆっくりと立ち上がった。
「…ぐすっ…ぐすっ…」
顔は赤く染まっていて、目頭までも赤い。
こんな彼女の泣いている顔は…これで2度目だった。
「…どうしたんだよ」
2度目の問いかけに彼女は…
『…何をしていいか…わかんなくなっちゃった…』
そう言われても意味が分からなかったが
彼女の右手を見た瞬間にその意図が理解できた。
そう…彼女の右腕は微かに震えながらも
包帯でぐるぐるに固められていて…
尋常じゃない状態だって言う事は理解できた。
「…どうして…こんなことに…」
「……変だよね、ちょっと叩かれただけなのにさ…複雑骨折だって…」
彼女は泣くのをやめて
諦めたかの様に偽りの笑顔を浮かべた。
「叩かれたって…お前、なんで叩けばそうなるんだよっ!!」
「…パイプイス」
「え…」
「…学校とかにある…あのイスだよ」
信じられない。
「…私、女なのにさ…容赦無いよね…はは…」
痛がる素振りも見せずに…彼女はそっと右腕を自分の後ろに隠した。
「私…親に道場継げって言われたでしょ…」
「あ、ああ…」
「それでも私…そんな決め付けられた人生を歩きたくなかったから…拒否したの…」
彼女の目にはいつものガラスの様な透明さは無く
ただ鈍く重い鉛玉の様な瞳が映っていた。
「そしたらさ、他の道場の門下生怒ってさ…」
ふざけるなよ…。
可笑しいだろ…こいつがなにかしたか…?
自分の未来を生きたかっただけのこいつに…悪かった部分があるのか?
思考と言う以前、俺の脳内には怒りの二文字しか浮かんでこない。
「いつだって私…2番だったのにね…こんなことなら…ずっと2番目でいればよかった…」
普段の活発さとは裏腹に…。
彼女の心に出来た癌は大きい。
「でもね、私…本当は…あなたの1番になりたかった…」
それは彼女の本心、なのだろう…。
ダムが崩壊するかのように
貯蓄されていた彼女の想いが爆発したのだろう。
「…透子…俺は…」
言いたい言葉が…喉から先に出て行かない…。
「…俺は…」
くそっ…。
「…言えばいいじゃない…あの時みたいに…俺とお前じゃ不釣合いだって…」
透子の奴…そんな昔のことを気にして……。
「中途半端に優しいと…期待…しちゃうから…」
友達だから、一番大切な…
叶野や大羽…そいつらよりもずっとずっと大事で…
お互いに大人になっても、あの時は楽しかったって…笑いあえる仲でいたくて。
冗談言ったり、喧嘩しても…バカばっかやって先生に怒られたりもして
それでも…大切な友達…だから…。
俺は失いたくない…。
……………。
………。
…。
4年前。
「…ぃなさい…起きなさいって」
ユサユサと俺の身体が揺さぶられている。
「なんだよ、人がいい気持ちで寝てるってのに…」
今は昼休み、貴重な睡眠源。
午前中の授業でフルスタミナを使い果たしたランナーの給水所だと言うのに
俺のチャージを邪魔するのはどこのどいつだろうか…?
重たい頭と首を曲げて
その不届き物の顔を覗いてみる事にした。
「…お前誰?」
見覚えの無い人物がそこには居た。
「同じクラスの高峰透子よ」
身長…推定、池上と同じくらい。
髪の毛、赤茶の茶髪のロング。
「あんたさ、いつも寝てるけど、睡眠不足な訳?」
第一声で人の睡眠に対する意欲を完全にバカにしやがったぞこのアマ。
「別に、眠いから寝てる…それだけだ」
と言って再び顔を机に突っ伏す。
「あのさ…人がコミュニケーション取ろうとしてんのにその態度はないんじゃない?」
「……」
俺は再びゆっくりと顔を上げ。
「お前も奇特な奴だな、俺なんかに話しかけるなんて」
どんな物好きだ。
こんな根暗男、多分声をかけるのは池上くらい無神経な奴だ。
「べ、べつに好きで話しかけたわけじゃないわよ…ただ、あんたに聞きたいことがあって…」
おいおい、矛盾してるぜお嬢さん…。
「その聞きたいこととやらはいったいなんだ?」
簡潔に説明してくれ。
「あんたさ…剣道とか興味ある?」
「ない」
「即答かよっ!!」
「…いやぁ俺は部活って柄じゃないのは見れば分かるだろ」
雰囲気で察してくれ
「…じゃ、じゃあ…何に興味あるのよ」
「普通にゲーセンの格ゲーとかか…?」
最近、大羽をボコるのもつまんなくなってきたけどな。
「……」
高峰…とか言ったか?
なんか考え事をしてるみたいだが…。
「キーンコーンカーンコーン」
とか、やってる内に昼休み終了。
こりゃ五時間目も睡眠コースだな。
「ゲーセン行こうぜ!!」
六時間目終了チャイムと同時に
大バカ…じゃなかった、大羽が声をかけてきた。
「お前、金無いとか言ってなかったか?」
金欠の癖して…ゲーセン行きとはセレブだねぇ…。
「いや、今日は強力なスポンサーがいるからさ」
後ろを見ると昼休みの女が立っていた。
「ちょ、ちょっと大羽っ、なんで私がスポンサーなのよ!!」
「ご同行できる権利があるだけありがたいと思え」
「…なんかのコントか?」
「…そんなんじゃ…ないわよ」
「冗談だ」
真面目なのか知らんが照れてるのか冗談は苦手みたいだな。
「まぁいいや、込むといけないし、早速出発するとしますか」
駅前のゲーセンはこの時間帯だとピークを迎える。
ギャラリーも多いし格闘ゲームや音楽ゲームの腕を披露するにはもってこい。
生憎俺の音感は並だが…。
「なにすっかな…」
辺りを一望…うーん、対戦台が一台空いてる。
「大羽、俺格闘ゲーム行く」
「俺はリズムに乗るぜ!!」
大羽は妙な腰つきで音楽ゲームのある3階へと進んでいった。
「あれ、大羽は?」
高峰が聞く。
「別行動、あいつ弱い訳じゃないんだけど、よくカモられるから」
それで乱入ありの格ゲーは最近やらなくなってきた。
「お前はなんかやりたいのないのか?」
「えっと…」
高峰は周囲を見回していた。
「じゃあこれで…あんたと対戦する」
はい?
正気ですか…?
いや、もしかしたら…凄い実力があるのかも…って
向かい側の台に入った高峰はおぼつかない感じで
お金を入れる場所すら探している。
あちゃ〜完全素人か…。
「まぁいいや…」
とりあえず第一ラウンドが始まる。
高峰はどうやらオーソドックスな女キャラを選択。
やれやれ…ここは男としても空気を読んで負けてあげるべきかな…。
勝ったら勝ったでなんか言われそうだし…。
とりあえず、上手く避けながら適当に弱攻撃。
高峰は滅茶苦茶に攻撃しているのか隙だらけ…
「K・O!!」
あっと言う間に2回戦が終了した。
現在1勝1敗。
「私に押されるなんて大したことないのね」
なんて向こう側の台から聞こえてきた。
「そうだな、もし勝ったら何でも言う事聞いてやるよ」
「言ったわね…無効とか行ってもダメだから」
そしてお互い気迫十分に最終ラウンド…
……って…あっれー??
なんか俺のキャラが負けてるんですけど…。
「マジかよ…」
秘奥義の一撃必殺で逆転されるなんて…。
くそう…初心者だと思って油断した。
「私の勝ちだけど」
勝ち誇った笑みを浮かべる高峰。
「…はぁ」
思わず溜息が出たよ。
明日、栄治に話したら
運がなかったねとか言って笑われそうだ。
それで…駅前のデラックスパフェを奢らせるとは…鬼かアンタは
「美味しい」
「…そりゃよかったね」
いつの間にか大羽も帰ってるし…
今日は厄日だな、確実に。
「本当はわざと負けてくれたんでしょ…」
「えっ…い、いや…そんなことはない」
「そうやってバカにして、その内完璧にコテンパンにしてやるから覚悟しなさい」
「…あーそうかい」
そんな会話をしている内にいつのまにかデラックスパフェは俺の視界から消えていた。
「あーあ、無駄に一日過ごした」
「パフェ奢らせといてなんだよ…それ」
「あんたらっていつもあんなことしてんの?」
「悪かったな…あんなことで」
さっきのパフェ食べてた時の笑顔はどこに行ったんだか…。
「でもさ…その、たまになら…いいかなって…」
「ん?なんか言ったか?」
「な、なんでもない、ちゃんと聞いとけバカ」
「はいはい、どーせ俺はバカですよ」
人並みに偏差値はあるつもりだけど。
「あ、私こっちだから」
「へぇ、それじゃな」
お互いにT字路の分かれ道で別れ、暫くしてから高峰が振り返り俺にこう言った。
「あのさ、変な噂流されたりして」
「変な噂?」
「私たち、その…ゆ、有名なデートスポットのお店に入ったからさ」
「大丈夫だろ、でも噂になったら互いに迷惑だな」
「迷惑…なんだ…」
俺は高峰がなんて言っていたのか聞き取る事ができなかった。
「それじゃな、また学校で」
俺は高峰に背を向けて
母親の待つ、自分の家へと歩き始めた。
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